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NoMaps×国土交通省 特別対談

スマートシティには遊び心があってもいい データが活きる都市の在り方とは

地域が抱える課題とスマートシティによる解決策、その先にある地方都市の姿とは何か。国土交通局 都市局 都市計画課 都市計画調査室長 筒井 祐治氏と、NoMaps実行委員長であるクリプトン・フューチャー・メディア株式会社 代表取締役 伊藤博之氏による特別対談。

 NoMapsは、10月16日から20日までの5日間、北海道・札幌市内各所で開催される、先端テクノロジーの実証実験やカンファレンス、展示を通じて交流する一大ビジネスコンベンションだ。

 他方、国土交通省においても、今年度より民間企業や自治体と連携し、地域の問題を解決するスマートシティモデル事業が進められている。NoMapsを開催する札幌も、その先行モデルプロジェクトに採択された都市のひとつだ。

 新しい技術やアイデアを活用して地域課題の解決方法を探るとともに、地方都市の新しい文化や価値を生み出すための試みという両者の共通点を軸に、スマートシティと地方都市にまつわる課題解決の現在を聞いてみた。

伊藤 博之 北海道大学に勤務の後、1995年7月札幌市内にてクリプトン・フューチャー・メディア株式会社を設立。世界各国に100数社の提携先を持ち、3000万件以上のサウンドコンテンツは世界でも最大級。DTMソフトウエア、音楽配信アグリゲーター、3DCG技術など、音を発想源としたサービス構築・技術開発を日々進めている。「初音ミク」の開発会社としても知られている。No Maps実行委員長、北海道情報大学客員教授も兼任。2013年に藍綬褒章を受章。

 少子高齢化による人口減少のなか、地方都市をいかに活性化していくか、多くの地方に共通する課題だ。現在は、インターネットをはじめとする通信インフラは整備されつくしており、大都市と地方都市にある、経済・文化の格差は、ITによって狭まっていく方向にある。地方都市の弱点は、いずれテクノロジーやクリエイティビティの力で克服できるかもしれない。

 NoMapsは、そのような各種問題解決のアイデアを発表・実験する場として、2016年から毎年、札幌市を中心にイベントを開催している。

筒井祐治 1991年東京大学都市工学科を卒業後、建設省(現 国土交通省)入省。在タイ日本国大使館、岡山市都市整備局長、本省都市計画課等を経て、2019年より現職である都市局都市計画課 都市計画調査室 室長に就任。

 一方、日本政府は現在、Society 5.0(第5次社会)を推進している。第1次の狩猟、第2次の農耕、第3次の工業化、第4次の情報化、今は第5次の社会に至っている。これは、IT、IoT、AIなどの技術の革新があったことと、さまざまなデータが使えるようになったのが背景にある。こうした技術をデータ駆動型で、国民の生活を豊かにするために積極的に取り入れていこう、というのがSociety 5.0の発想だ。これは、NoMapsの取り組みとも重なる部分は大きい。

 最初に、NoMapsの実行委員長として指揮を執る伊藤氏から現在の北海道の抱える課題とNoMapsの取り組み、筒井氏からは国土交通省が推進するスマートシティ事業のコンセプトをそれぞれに伺った。

伊藤氏(以下、敬称略):NoMapsの取り組みのひとつが交通の問題です。少子化高齢化により、既存の公共交通機関では人の移動をケアできない部分がでてきています。これらをライドシェアやオンデマンド交通の活用によって改善する可能性があるかと思っています。北海道は、観光に経済を頼っている土地でもあり、観光客がもっとスムーズに道内を移動できるようにしていきたいですね。

筒井氏(以下、敬称略):スマートシティを、Society5.0を具体的に社会に実装するショーケースとして進めていこう、というのが政府全体の方針です。街づくりの観点では、さまざまな技術、行政や民間が持つデータをうまく活用することで、より豊かに、より便利に、より快適に、さらには、より安全になることが期待されます。

 これまで『まちづくり』というと、ハードばかりに目を向けがちでしたが、これからのまちづくりの基本は、ソフト的なテクノロジーを取り入れることで市民生活は豊かになる、という発想です。

 コンセプトは4点あります。ひとつは、技術に振り回されず、課題オリエンテッドに進めていくこと。2点目は、個別の分野ではなく、多分野にまたがって取り組みを進め、まち全体を最適化すること。3点目は、技術を持つ民間企業、まちを装置として使う市民と、行政とが連携すること。4つ目、常にチャレンジ精神でやっていくことです。

 国土交通省では、この春にスマートシティモデル事業の公募を実施し、全国のコンソーシアムから提案されたなかから、15のプロジェクトを選定しました。札幌市もそのひとつに選ばせていただいております。

たくさん歩きたくなる、ウォーカブルなまちづくりへの取り組み

伊藤:札幌市は、ユネスコの創造都市ネットワークのメディアアーツ都市の認定を受けており、街をメディアに見立てて、市民のクリエイティビティを発揮していこうという方針が昔からあります。例えば、毎年2月に開催される雪まつりは、大通公園という公共空間を活用しながら、市民がつくる雪像を展示し、クリエイティビティを高めていこうという思いから続いているイベントです。そのほかにも大通公園は、食・音楽・芸術・文化的な発表の場として活用されていますし、地下道もアーティストの発表の場になっています。

筒井:その方針、非常に共感するところです。表面だけ整えても人は“まちなか”には出てきません。芸術文化の豊かな街こそがクリエイティブな人を呼び込み、地方都市の活性化につながると考えています。国土交通省では、市民が歩きたくなるような“まちなか”づくりを推進しています。具体的には、「walkable:歩きたくなる」、「eyelevel:まちに開かれた1階」、「diversity:多様な人の多様な用途、使い方」、「open:開かれた空間が心地よい」の4点をキーワードにウォーカブルな街づくりに取り組んでいます。

伊藤:札幌市の抱える課題のひとつが健康寿命の低さです。そこで、スマートウェルネスシティの取り組みとして、地下空間の中にビーコンを設置し、地下道をどれだけ歩いたかを計測するアプリをつくり、公共機関や民間と連携して何らかの特典が得られるなど、歩くことによる健康増進の啓蒙のツールとしても活用しています。

筒井:この取り組みは、先行モデルプロジェクトとして国交省も応援しています。ビーコンやセンサーで取得したデータをいかに面白く使うのかがポイントですね。歩いたぶんだけ健康ポイントとしてフィードバックされるのは非常に面白い取り組みです。また、何もないところを歩くのは苦痛です。イベントや芸術がある環境を演出することで、楽しみながら歩ける。さらにポイントがもらえれば、もっと歩きたくなる。こうした取り組みが全国で広がってほしいです。

伊藤:札幌市は広い都市ではあるのですが、中心部には通電でき、雨風が防げて、人通りの多い地下道があり、ビーコンやテクノロジーを利用しやすいのが強みです。また、札幌市は、民間企業がまちづくりを担っているのも特徴です。お祭りやイベントの実施をはじめ、クリエーターを育成するための活動もあります。

筒井:札幌はブランド力があり、札幌市を拠点に選ぶ外資系の企業が増えていると聞きます。札幌市の職員の方もまちづくりに熱意をもって取り組んでいる。行政、民間のまちづくり会社、NoMapsのような活動がうまくコラボレーションできているのがいいですね。

オープンデータをどのように町づくりに活かすか

筒井:スマートシティ事業は、地域ごとに異なる課題の解決に取り組んでいます。札幌は、スマートウェルネスシティをテーマに、健康寿命に着目した取り組みをされていますが、大都市型の大手町・丸の内・有楽町エリアは、ビジネスの拠点として国際的な競争力を維持していくことが課題です。

 日本は災害が多く、それが弱みとなっています。そこで災害発生時の避難システムの構築に取り組んでいます。

 また、千葉県・柏市の柏の葉は、新しい市街地の整備が進められている地区ですが、できるだけ付加価値を付けて多くの市民がそこに住む環境を作りたいという問題意識があり、省エネ化や健康増進、モビリティとして公共交通への自動運転の導入などに取り組んでいます。

 もう一つの例を挙げると、愛媛県松山市は、行政・大学・民間が連携して、アーバンデザインセンターをつくり、徹底したデータの集積・分析に取り組んでいます。まちをしっかりモニタリングして、データを基に都市計画などをシミュレーションしていく。得られた結果を実際の街ににフィードバックして、さらにモニタリング、シミュレーションを重ねることで、データオリエンテッドにまちづくりを進めていく発想です。

 さまざまなデータが集められるようにはなりましたが、得られたデータをどう活用すれば市民生活が便利になるのか。多くの自治体は、まじめに考えすぎて空回りしてしまうこともあるのではないでしょうか。その点、行政よりも民間や一般企業のほうがより豊かな発想ができるかもしれません。せっかくデータ駆動型のベースができたならば、行政ももっとデータで遊び心を持って取り組んでみてはどうかと思います。

伊藤:札幌市は、都市空間は市民のクリエイティビティを発揮する場と捉えており、僕自身もまちはメディアだと思っています。地下空間の大きなサイネージには、イベント情報、札幌の人口、歳入歳出など都市のバロメーターを表示し、市民に気付きを与える場としても活用すべきと思います。また災害に対する避難対策として、地下情報を集めて、火災や地震のアラートを配信するアプリの開発を進めています。

 NoMapsでは、オープンデータを活用して市民・観光客の利便性を高めるためのハッカソンやアイデアソンを実施し、学生やエンジニアの力試しの機会にもしていきたい。行政側としては、データを公開するのは負担が大きいが、実際に役に立つ事例が数多く出てくれば、オープンデータの促進にもつながっていく。データを活用したアプリを募ることで、エンジニアの育成にもつながります。

筒井:確かにデータのオープン化は悩ましい。もちろん個人情報を含むデータもあり、すべてが公開できるわけではありません。ただ、行政のために集めたデータを、行政目的以外に使わせたくない、という意識が残っているのも事実で、我々はこの意識を変えていかなくてはなりません。APIをオープンにして、コンテストなどのイベントにいろいろな人がチャレンジする環境をつくっていく活動は素晴らしい。こうした事例が見えてくると、行政の意識も変わってくると思います。

情報の開示がスマートシティの第一歩

伊藤:札幌の場合、除雪の予算は年々増加しているのも課題のひとつです。これまでは除雪業者のベテランがこれだけ除雪機を必要だろう、という経験に基づいては配車していましたが、こうした属人的な知識と、降雪データを合わせれば、もっとコストダウンできるはず。自動走行による配車システムのプロジェクトも立ち上がっています。

 データを積極的に公開することは、市民の理解を得るためにも有効です。除雪が遅いと市民からクレームがくるため、結果として除雪の予算が増えてしまう現実があります。除雪にはどのくらい費用かかるのか、年度別の歳入歳出の推移も開示することで、クレームが抑えられるかもしれません。

筒井:除雪や道路管理へのAIやセンシングの活用は、多くの自治体が強い関心を持っており、非常にニーズが高い。会津若松などでは、今どこを除雪車が動いているかという情報を見ることができるサービスをしています。

伊藤:バスなどの運行状況も、それほど大きなコストをかけずに取得できるはず。データを開示して透明化するだけでも市民の不安や不満は減ります。市民の理解を得ていくために、データの取得と開示を進めていくべきだと思います。

筒井:スマートシティの取り組みを考えた場合に、市民の方にデータを開示することは第一歩だと思っています。行政の気持ちをどう変えていくのか、というのが課題でしたが、今日のお話を聞いて、職員の人に楽しみを与えることも大事だと感じました。

まちづくりは、さまざまな活動と人が連携して課題に取り組むことが重要

伊藤:テクノロジーがあるから、予算がつくので何かやりませんか、ではいいものができない。課題が何であるかをしっかりと意識して取り組むことが重要だと思います。スマートシティの取り組みは、芸術系の大学と連携してデータの魅力的な表現方法の研究や、APIを活用したアプリケーションを開発するハッカソンなど、教育的な活動とも非常にマッチするので、副次的な文化を生む効果も期待できます。

 行政主導の施策は、ともすればトップダウンになりがちですが、課題が明確であれば、市民が一緒になって取り組める。中学生や高校生にも一緒に考えてもらうとコンセンサスも取りやすい。そのモデルケースとして、NoMapsのイベントを通じて、ハッカソンの開催や実証実験をやっていきたいと思っています。

筒井:スマートシティは、単なる土台であり、まちづくりにはいろいろな形があります。健康寿命を延ばすといった課題の解決や、賑やかな芸術や文化にあふれた都市を目指すとき、スマートシティ的な発想だけでは成立するものではありません。NoMapsのようなさまざまなアクティビティや、人のつながりによってつくり出されるものだと伝えていきたいです。今後も、国土交通省の職員が現地に赴いて関係者と議論を重ねるなど、札幌市のスマートシティ・プロジェクトがよりよい形で実現するようにサポートしていこうと思っています。

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