LINEとスタートアップのサービス比較から考察
One Tap BUYのUI特許から考える競合参入への備え、金融の未来に見える大波
スタートアップと知財の距離を近づける取り組みを特許庁とコラボしているASCIIと、Tech企業をIP(知的財産)で支援するIPTech特許業務法人による本連載では、Techビジネスプレーヤーが知るべき知財のポイントをお届けします。
先日、LINEで手軽に投資ができるスマホ投資サービス「LINE証券」がリリースされました(Android版を8月20日にリリース。iOS版は8月26日に公開)。
「老後資金が2000万円不足」という金融庁の報告書が話題となったこともあり、LINE証券のようなスマホを窓口とした投資初心者向けのサービスは今後成長が見込まれています。
本稿では、LINE証券に先行して2016年6月にスタートアップによってリリースされた「One Tap BUY」の動向を中心に、スマホ投資とそれに関連する金融サービスの動向について考えていきたいと思います。
スマホの登場で刷新されたUIを、
着実に特許化している「One Tap BUY」
「One Tap BUY」は、サービス開始前年の2015年11月に行われた「TechCrunch Tokyo 2015 スタートアップバトル」で、審査員特別賞・AWS賞を受賞しています。
「One Tap BUY」が評価されたポイントの1つは「スマホ用に洗練されたUI」で、サービスリリース時にもUIに着目した形でメディアに取り上げられています。
既存のオンライン証券会社が提供するアプリだと、売買手続きに16〜18タップが必要なところ、One Tap BUYは3タップで終わる。(中略)ポートフォリオの円グラフを指でグルッと回して銘柄の持ち分比率を直感的なUIで変更したり、含み益のぶんだけを売ったりできるなど、従来の株取引アプリと違ったアプローチが多く取り込まれている。
『10年ぶりの新規参入、スマホ証券「One Tap BUY」が今日ついにローンチ』(2016年6月01日)TechCrunch Japanより引用
ここで紹介されている3つのUIは、いずれもサービスリリース前に特許出願が行われており、特許として登録されています。
特許第5823084(2015年1月出願):含み益のぶんだけを自動計算して売り注文
特許第5840332(2015年2月出願):ポートフォリオを図形的に表示し、図形部分への操作で売買注文を実行
特許第5946982(2015年11月出願):銘柄アイコンを表示し、選択するとその銘柄の取引画面を表示
また、同社はサービスリリース後にも継続して特許を出願しています。
例えば、2016年9月に出願した特許は「金額指定で注文を行う際に、銘柄の株価から購入する株数を小数点単位で表示する」というもので、自社サイトでユーザーに訴求している「株数ではなく金額指定で注文可能」という機能に関連した特許になります。
「スマホ用に洗練されたUI(少ないタップ数、スライド操作での直感的な注文など)」や「投資初心者に向けたUI(株数ではなく金額指定での注文など)」といった、狙ったユーザーへの訴求ポイントを製品に実装するとともに、着実に特許として権利化しているのがOne Tap BUYの特徴です。
そのうえで、後発として参入した「LINE証券」の操作画面を見てみましょう。
銘柄選択画面に各企業のアイコンを表示していない
LINE証券の「はじめてガイド」(note)LINE証券公式
2019/07/30 07:19
https://note.mu/line_sec/n/n533fa6917cb2より引用
「金額指定」ではなく「1株単位での注文」になっている
LINE証券株式会社のウェブサイトの「取引ルール」
(6)注文単位 1株単位、1株から注文を受付けます。
https://terms2.line.me/LINESecurities_trading_rules?lang=ja
LINE証券株式会社は株式会社OneTapBUYの特許について調査し、対策をしているものと思われますが、アプリの画面上も、「One Tap BUY」とは異なるUIになっている箇所がいくつかあります。
どちらのアプリがより良いユーザー体験を提供しているかを決めるのはユーザーになりますが、「One Tap BUY」としては特許によって自社の訴求ポイントを容易に他社から真似されないように手立てできていると言えそうです。
なぜ既存のオンライン証券は
One Tap BUYの参入を防げなかったのか
オンラインでの株取引に関してはSBI証券・楽天証券といったオンライン証券が「One Tap BUY」の登場前から事業を行っており、売買注文が行えるスマホアプリも多数提供されていました。例えば、SBI証券のアプリ「SBI株取引」はiOS版が2010年10月にリリースされています。
先行する証券会社は「One Tap BUY」のようなUI特許を取得していたのか。そもそも特許を取ろうとしていたのか。これに関して言えば、詳細は本稿では省きますが「特許出願はそれなりに行っている」「しかし、スマホアプリのUIに関する特許出願はほとんどない」というのが答えとなります。
では、これだけスマホが普及している中、なぜ各社はアプリUIの権利化を進めなかったのか。2010年10月に公開された「SBI株取引」のプレスリリースの文面にヒントがあります。
最大の特徴は、複数気配値画面(板画面)から価格を指定して、直接発注が可能なことです。これによりPCなどのトレーディングツールと同様に、板画面を見ながら価格を指定して発注を行うというアクションが可能になります。
つまり、既存の証券会社は、既に株取引を行っている顧客層に対して、「PCと同じ株取引体験をいかにスマホで実現するか」を訴求していたということです。実はこの傾向はOne Tap BUYが登場した現在でもそれほど変わっていないと言えそうです。
下記に紹介するのは、2017年5月に公開されたSBI証券の新アプリ「SBI証券 株」に関するプレスリリース文面です。同社が「あくまでパソコンでの取引が中心、スマホアプリは補助機能」と考えているように見える方も多いのではないかと思います。
その他にも、当社WEBサイトでご好評いただいております株主優待検索機能など、多くの新機能を追加いたします。
このたびの新スマートフォンアプリ『SBI証券 株』アプリの提供により、移動中や外出先といったパソコンをご利用できない環境でもより快適かつスピーディに取引が可能となります。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000138.000007957.htmlより引用
株の取引に限らず、さまざまな分野で「デバイスの変化(PC→スマホなど)」「テクノロジーの変化(AI、5Gなど)」によってユーザー体験が大きく変わるタイミングがあります。これにより、今までサービスを利用できていなかった顧客層に対しても、価値を提供できる可能性が出てきます。
先行する企業はその変化を見据えて、新たなユーザー体験を提供するUIの権利化を進めておくことが非常に重要と言えます。
株取引だけでは終わらない。スマホを取り巻く
金融サービスとオンライン経済圏
ここからは、スマホ株取引から視野を広げて、スマホを取り巻く金融サービスについて考えていきたいと思います。
「One Tap BUY」が提供する機能に「銀行においたまま買付」というサービスがあります。これは「提携している銀行口座に預金があれば、証券会社の口座に資金がなくても即座に取引が可能」とするサービスです。
この機能に関連して「One Tap BUY」は、カードのチャージ残高から、直接株が購入できるサービスを提供しつつ、このサービスに関連すると思われる特許として、「プリペイド式でユーザーごとに残高を確認するシステムと連携して、その残高を使って金融商品の取引を行う」という特許(特許6110039)を取得しています。
この特許が出願されたのは2016年の2月です。一方、QR決済で大いに盛り上がっているキャッシュレス決済(いわゆる~~pay)のサービスは、2018年末からの大手プレイヤーの大規模なキャンペーンにより、いま大いに盛り上がっています。
PayPayの支払いで20%が戻ってくる!
さらに、10回に1回の確率で全額還元も!
「100億円あげちゃうキャンペーン」を12月4日より開始(2018年11月22日)
https://www.softbank.jp/corp/news/press/sbkk/2018/20181122_02/より
LINEpay
「祝!令和 全員にあげちゃう300億円祭」(2019年5月)
https://linepay.line.me/campaign/30bill.htmlより
「プリペイド式でユーザーごとに残高を確認するシステム」には、これらキャッシュレス決済のサービスが含まれるので、「OneTapBUY」の特許は、これらの残高で直接株取引を行う技術に関連するものとなります。
通常であれば、いったん証券会社の口座に入金をしてからの株式取引がよく行われていますが、「One Tap BUY」はソフトバンク・ヤフーから出資を受けており、ソフトバンクグループとの連携を深めています。例えば「PayPayの残高からそのままOne Tap BUYで株が買える」といったUIが実現すれば、独自の体験として、また1つ差別化できる要因となるかもしれません。
またヤフーはPayPayを冠した金融サービスの商標登録を進めています。PayPayを中心に各サービスを連動させて、より良いユーザー体験を提供していこうとする意図が見えます。
記事執筆時点では、PayPayでリアルタイムに株式取引をするサービスが始まっているわけではありません。しかし、ユーザーが保有しているポイントを使って投資をできるようにするサービスは既に提供されており、今後は、キャッシュレス決済のサービスを起点にしてリアルタイムに株式取引できるサービスが実際に提供される可能性はあります。
サービス提供の際、「One Tap BUY」と同様に、ユーザーの情報と対応付けられたプリペイドの残高から、直接、株式取引をできるようにして他社サービスとの差別化を図ることも、可能性としてはありえるかもしれません。
5月の初め、「PayPay」を冠した11件の金融サービスの社名の商標が登録された。「PayPay銀行」をはじめ、「カード」「トレード証券」「インシュアランス(保険)」「FX(外国為替取引)」など、考えられる限りの金融サービスを網羅する勢いだ。
また仮想通貨取引サービスについて見ていくと、LINE社は、仮想通貨取引サービス「BITMAX」の国内提供を開始しました(海外では「BITBOX」の名称で2018年から提供中)。「One Tap BUY」の創業者・林和人氏は同社のCEOを2019年7月に退任、仮想通貨に関する事業を新たに始める意向を語っています。
今後、メッセンジャーや決済アプリなど、多くのユーザーが頻繁に操作するアプリケーションを軸に、競争がますます激しくなっていくと見込んでいます。スマホ金融サービスについては、決済アプリを起点として、次の戦場が仮想通貨取引へと移っているようです。多くのユーザーが使用するサービスとなると、スマホでの株式の取引のような局地戦を制しつつ、大きな企業グループが総合力で競争していくことになります。新たなスタートアップが、大きなグループの争いにますます巻き込まれていく日も近いかもしれません。
スタートアップの動きがさまざまな分野で大きなうねりを生み出す
今回は、One Tap BUYという1つのスタートアップの動きから
●既存の大手プレイヤーが多数いても、彼らの特許保有状況によっては切り口を工夫して新規参入が可能であること
●先に事業を開始した場合に、いつ大手プレイヤーが参入するほど注目されていくか予測することが難しい中で、先行者として特許を獲得することはできること
●やがて大手プレイヤーが後から参入してくることを想定して、自社が顧客に訴求している強みを活かした特許を取得していたこと
●スタートアップを巻き込みながら大企業が大きな金融サービス群・経済圏を作り始めていること
など、さまざまな示唆が得られました。
ご自身の業界、ご自身(あるいは所属する企業)の立ち位置を意識しながら、今回紹介した内容を活かしていただければ幸いです。
著者紹介:IPTech特許業務法人
2018年設立。IT系/スタートアップに特化した新しい特許事務所。
(執筆:佐竹星爾)
週刊アスキーの最新情報を購読しよう
本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合があります