週刊アスキー

  • Facebookアイコン
  • Twitterアイコン
  • RSSフィード

首相、閣僚を解任し若いテクノラートの政府登用進める

大統領令でデジタルエコノミー開発を掲げる東欧の国ベラルーシの本気度

2019年04月29日 11時00分更新

ベラルーシ・ミンスクにあるテクノロジー経済特区「Hi-Tech Park」(HTPウェブサイトより)

 「デジタルエコノミー」や「電子政府」の取り組みで先駆的存在となっているエストニア。このエストニアの南方にベラルーシという国がある。

 20万平方キロメートルと日本の半分ほどの国土に、人口約950万人が住む東欧の国だ。

 日本では話題になることがほとんどないベラルーシだが、海外のITや暗号通貨界隈では少しずつ注目が集まり始めている。

 2017年12月、同国のルカシェンコ大統領が発令した第8号大統領令によって国を挙げて「デジタルエコノミー開発」を促進することが決定されたのだ。同大統領令は2018年3月末に施行。同国の最優先課題としてデジタルエコノミー開発が取り組まれることになった。

 「欧州最後の独裁者」と呼ばれているルカシェンコ大統領。2018年末には、首相を含めた閣僚を解任し、比較的若いテクノクラートに差し替える人事を断行。経済改革への足場を固めた格好となる。

 東欧ベラルーシでは大統領令の発令によってどのようなデジタル変革が起こっているのか、その最新動向をお伝えしたい。

デジタルエコノミー開発を促進する大統領令の内容とは

 「デジタルエコノミー開発」に関する大統領令とは具体的にどのようなものなのか。

 1つは、同国首都ミンスクにあるテクノロジー経済特区「Hi-Tech Park(HTP)」に適応されている優遇策の期限を2020年から2049年に延長し、区内にテクノロジー企業を多く呼び込むことが盛り込まれている。優遇策には、免税措置や事業活動の制限緩和が含まれている。

 HTPは2005年9月、ベラルーシにシリコンバレーのようなテクノロジーハブを構築しようという目論見で始まったプロジェクト。これもルカシェンコ大統領の大統領令によって開始されたもの。特に輸出志向のIT産業を育てることに重点が置かれていた。

 HTPに入居する企業に課される税率は総売上の1%のみ。利益に課税される法人税、また付加価値税は免除される。また、投資プロジェクトで利用する機器の輸入にかかる関税も免除されるという。さらに、HTP区内の企業で働く従業員には、9%の所得税と社会保障費用の支払いが課せられるが、課税対象となるのはその従業員の実際の所得ではなく、ベラルーシの国民平均所得が使われる。HTP企業の給与水準は国の平均を数倍上回っており、従業員の税負担はかなり軽くなっている。

 アーンスト・アンド・ヤングのまとめによると、HTPの企業数は2017年に181社(半数が外資)、3万人以上が働いていたという。ほとんどがソフトウェア開発などのIT企業で、69%がITアウトソーシングに携わっていた。米大手企業トップ200のうち30%がHTPの企業を活用していたという。アウトソーシングだけでなく、自社プロダクトの開発で成功している地元IT企業もいくつか存在する。

 HTP企業に対する大盤振る舞いの優遇策だが、HTP内での事業活動分野はソフトウェア開発を含むコンピュータ・サービス分野などに限定されてきた。

 しかし、第8号大統領令ではソフトウェア開発以外にバイオテック、メディカルテック、航空宇宙、eスポーツ分野の活動を許可。またブロックチェーンや暗号通貨に関わる活動を合法とする包括的な規制も盛り込まれ、さまざまなテクノロジー企業の誘致を促進している。実際、2019年3月末時点でHTP入居企業数は454社と、2017年の181社から大幅に増えている。

デジタルエコノミーの担い手、ベラルーシの注目企業

 ベラルーシではどのようなテクノロジー企業に注目が集まっているのだろうか。

 ベラルーシ出身のアルカディ・ドブキン氏とレオ・ロズナー氏が1993年に創業したEPAM Systemsは中・東欧で最大のソフトウェア開発・アウトソーシング企業といわれている。2018年3月時点の従業員数は約2万6000人。欧州だけでなく、北米、アジア、オーストラリアでも事業を展開。2012年にはニューヨーク証券取引所でIPOを実施し、ITアウトソーシング分野では東欧初のIPOとなったという。

 HTPに入居しており、ベラルーシ内では8000人を雇用。そのうち6000人が技術スタッフという。HTP入居企業では最大規模だ。EPAMが強みを持つ分野は金融。世界最大級の投資銀行5行と銀行3行、さらには多くの取引所やブローカーをクライアントに持っている。ベラルーシ出身者が創業し、大成功したテクノロジー企業の代表格として広く認知されている。

 HTPでEPAMに次ぐ規模を誇るのが、オンラインゲーム開発会社Wargamingだ。ベラルーシ・ミンスクで創業され、後にキプロスに本社を移転。開発は依然ベラルーシで行っており、HTPには2000人を超える技術スタッフがいる。同社はオンラインゲーム「World of Tanks」で世界的に知名度を上げ、マルチプレイヤー・オンライン(MMO)ゲームでは、もっとも利益を上げた企業の1つといわれるようにまで成長。アーンスト・アンド・ヤングによると、登録ユーザー数は世界中で1億4000万人を超えるという。

 欧州のスタートアップを対象とした「Future Unicorn Award」。2019年の最新版でアワードを受賞したTeslasuitもHTPに入居する企業だ。2019年1月に開催された世界最大級の家電見本市CESでも注目を集め、VR・AR部門でイノベーション賞を受賞。

Teslasuit(Teslasuitメディアキットより)

 Teslasuitは、VR空間での衝撃を伝える皮膚感覚フィードバック機能だけでなく、その温度を伝える温度コントロール機能を持つ全身スマートスーツだ。VR空間をよりリアルに感じ取ることを可能にする次世代テクノロジーとして大きな期待が寄せられている。英ロンドンとベラルーシ、2拠点を中心に事業展開している。

 このほかHTPには、フィットネスウェアラブルのFitbit、メッセージアプリViber、ロシアのインターネット大手Yandexなど名の知れた企業が開発センターを設置している。

 ICOやスマートコントラクトに関する法規制整備も議論されており、今後暗号通貨やブロックチェーン関連のスタートアップが増えてくる見込みもある。

 2018年5月に開催された「ユーラシア・デジタル・フォーラム」では、ベラルーシのセルゲイ・ポプコフ情報通信相が、デジタルエコノミーへの移行が同国の最優先課題になっていると強調。エストニアのような存在になるべく国を挙げてデジタル変革を進める姿勢を示した。日本では話題になることの少ないベラルーシだが、今後同国のデジタル変革の動向には注視が必要だ。

[文] 細谷元(Livit

この記事をシェアしよう

週刊アスキーの最新情報を購読しよう

この特集の記事