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官民を挙げて挑む、自動走行ロボットによるラストワンマイルの挑戦

自動走行ロボットは迫る物流危機を救えるか

2019年08月19日 11時30分更新

経済産業省は、自動走行ロボットの社会実装に向けて、配送会社やメーカー、経産省、国交省、警察庁など関係省庁で構成する官民協議会を6月24日に設立した。物流業界では、人手不足による物流危機が叫ばれている。解決策として期待されているのが自動走行ロボットの導入だ。しかし、実際に人に代わってロボットが配送をするには、道路交通法の改正、配送データの取り扱いといった課題がある。こうした課題を解決するために協議会が果たすべき役割について、経済産業省 商務・サービスグループ 消費・流通政策課 消費経済企画室・物流企画室 室長補佐(取材時)の三藤 慧介氏に伺った。

経済産業省 三藤慧介氏。産業技術環境局 技術新興・大学連携推進課 課長補佐(総括担当)

海外ロボットメーカーから見向きされなかった日本市場

 ECの普及による宅配便取扱数の増加、物流現場の人手不足、ドライバーの高齢化などを原因として、宅配クライシスが叫ばれて久しい。宅配便大手各社は2017年以降、許容量を超えた対物量に対し、EC向けに総量規制と送料値上げを実施しており、物流危機は待ったなしだ。

 経産省で流通政策を担当する三藤氏は、仮に来るとすれば、宅配クライシスはある日突然やってくる、と予測する。

 「破綻はしないまでも、一部の地域に住む人への不利益が起こる可能性はあります。中小のトラック事業者の状況はかなり厳しい。(採算が合わないため)特定の地域向けの荷受けはしない、という話も聞くようになってきています。集荷営業はしていたのに、ある日突然、パッと届かなくなる。ある事業者がサービスを停止したとたん、物流品質が落ちることがありうるのです」

 その解決策のひとつとして、ラストワンマイル(ユーザーに荷物を届ける拠点から最後の区間)への自動走行ロボットの実装が検討されている。

 国内では年間約40億個の宅配数があり、その数は年々伸びている。個人の商習慣が変わり、お店でモノを買うスタイルから、ネットでモノを注文して届けてもらう、という流れは今後ますます伸びていくだろう。

 一方で、物流のラストワンマイルには、極めて多くの工数がかかっている。宅配業者への聞き取り調査によると、需要の密度や繁閑によって程度の差はあるものの、トラックの熟練ドライバー1人が1日に運ぶ個数と、台車係1人が1日に運ぶ個数には数倍の差があるという。台車係はトラックドライバーの数倍、労働集約的な作業となっている。この作業を自動走行ロボットに代替すれば、物流業界全体の人手不足の問題が緩和できるのではないだろうか。

 

 具体的には、営業所で荷物をロボットのケースに収納し、移動経路情報を持って出発する。届け先の近くに着いたら、消費者に通知を発信し、人が受け取りに来たら、認証して荷物を受け渡す、というイメージだ。

 物流事業者は、かねてより自動走行ロボットに高い関心を持ち、投資意欲もある。しかし、海外ですでに運用されている自動走行ロボットの開発スタートアップは、日本の事業者とは組みたがらない状況がある。現在の道路交通法では、ロボットが公道を走ることができず、「日本の道交法はこの先もずっと変わらないだろう」と海外メーカーに思われているのだ。

 また、海外ロボットメーカーが米国や中国を市場として選ぶのは、国土や市場規模の大きからみても当然と思えるかもしれない。しかし、日本の市場価値の高さは、決して負けてはいない、と三藤氏は見ている。その根拠は、アメリカや中国で自動走行ロボットが必要とされる理由と、日本で必要とされる理由の違いだ。

 日本の宅配便サービスは、他国に比べて非常に精度が高い。配達日時を指定すれば、概ねその日時に届くし、料金も比較的安い。一方、アメリカでは、配達物の到着が遅れるのは日常茶飯事だ。正確に届けるには、高額な料金がかかる。背景にあるのは「ロボット導入でサービスの質を高めよう」というものだ。米中ともに、今のところ人手不足の観点ではなく「ロボットによる新しいサービス」にどれだけニーズがあるのかは未知数だ。

 対して日本の場合、ロボットによって代替されるべき市場がすでにできあがっており、ニーズも高い。日本の市場には、アメリカや中国とは別の価値があるのだという。

自動走行ロボットの社会実装に、協議会が必要な理由

 もちろん、物流における課題やニーズは、国交省や警察庁も感じている。とはいえ、道路交通法は安全性に影響するため、おいそれとは改正できない。また、法改正さえすれば、直ちに自動走行ロボットが実装できるというわけではない。

 「配達手続きはどう変わるのか」「消費者には受け入れられるのか」など検討すべき要素は数多くある。急いだ結果、社会受容性への配慮を欠いた社会実装になってしまうと、長期的には損失になる。まずは関係者でしっかりと議論し、準備をする必要がある。そこで、立ち上げられたのが今回の協議会だ。

大企業からスタートアップ、さらには国交省・警察庁まで集まった協議会メンバー

 協議会の常任メンバーには、経産省、車両の安全基準などを定める国交省、交通規制を実施する警察庁のほか、民間からは、ロボットを活用する事業者としてヤマト運輸、セイノーホールディングス、日本郵便、楽天、三菱地所、森ビル、さらに、その市場を狙うロボットメーカーとしてZMP、本田技研、Panasonic、Hakobotが名を連ねる。

 自動走行ロボットの社会実装には、道路交通法の改正と併せて、社会受容性の醸成や運用のガイドライン策定など、さまざまな視点から検討していく必要がある。検討のベースとなるのは、ニーズと安全性だ。

 今後、協議会における議論を踏まえ、このニーズと安全性を現場の事業者が自分たちで実証・検証し、そのデータやノウハウを国交省や警察庁に提供することで、自動走行ロボットの社会実装には、どのような法律やルールづくりが必要なのか、行政側が検討しやすくなる。

 物流における事業者の実証実験によって規制改革が実現した事例としては、2014年のヤマト運輸によるアシスト力を高めた業務用電動アシスト付き自転車の実証のケースがある。約3年間の事業実証の結果、道路交通法施行規則が改正され、上限規制が従来の2倍から3倍へと引き上げられた。

 この事例が成功した理由は2つあると三藤氏は語る。1つは、ハードの安全性を確保するため、信頼できる自転車メーカーの自転車を使ったこと。2つ目は、ソフトの安全性として、自転車に乗るための講習などをきちんと実施したこと。サービスとして社会実装するには、ハードとソフトの安全性をいかに確保するかがカギだ。

 もちろん、法律だけでは安全性を確保することは難しい。ガイドラインの策定、配送会社内でのルールづくり、道路を歩く子供や高齢者、身障者への配慮といったソフトローも併せて整備していく必要がある。協議会では、事業者によるガイドラインやルールづくりなども検討される予定だ。

時間の制約からの解放で、物流になかった新サービスが生まれる

「自動走行ロボットの社会実装に向けた官民協議会(仮)準備会合」資料より

 気になるのは、現時点で自動走行ロボットの性能は実用レベルにあるのかという点だろう。デモストレーションを見る限り、人よりもスピードが遅く不器用に見える。

 「社会課題の解決には十分資すると思います。ロボットを使うメリットは、充電とメンテナンスがされている限り、24時間駆動可能であること。例えば、ECの倉庫の自動化をする場合、注文された商品のピッキングは、今のロボットの性能では難しい。さまざまな形状の商品をつかみ、箱に収める、という複雑な作業は、人間に優位性があります。そこで、ピッキングの際に棚を動かす作業にはロボットの導入が進んでいます」

 棚を動かして段ボールを降ろし、箱を開けるところまではロボットが夜中にロボットがやっておき、人が出勤したときには、商品を取り出して詰めれば効率的だ。必ずしも人と同じことをさせようとするのではなく、人のほうが得意な部分と、ロボットで代替しやすい部分を区分けして、うまく共生する方法を考えること。これは、ロボットを使って課題解決をしていく際に大事な視点だ。

 ラストワンマイル物流には、人からロボットへ簡単に代替できる作業がある。さらに、人手から解放することで時間の概念からも解放され、いろいろなサービスが生まれやすくなる。ロボットは24時間稼働できるので、深夜や早朝の配送にも向いている。時間の制約がなくなれば、これまでになかったサービスの可能性が広がる。例えば、通勤の帰りに荷物をピックアップできるように最寄り駅までロボットに配達してもらう、といった移動する宅配ボックスのようなサービスも生まれるかもしれない。

物流のデジタル化へのインセンティブは生まれるか

 ハード面は解決したとしても、物流事業者が抱える重い課題は、物流のデジタル化が進んでいないことだ。現在の宅配便は、基本的に紙の伝票で配送物を管理しており、事業者ごとに伝票の形式も異なっている。

 仮に自動走行ロボットをインフラ化する場合、事業者ごとの伝票データをロボットに解析させて読み込ませるか、あるいは、各事業者で伝票番号とは別のデータを割り当てるか、何らかのすり合わせが必要だ。

 これまで物流のデジタル化が進まず、事業者ごとに伝票番号がバラバラだったのは、運用・コストの面で統一する必要がなかったからだ。

 例えば、大規模商業施設への搬入は、特定の一社が最終的に請け負っており、配達員は紙の伝票ベースで配達をしているため、事業者ごとに番号の形式が違っても混乱することはなかった。しかし、山間部や地方などにおけるラストワンマイル配送は、1社で請け負うことが厳しくなっており、今後は事業者共同による配送の可能性がでてくる。

 「ニーズが高まってきたところに、新しい解決策を示すことで、ようやくデジタル化、データ統一化のインセンティブが見えてきます。デジタル化の推進と、新しいソリューションの投入は両輪で進めていかなくては、なかなか状況を変えられません」と三藤氏。

 流通のデータ統合には、他社競合と共有されることへのリスク、心的障壁といったコストがかかる。こうしたコストに対して、データを共有することによって得られる利益が上回ったときにはじめて協調領域が生まれる。サプライチェーンの最適化、高度化を実現するには、コストを下げる努力と利益を上げる努力の2つをやっていくことが必須となる。

 その利益のひとつが自動走行ロボットの社会実装だ。また、自動走行ロボットの研究開発や社会実装が進みやすくなるように法的なコストを下げることが、この協議会の狙いでもある。

自動走行車、ドローン、ロボットも含めて、物流が自動化する未来を目指す

 ラストワンマイルには自動走行ロボットの導入だけでなく、ドローンや自動走行トラックとの組み合わせた物流全体の自動化も検討されている。

センターへの輸送には自動走行車を活用し、ラストワンマイルは自動走行ロボット、山岳部や離島にはドローンを使い分ける 「自動走行ロボットの社会実装に向けた官民協議会(仮)準備会合」資料より

 人口減少の進む地方都市では、都市機能を集約するコンパクトシティ化が進められているが、居住環境の悪化、医療施設の不足、地価の下落といった問題も発生している。MaaSでは、人の移動手段としての交通ばかりが注目されがちだが、生活には物流が欠かせない。

 自動走行ロボットが社会実装され、ロボットが都市を巡回し、荷物の配送/集荷が可能になれば、居住地域の自由度が広がる。自動走行ロボットやドローンの推進は、地方の課題解決にもつながる。

 ただし、ドローンや自動走行車の実装はまだ少し先にある。政府によるドローンの最新ロードマップでは、2022年に最大のレベル4(友人地帯での目視外飛行)を掲げられており、すぐ目の前に実装も含めて展開が迫られているのが自動走行ロボットというわけだ。

「自動走行ロボットの社会実装に向けた官民協議会(仮)準備会合」資料より

 現時点で海外での自動走行ロボット導入状況は、公道を自動走行できる国が米国とエストニアの2国のみ。中国は、省の政府権限の中で実施されており、ドイツ・フランスは、今後実証実験を始める段階となっている。日本は、道路交通法上でレベル3(条件付き運転自動化)での走行を解禁する法改正が成立しており、世界的に自動走行へ向けた整備でも出遅れているわけではない。

 そのため、自動走行ロボットの社会実装へ向けて今年度内には、現行法上で公道での実証を開始するという。また協議会では、実証で得られたデータを基にロードマップの策定、社会受容性の向上に必要な措置やルールの見直しを検討していく予定だ。

 三藤氏の目標は、物流のラストワンマイルをきっかけとして、社会課題を解決するインフラとして自動走行ロボットを役立てることだ。

 「自動走行ロボットの可能性は、物流に限るものではありません。人の移動に使う可能性もあるし、別の用途も考えられるでしょう。いずれ、ロボット三原則のような議論になってくるかもしれない。100%の安全は難しくても、安心をつくることはできるはず。そういうインフラにロボットを近づけられるように、ルールや技術をつくっていきたい」

 一つの事業者、省庁だけでは絶対に解決できない課題でもある。より専門的な議論が進められるように、メーカー、運送会社といった分野ごとのサブワーキンググループをつくる準備も進めている。新たに、金融や保険分野の専門家も協議会のメンバーに加わる予定だ。三藤氏としても、さらにいろいろな分野の人に参加してもらう狙いがある。

 官民を挙げて挑む、自動走行ロボットによるラストワンマイルの挑戦。ここには、規制や運用だけでなく、ハード、ソフト、データ、金融などさまざまな要素が絡み待ってくる。興味を持った事業者・団体があれば、ぜひこの取り組みに協力してほしい。

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