評論家・麻倉怜士先生による、今月もぜひ聴いておきたい“ハイレゾ音源”集。おすすめ度に応じて「特薦」「推薦」のマークもつけています。酷暑が続きますが、ご自愛ください。8月~9月にリリースされた優秀録音を中心にまとめました。e-onkyo musicなどハイレゾ配信サイトをチェックして、ぜひ体験してみてください!!
『Across The Stars』
アンネ=ゾフィー・ムター
ロサンゼルス・レコーディング・アーツ・オーケストラ
ジョン・ウィリアムズ
ヴァイオリンの女王、アンナ・ゾフィー・ムターは、狭いクラシックシーンに留まらず、活動の範囲を積極的に拡大している。ロックのライブハウスでコンサートをしたり、レパートリーをクラシック以外にも貪欲に開拓している。本作はその最新ケースだ。
映画音楽界のレジェンド、あのジョン・ウィリアムズとの共演。彼の作品を本人の指揮によるロサンゼルス・レコーディング・アーツ・オーケストラの伴奏で演奏する。
凄く濃密、こってりとしてディープなまさにアンナ・ゾフィー・ムター節。ここまでの感情的、感傷的なシネマサウンドは他人は奏せないであろう。「1.レイのテーマ[『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』から」は、もともとのジョン・ウイリアムスのスコアもひじょうにエモーショナルなものだが、アンナ・ゾフィー・ムターはそれに輪を掛けて、感情的な調べを奏す。もともと彼女のヴァイオリンはクラシックの泰西名曲でも、独特のエモーションの深さが際立っていたが、より物語風で、心に染みいらなければならない映画音楽には、ベストマッチング。
2019年4月にソニー・ピクチャーズ・スコアリング・ステージのスタジオで、5日間にわたって録音。かつては『オズの魔法使』、『風と共に去りぬ』、『雨に唄えば』、『アラビアのロレンス』『E.T.』など、数々の名作のサウンドトラックが収録された縁の場所だ。
FLAC:96kHz/24bit、WAV:96kHz/24bit
Deutsche Grammophon (DG)、e-onkyo music
『J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ(全曲)』
前橋汀子
1989年の「レコード・アカデミー賞」を受賞した『無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ』から30年後に再び挑んだ、前橋汀子、畢生のバッハだ。岐阜サラマンカホールにおけるセッションレコーディング。PyramixシステムによるDSDレコーディング(DSD2.8にて収録)だ。制作を担当したプロデューサーによると、「構想から5年、録音は足掛け3年がかりの大プロジェクトでした。編集も最小限に留め、演奏情報をそのままお届けします」。まさに目が覚めるような鮮明な録音。揺るぎない自信が漲る演奏だ。バッハを長年弾いてきたが、これが今の私の集大成だとの矜持も色濃い。音楽的なエネルギー感とテンションに満つるヴァイオリンの音が、ホールに広く拡散し、直接音に潤いと響きを与えるさまが、まさに眼前のドキュメントのようにリスニングルームで聴ける。バッハの無伴奏ヴァイオリン作品の名盤は多けれど、最鮮明な音だ。
DSF:2.8MHz/1bit
Sony Music Labels Inc、e-onkyo music
『浮気なぼくら(2019 Bob Ludwig Remastering)』
YELLOW MAGIC ORCHESTRA
YMOの結成40周年を記念。全アルバムをボブ・ラディックによる最新リマスタリングで再発してきたシリーズもいよいよ大団円だ。『浮気なぼくら』は1983年5月にアルファレコードからりリリースされた、YMO7作目アルバム。 化粧品CMタイアップ曲『君に、胸キュン』を始め、日本語詞のポップな歌が中心だ。
YMO調全開! これまでも新リマスターを採り上げてきたが、彼らの音楽性と、サウンドのテンション感とエモーションは、本アルバムでもひじょうに色濃い。YMOの音の特徴は、何と言っても輪郭の鋭さ、まさにナイフエッジのような切れ味が、シンセ、ドラムス、ベースのインストルメンタルも強靭、ボーカルもまさに寄らば斬るぞの勢いだ。ボブ・ラディックのリマスターもそんな彼らの音楽性を余すところなく、引き出している。「君に、胸キュン」がいま聴いても新鮮だ。
FLAC:96kHz/24bit
Sony Music Direct(Japan)Inc.、e-onkyo music
『ブラームス:交響曲第1番・第3番、悲劇的序曲』
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ヘルベルト・フォン・カラヤン
天下の名盤だ。RCAとデッカの共同プロデュースによるカラヤン/ウィーン・フィルシリーズの代表作。私はこのステレオLPを子供の時に買って以来、CD、SACDなどさまざまなメディアで聴いてきたが、本DSDは、とても香しい音がする。
2018年制作の最新のDSDマスターということだが、グロッシーな弦、木管の麗しさ、金管のヴィヴットさ、そしてトゥッティでの美麗な表情……という、この時代のウィーン・フィルならではの美味しさを堪能。美的なカラヤンの手に掛かり、ウィーン・フィルがより美の頂点に上り詰めたような音色である。ゾフィエンザールの音響も芳しい。まさにDSDとデッカ録音のウィーン・フィルは最適のコンビだ。『交響曲第1番』と『悲劇的序曲』は2018年制作のDSDマスターを、『交響曲第3番』は2019年制作のDSDマスターを使用。1959年、1961年にウィーン・ゾフィエンザールで録音。
DSF:2.8MHz/1bit
Universal Music LLC、e-onkyo music
『Beethoven: Piano Concerto No.5 in E-Flat Major, Op. 73』
アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ
ウィーン交響楽団
カルロ・マリア・ジュリーニ
大指揮者カルロ・マリア・ジュリーニの生誕100年(2014年時)記念盤のハイレゾバージョン。まさに世界遺産的な天下の名盤だ。ミケランジェリのピアニズムの鮮明さと、ジュリーニの抱擁力の大きな音楽が交差した、まさに奇跡的な名作だ。ウィーンはムジークフェライン・ザールでのライブ収録だが、音の解像感はひじょうに高く、40年前の79年録音にしては、質感はひじょうに新鮮だ。冒頭のカデンツの華麗さ、タッチの強靭さ、その後のオケの堂々さ、暖かさも魅力だ。演奏の素晴らしさと音の素晴らしさで、クラシックハイレゾの最新代表に推せる。このホールならではの響きの麗しさが豊かに聴くことができる。1979年2月ウィーン・ムジークフェライン・ザールにでテレビ放送のために行われた公開演奏会のライヴ録音。ハイレゾマスターは2017年のエミール・ベルリン・ベルリーナスタジオ作成の192kHz/24bitマスターと思われる。
FLAC:192kHz/24bit、MQA:192kHz/24bit
Deutsche Grammophon (DG)、e-onkyo music
『サン=サーンス、プーランク、ヴィドール~オルガンを伴う交響曲集』
山田和樹
スイス・ロマンド管弦楽団
クリストファー・ジェイコブソン
躍進の指揮者、山田和樹が名門スイス・ロマンド管弦楽団を振ったオルガン交響曲集。まさにPENTATONEらしさ全開の音。PENTATONEは徹底的にナチュラルで、まさにあるがままの音を素直に、虚飾を排して録る。伝説のレコーディング・エンジニアの、ジャン=マリー・ヘイセン氏率いるポリヒムニア・インターナショナルの音だ。サン・サーンスの「オルガン」なのだから音色の華麗さと、Dレンジの広さをもっと喧伝してもよところだが、ジュネーヴはスイス・ロマンドの本拠地、ヴィクトリア・ホールでの録音は生成り調で、彩度感も過度に色彩的ではない。同じオーケストラ、同じホールの録音でも、かつてのイギリスデッカのアンセルメ録音の時とは違うバランス感覚だ。2017年8月、セッション録音。
FLAC:96kHz/24bit、DSF:2.8MHz/1bit
PENTATONE、e-onkyo music
90年台に一世を風靡した名盤のDSDリマスター。Tom Waitsへのオマージュアルバム だ。ホリー・コールのアルバムは筆者もオーディオ機器の音質チェック用のリファレンスとして活用しているが、本アルバムもひじょうに品質感が高く、ホリー・コールならではの表現の深さが心に染みる。
ボーカルの表情の明瞭さ、ねっとり、こってりとした音調の表現性など、DSD的な音楽性も深く感じるのである。。ラストの「19.The Last Rose Of Summer(庭の千草)は気高さとけだるさが同居する不思議な叙唱だ。
DSF:2.8MHz/1bit
EMI Music Special Markets、e-onkyo music
ヴォーカリスト、ピアニスト、作曲家、アレンジャー、プロデューサーと八面六臂のイリアーヌ・イリアスのニュー・アルバムからは成熟のジャズ・ヴォーカルが聴ける。情感深く、ゆったりと語られる「1.男と女」。一語一語に感情を込め、大人の官能的な世界だ。ストリングスの麗しのサウンドに彩られたヴォーカルが美しい。「5.カム・フライ・ウィズ・ミー」はフランク・シナトラの名曲だが、芳しい音色感と、包み込むような抱擁感には、ブラジル的ロマンティシズムが濃い、まさに味わいのヴォーカルだ。ブラジルのステジオとロンドンのAbbey Road Studiosでレコーディング。
FLAC:96kHz/24bit、MQA:96kHz/24bit
Concord Jazz、e-onkyo music
『Love And Liberation』
ジャズメイア・ホーン
1991年「平成」生まれの28歳、ジャズ・シンガー/ソングライターの日本デビュー・アルバムだ。「1.フリー・ユア・マインド」の冒頭から聴くもののハートをわしづかみにする。軽快なスウィング、スムーズに流れるリリック、グルーブの快適さ、軽妙な節回し……新人、ジャズメイヤ・ホーンは大注目だ。歌の音色がグロッシーで、抜けの良さと、こってりとした質感が共存している。アコースティックベースと共に歌う「12.アイ・ソート・アバウト・ユー」では、彼女の声とスウィングの魅力が十分に堪能できる。スキャットも軽妙。
FLAC:96kHz/24bit、MQA:96kHz/24bit
Concord Jazz、e-onkyo music
32ビット浮動小数点では再生時にビット落ちする。e-onkyo musicは整数方式なので、32bit整数録音の方が有利と判断し、32bit整数で録音した作品だ。そのせいかどうかはわからないが、ひじょうに抜けがクリヤーで、品位感の高いサウンドだ。
楽器が多く、コーラスも加わるが、純度が高く、混濁がひじょうにすくないのである。ACOUSTIC REVIVEの音質向上製品を多数使用したのも効いたか。今回はシングル扱いで4分半の一曲のみだが、ぜひ本格的なプロデュースアルバムも期待したい。
FLAC:192kHz/32bit、192kHz/24bit
WAV:384kHz/32bit、384kHz/24bit、192kHz/24bit
Beagle Kick、e-onkyo music
週刊アスキーの最新情報を購読しよう
本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合があります