人間以上にヒトを理解するAI
“Empathetic Technology and the End of the Poker Face”
前述のセッションとは逆にAI(システム)が人間から感じ取ることができるEmpathyに関する内容もあった。講演者のPoppy Crum氏は、Dolby Laboratoriesに所属するニューロサイエンティストとして、人間の行動や生体信号から人間を理解する研究に取り組んでいる。講演では、人間の生体信号のセンシングに関する最近の進化と、その影響についての考察が示された(図7参照)
昨今のセンサーなどの発展により、システムの人間理解能力は当事者の人間自身をも上回っている。たとえば、利用者の歩き方を分析することによって、アルツハイマー病の発症を推測できる技術など、人間の医者でも検知が難しい症状をAIが予測する事例が発表されている。
本セッションの課題提起は、こうした人間理解技術の正しい使い道にある。うまく使えば、予防医療や創薬のパーソナライズ、さらには高齢者の活動支援など、人間の自由度を高める世界が実現できる。しかし、一歩使い方を誤ると「中国のような監視社会」(登壇者談)というディストピアが訪れる懸念を指摘していた。
紹介された人間理解技術は、完成度はばらついているものの、総合的にはAIが人間の様子を事細かに把握できる未来が来ることを指し示している。人間以上に人間を理解できるAIの登場を想定すると、その人間に対するアドバイス(たとえば健康状態改善のための行動変容提案)も、AIから行なった方が正しい可能性が高い。しかし、その際には前述のUberのような問題が起きることも想定しなければならない。
AIにEmpathyを搭載するのが良いのか、それとも今の人間の医師や介護士などのコミュニケーション力を活かす方が望ましいのか。サービス利用者の満足度の追求も重要だが、社会的・経済的な観点などを考慮した設計も必要に思える。
“The War for Kindness: Building Empathy in a Fractured World”
最後に紹介するセッションは、人間同士のEmpathyが主テーマである。登壇者は、スタンフォード大学で心理学などの研究に取り組んでいるJamil Zaki氏。近年急速に進んでいる都市への人口集中や独居世帯の増加、さらにはインターネット・SNSの普及などにより、人間同士の共感力が減少していることが明らかになっていると明かした。
これはすなわち、人類がほかの動物に対する優位性を築き上げた最大の要因のひとつである共感力が下がっているということであり、このままでは人類の存亡も危ぶまれるのでは……と、Zaki氏は強い危機感をあおった。
しかし、共感力は先天的な特性ではなく、鍛えられるスキルであるというのが、Zaki氏の主張。その根拠として、自身が取り組んでいる共感力の教育プログラムの事例を紹介。警察学校での教育プログラムでは、VRを活用してマイノリティー人種の立場に立った体験をしてもらうなどの取り組みにより、警察官になったあとに社会的活動への関与が高まるなどの効果が得られたとのこと。
この事例のように、組織の中での共感力を高めるプログラムを行なうことにより、組織全体の競争力が向上する。その結果、業績改善などが得られることから、共感力の強化はビジネス視点でも有益であるとアピールしていた。
以上のEmpathy関連のセッションを通じ、個々の人間とAIとの関係性も今後急速に縮まるタイミングにきていると感じた。筆者自身は、対話AIの研究開発が研究テーマのひとつになっている。このテーマではおもに言語情報を中心に、AIとヒトとのコミュニケーションの実現を目指している。しかし、人間同士のコミュニケーションのために作られた自然言語を、AIに理解させることは依然として難しい問題である(だからこそ、研究としての取り組み甲斐があるのだが……)。
一方で、今回のSXSWでは言語以外の情報による人間の理解と、AIからの共感の表出が多くのセッションで話題になっていた。人間同士のコミュニケーションにおいても、非言語情報の重要性を指摘する研究は多いが、人間とAIのコミュニケーションでも、まずは非言語情報の解析と活用が先行するかもしれない。その場合、すでに人間の能力を大きく超えていると思われるAIの人間理解技術が、さまざまな意味で人間にとっての「不気味」さにつながる可能性がある。ここでも、人間とAIの適切な関係性をきちんと考えることが必要な局面に来ていることが感じられる。
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