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中国ユニコーン企業「バイトダンス(ByteDance・字節跳動)」の知財に迫る

TikTok運営企業の中国特許から読み解く、IT業界の今後の動向

2019年12月04日 07時00分更新

スタートアップと知財の距離を近づける取り組みを特許庁とコラボしているASCIIと、Tech企業をIP(知的財産)で支援するIPTech特許業務法人による本連載では、Techビジネスプレーヤーが知るべき知財のポイントをお届けします。

 近年のIT業界では、米国企業と並んで中国のIT企業が注目を集めています。時価総額の世界ランキングには米国のGAFAMと並んで中国のアリババ・テンセントが上位10位の常連として入っており、例えば1日の取扱高が6.5兆円を超える中国最大のECの祭典「双11(独身の日)」では「1秒あたり54万件の決済処理」「荷物の配送13億件」を記録するなど、世界でも最先端のテクノロジーが導入される場となっています。

独身の日1日でアリババが成し遂げたこと(アリババグループ社員のツイート)

 参考:中国アリババが技術と物流の限界に挑む!「独身の日」真の注目点
 参考:独身の日1日でアリババが成し遂げたこと(アリババグループ社員のツイート)

 今回はこれまでの連載とは趣向を変えて、中国企業の知財情報から今後のIT業界の動向を読み解くことにチャレンジしてみようかと思います。

 知財情報を活用した動向分析には「出願件数や特許分類の分布を用いて全体像を把握する」マクロ寄りなものと、「個別特許の内容を用いてサービスやプロダクトの将来像を解像度高く把握・予測する」ミクロ寄りなものがありますが、今回は後者に絞って話を進めていきます。

TikTokを運営する世界最大のユニコーン企業「バイトダンス」

 中国を代表するIT企業としては初めにアリババ・テンセントの2社を分析するべきなのですが、この両社はあまりに事業分野が多岐にわたり動向把握が難しいため、本稿では中国ユニコーン企業の代表として「バイトダンス(ByteDance・字節跳動)」を取り上げます。

 バイトダンスは日本でも認知度が上がってきたショートムービーアプリ「TikTok」などを運営する企業で、「世界トップクラスのダウンロード数」「ユニコーンの評価額ランキングで1位(約750億ドル)」など、中国に留まらず世界を代表するスタートアップ企業です。

 参考:Douyin, TikTok notch 1.5 billion downloads across iOS and Android
 参考:CB Insights The Global Unicorn Club

 本稿では、同社が中国で出願した特許をいくつか紹介しながら、IT業界の今後の動向を予測してみたいと思います。(同社の主力事業が「ショートムービー」「ニュース配信」のため、これらに関する技術がメインとなります)

著名人の音声コメントによる、コンテンツ視聴の新しい形

https://gpss.tipo.gov.tw/gpsskmusr/00054/CNA-110392313A.pdfより引用

 まずは一例として、2019年10月末に公開された特許(CN110392313A)を見てみます。

 特許の概要としては「あるコンテンツに対してユーザーによる音声コメント入力を受け付け、そのユーザーが事前に指定されたユーザーであれば、その音声コメントの再生ボタンを他ユーザーに対して特別な形で表示する」といった内容になります。

 例えば、「経済ニュースを見ているときに、ホリエモンなど影響力の高いインフルエンサーが音声で解説したコメントの再生ボタンが本人の顔写真とともに表示される」あるいは「アーティストの新作ミュージックビデオに対して、本人が音声でコメントしたものがその場で再生できる」といった使い方が考えられます。

 ここ数年のインターネットコンテンツ業界は、「あるコンテンツに対して著名人がコメントを投稿し、それらもコンテンツの一部として楽しむ」あるいは「著名人が自ら動画や音声を配信する」といった形が増えてきました(上記の例に関していえば、ホリエモンがNewsPickにコメントを書いたり、自身のYouTubeチャンネルを運営するなど)。

 同社の特許はその流れをさらに踏み込んで、「テキストよりもその人のキャラクターが出やすい音声や動画で著名人のコメントを聞きたい」というニーズに対して、「著名人がより気軽に参加できる機能を提供」し、「テキストのように素早く読み流せない音声コメントに対して、特定の人(著名人など)の音声コメントに絞って、一般ユーザーに再生ボタンを表示する」という課題を解決している特許となります。

 この特許のみを読んでニュース視聴の動向を予測してみるなら、「テレビのワイドショーのように番組内でニュースを取り上げて、スタジオに並んだコメンテーターが順次解説する」形式ではなく、「ネットに投稿されたニュースに対して著名人が自分の興味のあるものについて音声でコメントし、ユーザーが聞きたいものを選びながら聞く」ような視聴スタイルへの変化が考えられます。

 このように特許を読みながら何かしらの仮説を立てつつ、他の特許や特許以外の情報を見ていくことで、より高い解像度を持って特許情報を今後のビジネス動向予測に役立てることができます。

バイトダンスは他にどのような特許を出願しているか

 ここまでは特許1件に絞って具体的に見ていきましたが、同社が他にどんな特許を出しているかをいくつか紹介します。下記は直近で公開された100件近い概要を見て動画関連のわかりやすいものをいくつかピックアップしたものになります。

 ・画像内人物の3Dモデル生成(CN110390717A)
 ・動画を複数のセグメントに分割(CN110381391A)
 ・動画内からサムネイルに適した画像を生成(CN110381368A)
 ・顔画像の加工(CN110378847A)
 ・画像内人物の感情分析(CN110378406A)
 ・画像内のテキスト領域の抽出(CN110378282A)
 ・音声による人物の年齢推定(CN110335626A)
 ・アバターの動画内リアルタイム処理(CN110335334A)

 本稿ではこれらを1件ずつ細かく見ていくことはできませんが、同社の特許出願から「動画サービスの今後としてどのような方向性を狙っているか」「どのような課題意識を持っているか」などを想像する材料とすることができます。

 例えば、画像内のテキスト領域の抽出は「ユーザーがホワイトボードに書いた内容を抽出してデータ化する」用途に使えるため、教育コンテンツに力を入れていくのではと想像ができます。そして実際に、中国を除いて最もTikTokのユーザーが多いインドでは今後教育コンテンツに力を入れるという発表が行なわれています。

 参考:インドのTikTokは教育に活路を見出すーー月間2億人を送客する巨大プラットフォームに

中国IT企業の動向を日本から把握するのは難しい

 米国と並んで最先端を行く中国のITサービス。しかし、米国発のサービスに比べて、その動向を海外から知るのは容易ではありません。なぜなら、中国企業の主要サービスは「中国国内で閉じている」あるいは「中国版とグローバル版で仕様が大きく異なる」ことが多いためです。

 今回取り上げたバイトダンスが提供する「TikTok」も、中国国内では「抖音(Douyin)」という別バージョンのアプリが提供されています。そして、「抖音」でリリースされている機能のうち、ライブ配信やEC機能など現時点でTikTokには未実装の機能が複数存在します。一概には言えませんが、中国国内版とグローバル版で数ヶ月から1年以上の単位でタイムラグが存在することも多々あります。

 このように中国のみで運用されている(される可能性がある)最新機能を知る上で、中国で出願された特許情報は非常に有用です。しかも、多くの特許が出願から1.5年後の公開となる日本に比べて、中国ではその多くが出願から半年以内に公開となっており、最新の動向をより把握しやすくなっています。本稿で紹介した特許は全て2019年6~7月に出願されたもので、いずれも出願から3ヶ月程度で公開されています。

 中国特許においては、2012年以降、出願から6か月以内に公開になるものが急増し、2013年以降は、全出願の50%以上が「出願から6か月以内公開」という異常な状況が続いている。
 引用:http://www.tokugikon.jp/gikonshi/292/292kiko01.pdf

 変化の激しいIT業界の動向を把握する材料として考えた際に、中国の特許はその優位性が際立っていると言えます。

 ちなみに、バイトダンスが中国で出願して公開済みの特許は1400件以上になりますが、日本に出願されている特許はわずか2件。日本の特許情報から同社の動向を読み解くことは、そもそも不可能に近いです。

今後のIT業界の動向を予測するために、中国特許は極めて有効

 本稿では、バイトダンスという1企業の中国特許出願に絞って内容を読みつつ、今後の動向を予測する方法とその有用性について考えてみました。

 ・世界全体で見て中国企業による最先端サービスが増えていく
 ・中国の先端サービスは中国国外から把握することが難しい
 ・中国の特許は出願から公開までの期間が短く、情報として鮮度が高い

 これらの理由から、世界のIT業界の動向を把握するために中国特許情報を活用することは今後ますます有効となると筆者は考えています。

特許庁の知財とスタートアップに関するコミュニティサイト「IP BASE」では、必ず知るべき各種基礎知識やお得な制度情報などの各種情報を発信している

■関連サイト

著者紹介:IPTech特許業務法人

2018年設立。IT系/スタートアップに特化した新しい特許事務所。
(執筆:山田光利)
中国のIT動向を現地の特許情報・中国語ニュース・現地視察等を通じて分析、ブログやtwitterなどで発信。本連載の執筆協力など、IPTech特許業務法人の業務にも一部携わっている。
twitter:https://twitter.com/tech_nomad_
ブログ:https://tech-nomad.asia/

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