アウトプットの形として紙の本を選んだ11人が語る
私たちはなぜ、どんな風に技術書を書いたのか?
技術情報のアップデートの早さは、技術書執筆者共通の悩み
書き始めたきっかけでは商業出版と同人誌で大きな違いを感じたが、執筆に関する苦労話になると一同はいきなり団結したように見えた。
「2008年くらいからAlexaについて書き始めたのですが、当時はAlexaのアップデートが早くて、執筆中に次々情報が変わっていくんです。一番大きかったのは、原稿をすべて書き上げたタイミングで画面付きのEcho Spotが日本に導入されたことですね。もう間に合わなかったので、その本ではEcho Spotには触れられませんでした」(馬勝さん)
「AWS全体のアップデートも早いので、どの機能について書いていてもつきまとう問題ですね。執筆段階ではリリースされていなかった機能が、レビューのタイミングではリリースされていたりして、レビュワーから差し戻されたこともあります」(村主さん)
さらに、自分の好きなことに向けて愛情をほとばしらせる同人誌とは違い、商業出版の場合はテーマ選びも悩みの種だとNRIネットコムの佐々木 拓郎さんは言う。
「AWSだけだと母数が少ないので、販売部数を伸ばすためにAWS×○○とテーマを広げます。成功すればAWSと○○の和集合になりますが、大抵の場合は失敗してAWSと○○の積集合になり、部数は伸びません」(佐々木さん)
旧態依然DTP環境を使う商業出版と新技術を取り入れ進化する同人誌
本づくりに使うツールにも、商業出版と同人誌の違いが大きく表れた。多くの出版社はページデザインにAdobe InDesignなどのDTPツールを使っている。デザイナーが使い慣れているということもあるが、商業出版に求められる高品位で自由度の高いデザインを実現できることなどが理由だ。MarkDownなど使い慣れた環境で執筆しても、出版社から出てくるのはPDF形式の校正用ファイル。
「プレーンテキストで入稿してもMarkDownで入稿しても、PDFで返ってくるので修正部分の差分を取れないのが悩みです」(馬勝さん)
他の執筆陣も、入校前のツールはそれぞれに使い慣れたものながら、「校正は同じくPDFで、差分が取れない」と口を揃えた。出版界の常識はIT界の非常識ということか。どちらかといえば出版界にいる筆者には、ちょっと衝撃だった。
一方同人誌の方は、自分たちで執筆、デザイン、印刷までを手がけるので使うツールは自由。となれば千差万別かと思いきや、ほぼ全員がRe:VIEWというツールを利用していた。
「Re:VIEWを使えば、MarkDownで書いたテキストを目的に応じていろいろな形式で書き出せます。印刷用のPDFデータや、電子書籍用のe-pubデータをひとつのテキストから書き出せるんです。Re:VIEWを使った執筆環境をDockerで作っておけば、次回執筆時にも使い回せます」(minamoさん)
コピー本レベルであれば、印刷はお近くのキンコーズへ。湊川さんは「昨日のこの時間にはまだ書いていた」ということで、夜になってキンコーズで印刷、製本したようだ。
「小冊子印刷では、自動的にホチキス留めまでやってくれる、人類の英知が詰まった夢の機械が活躍します」(湊川さん)
で、本を書いて売るのって儲かるの? 同人誌ってどれくらい売れるの?
やがて話題は、みんなが気になるであろうお金の話へと進んだ。こちらの答は、ばらばら。売れる本もあれば売れない本もあるので、当たり前と言えば当たり前。
「2014年から毎年1冊か2冊書いてきて、全部で7万部くらい売れました。印税でポルシェの安い新車が買える程度ですね。といってもクルマは持っていないのですが」(佐々木さん)
「商業出版も同人誌も両方やっていますが、同人誌の方が圧倒的にいいですね。制作時間は1ヵ月くらいで、2冊で新卒時の年収を超えました」(湊川さん)
そんな豪勢な話が出る一方で、お金目当てでは苦しい、名刺代わり、といった声も。また、ここでも商業出版と同人誌でメリット、デメリットの違いが出た。
儲かった人も儲からなかった人も、お金以外のメリットは十分にあると、みな口を揃える。
「インフラって何をやっているのか理解してもらいにくいけど、本を書いたことでちゃんと仕事していると伝わり、家族の反応が変わりました」(村主さん)
「虎の穴では業務時間内に書いて皆で記事をレビューし、いろいろと指摘し合います。これが文章力や、伝える能力のスキルアップにつながっています」(野田さん)
「コミュニティへの入口になります。スマートスピーカーの本を書いた人という自己紹介ができるようになるし、本を書いたということで他のコミュニティにも呼ばれるようになりました」(長村さん)
最後に一人一言ずつコメントを得る時間があったが、多くは本を出すことのメリットや楽しさを語っており、ぜひトライしてみてほしいというものだった。中でも重複して語られたのは、技術書を書くことで自分の知識が整理され、自分がわかっていることとわかっていないことがわかるということ。いい加減な知識では本を書けないので、必然的に分かっていない部分を勉強することになり、自分のスキルアップに直結する。そして、「この本を書いた」ということ自体がキャリアアップに役立つという。
ただ、商業出版の世界にはやはり厳しい一面もあるようだ。最後に吉江さんが語った言葉を引いて本稿を終えたいと思う。
「著者からのお願いです。Amazonのレビューは優しく書いてください。私たちも人間ですから間違いもあります。きつく指摘されると、けっこう傷つきます(笑)」(吉江さん)
週刊アスキーの最新情報を購読しよう