週刊アスキー

  • Facebookアイコン
  • Twitterアイコン
  • RSSフィード

地方のエコシステムに必要なのは、「若者が観測範囲を広げられる場づくり」

2019年06月21日 06時00分更新

 政府も各省庁が本気を出してきたエコシステム。イノベーションを起こすには、エコシステムが必要だ。3回に渡って日本のエコシステムについて識者にお話を伺う短期集中連載の第2回は、大阪市役所勤務時代に「大阪イノベーションハブ」を立ち上げ、退職後は共創による新規事業開発と組織開発・人材開発を行なう株式会社フィラメントを設立。オープンイノベーションの拠点として「The DECK」を大阪市内に立ち上げ、運営してきた株式会社フィラメントの代表取締役CEO 角 勝(すみ まさる)氏に地方におけるエコシステムの現状と課題について伺った。

株式会社フィラメント 代表取締役CEO 角 勝(すみ まさる)氏

――中央省庁はエコシステム拠点都市の形成に力を入れていますが、角さんが考えるエコシステムとはどんなものでしょう。

角勝氏(以下、角):以前、アジアのシリコンバレーなどといった、○○のシリコンバレーという言葉が流行りました。でもそういうのがうまくいった話は聞いたことありません。エコシステムの構成要素はお金と人と場所で、なかでも重要なのは人でしょう。人がいるからそこにお金を出すと思うんです。でも、現状はハードを作るためのお金はすぐ出てきても、人を育てるためのお金はなかなか出てきません。

 オープンイノベーションとは、新しい価値を生み出そうと考えた結果、その実現のために社外の人と一緒に組もうとするものです。でも、社外の人にやってもらおうという姿勢だと、うまくいきません。エコシステムを自分の都合のいいように解釈しすぎているんです。

 特にスタートアップと大企業の関係だとその傾向になりやすいと思います。スタートアップはやりたいことがあるから起業したのであって、企業側の言いなりになるために起業したわけではありません。自分たちだけが得をしようとしている状況だと、それはエコシステムではないんですね。

 地方ではエコシステムが成立しにくくなっている面もあります。一種の文化みたいなもので、仕事を一緒にやろうとしたとき、地方だと大企業でも必ずと言っていいほど値切ってきますが東京だとそうでもない。こういうときに東京はちゃんとしたエコシステムがあるなと思います。自己の利益だけを追い求めない姿勢が人を惹きつけ、エコシステムとして豊かな方向へ進んでいくのだと思います。

 そのためにも、良い関わり合い方を学んでいく必要があって、大企業の中で構築されてきた文化を変え、外の文化を受け入れる必要があります。自分たちの利益だけでなく、「関わっているみんながうまくいくための方向性を模索していく」と学ぶ必要があります。関わった人たちが気持ちよく仕事できるように考えて仕事を回せるような人を育てることが求められているのではないでしょうか。

――やはり政府も人に重きを置いていて、オープンイノベーション大賞に経団連の人たちがOne Japanを推したのですが、実はもっとやればいいのにと思っているらしいんです。そういう人たちは「俺も昔は野武士だったんだ」という話をしていたりするんですが、人が変わっていくためにはどうしたらいいのでしょうか。

角:人が変わっていくために必要なことは複数ある気がしますが、まずオープンで自由闊達に話ができる環境は必要なんじゃないでしょうか。One Japanの活動はいいですよね。経団連の方が「もっとやってほしい」というような言い方をされているということは、One Japanを企業を超えた知見を共有するコミュニティーとして評価しつつも、一方で会社に対する不満を持ち寄ってガス抜きしているような感じにも見えているのかもしれませんね。One Japanというコミュニティーで得た学びをもとに自分たちで製品やサービスを作り世に出していく。そんな活動事例が増えていけばもっといい……そういうエールなのかもしれません。

 経団連の方々がかつて「野武士のようだった」という話で言えば、確かにそうかもしれません。僕も年長の方に聞いた話ですが、今は大企業となっているような会社でも、70年代~80年代前半に企業の垣根を超えた飲み会があったりしたそうです。大手の家電メーカーの方々なんかも集まって、お互いに困っていることを話しあいヒントを与え合うということをアンオフィシャルでやっていたり。たとえばこういう「オープンイノベーション飲み会」的なことによって知の向上が図られていったそうです。

 でも今の時代は社外の人とあんまり話したらダメだとか言われてたりしますし、窮屈に感じている人が多くて当たり前。そういう人たちが集まる場を作ったOne Japanはすごくいいことだと思うんです。さらにそこから一緒にプロジェクトを組んで何かを作っていく、ということに発展していってほしいって期待しちゃいますよね。

 大企業は外部の人と一緒になって組んで新製品をつくるということを良しとしていない風潮があって、オープンな取り組みも事業部門の壁は高くて、新製品を開発するまでにはいたらないんです。「俺らの時代はそんなことやった」と言うのであれば、今の若い人たちにも昔そうであったように自由闊達で、知の共有がやりやすい環境は重要なのではないでしょうか。

――アクセラレーションプログラムが盛り上がっているところは、担当者が歯を食いしばっているという状況です。過渡期なのかもしれませんが、オープンイノベーションが当たり前にできるような状況になるためには、そういう強烈な負荷がかかった状態があたりまえになってしまうというのはちょっと違うのかなと思います。

角:企業の中で新しい風を起こしていくのは大変ですよね。でも一方で起業することのハードルはだいぶ下がっていると思うんです。起業というものが身近になってきて、新しいことが始めやすい環境になってはいますが、大企業からは機能を変えた新製品は出てきても、全く概念を変えた新製品はなかなか生まれづらい。たとえ出たとしても軌道に乗る前に潰されたりします。VUCAの時代といわれ、多くのビジネスのライフサイクルが短くなってきている今、企業の中でも新たな価値をもつ事業が生まれていくための、社内エコシステムが作られていく必要があると思います。

――地方のエコシステムの強みと弱み、そしてさらに強くなるために必要なことは何でしょうか。

角:大阪だとエコシステムが見えやすい、全体像が把握しやすいところはストロングポイントですね。東京だとアクティブな人、目立って活躍している人がたくさんいますが、地方へ行くとそんなに多くない。密度が低くなるんです。なので関西だと、アクティブな人が京阪神でだいたい知り合いになって、絶対数的には不利だけど、全体像は把握しやすいし、みんなつながっている。だから俯瞰的にみえるし動きやすい。多分福岡とかも同じ感覚じゃないでしょうか。地方の方がつながりの強固さは強いと思いますし、地方で輝いている人のところには、東京含む他の地域から訪ねてくる人とかも増えていって情報も集積していく。そういう情報とか人の集積をつくりやすいのは地方の強みだと思います。

 弱みもあります。たとえば地方の高校生に将来何になりたいかと聞くと、美容師とか身近な職業しか出てきません。もちろん美容師も魅力的な職業ですが、問題は自分の身近な職業に偏っちゃうってことです。でも東京だと、身近にいろんな職業、ロールモデルがあるから選択の幅が広くなる。若者の観測範囲内にある身近な職業が豊富なんです。地方だと観測範囲にある「なりたいもの」のバリエーションが少ない。だから、観測範囲にないものをどう想像させるのか、そのための手触りのある生きた情報を伝えていくような教育が必要なんだと思います。

――観測範囲という言葉はいいですね。

角:地方のエコシステムに関する動きとして、イノベーション施設を作ろうという動きがあります。人口が減っていく中で商業施設を増やしても仕方ないので、再開発などに際して新しい仕事や事業を生み出すために、オープンイノベーションスペースを作ろうというわけです。行政が自ら場所を確保している所も多いですね。

 ただ、場所だけ用意するのではなく人を呼び寄せる努力も大事です。大阪くらいのサイズの都市だと、コミュニティーのイベントをやれば、多くの人が集まってエコシステムのサイズが大きくなります。これが地方となると、いないわけではないけれど、利用者が明確ではないのが現状でしょう。ただ、アンテナを張っている人は多くて、面白いことがあれば飛び込んでみたいと思っていたりとかもします。以前、新潟県の燕市でアイデアソンをやった時には140名近いエントリーがあってびっくりしました。面白いことに飢えている状態だったのかもしれません。自分の観測範囲の中に面白いものが発見できたとき、地方でもその輪に入ってみたいと思っている人は多いんだなと思いました。

 情報の入手チャネルが豊かになっている今だからこ地方でこそ面白いことに敏感な人は増えてきている。そういう人がリアルを感じられる観測範囲にちゃんと体験できる機会を届ける。そうすればそこに参加した人が自身の体験をもとにコミュニティーを作って、自らが面白いと思ったことをどんどん発信していくでしょうし、地元の人が体験できる機会を作ろうとすると思います。前述の燕市でもそういう現象が起こりましたし。そういう場を作っていくことが地方のエコシステムをより豊かにしていくのではないかと思っています。

■関連サイト

この記事をシェアしよう

週刊アスキーの最新情報を購読しよう

この特集の記事