kintoneの活用方法や導入時の工夫を発表し合うkintone hive。その登壇者の中に、デジタル化の効用だけではなくアナログコミュニケーションとのバランスを訴える企業があった。kintone hive 仙台 2019に登壇したイエムラの代表取締役社長、家村 秀也氏だ。なんでもかんでもデジタル化するのではなく、中小企業ならではのアナログコミュニケーション、あうんの呼吸を残したことで社内はどう変わったのだろうか。
あうんの呼吸で通じる仲の良さと担当者への属人化とは表裏一体
イエムラは、金属製品製造業を営んでおり、注文に応じて金属製品を製造して、販売する。主力となる製品は、駅前空間やビル同士を道路より高い場所で結ぶペデストリアンデッキの手すりや、デザインが重視される商業ビルの大きな扉など一品物の製品だ。
「のこすモノ・つくるヒト」をキャッチコピーに人目にもつきやすい場所に設置される大型商品を扱う同社だが、従業員は約20名。経済産業省の中小企業白書によれば国内製造業の8割以上が従業員数20名以下の小規模事業者というから、多くの読者にとってもごく身近な事例と言えるだろう。そんな小規模企業の特徴として家村氏は、「社員同士がとても仲が良く、仕事でもあうんの呼吸が通じる」ことだと語る。しかし、仲がいいから、逆に困ることもある。
「お互いをよく知っているがために、お互いのことを深く追及しません。それぞれの担当者ががんばっていることがわかっているので、深く突っ込んで確認しないんです」(家村氏)
たとえば販売管理の進捗を知りたいときも、「問題ない?」「順調です」といった会話で終わり。あとは担当者を信じる。データの分析なども手つかずで、仕事は属人的だった。気が利く従業員が気がつけばフォローしてあげて、ゆるく理解し合い信頼しあっている組織。それがしばらく前までのイエムラだった。
「業務に必要なデータも、担当者ごとにそれぞれ自分のPCで管理していました。同じ情報を何人もの担当者がそれぞれに打ち込むという無駄がある一方で、担当者しか持っていない情報があったりしました。あの情報は誰が持っているんだっけ? どのファイルを見ればいいんだっけ? そんな会話も日常的に交わされていました」(家村氏)
経営者目線の「見える化」ではなく従業員自身がKPIを自然に意識する仕組みを構築
データの一元管理と可視化。それが必須だと感じていた家村氏は自社に適したシステムを探し、サイボウズのkintoneに出会う。しかし、自社に必要なアプリを実際に構築するのは容易ではなかったという。
「kintoneを導入する前にセミナーに足を運び、自社に必要な機能を書き並べてみました。これがいわばアプリの設計図になるはずなんですが、これを実際にアプリとして形にしようとすると途端にハードルが上がるんです」(家村氏)
非エンジニアでもプログラミングがなくても簡単にアプリを作れるというのが、kintoneの特長ではある。しかしそれとて、他のプラットフォームに比べて簡単という話であり、経営が本業でありPCに向かって手を動かしてkintoneの使い方を習得することに多くの時間を取られるのでは本末転倒というものだ。そこに助け船を出したのが、kintoneのカスタマイズを手がけるインテグレーターだ。現場の人が頑張ればシステム制作を内製化できるというだけが、kintoneの特長ではない。kintoneを使ってシステム構築を手がける多くのインテグレーター、必要な機能を追加するためのプラグイン制作者など、エコシステムが広がっているのもkintoneの魅力のひとつなのだ。
「こうしてようやく、kintoneを使ったシステム構築がスタートしました。私が求めたのは、顧客情報を一元管理するためのCRMと、従業員にKPIを意識してもらうための仕組みです」(家村氏)
それまで、各担当者が必要に応じて自分のPCに入力していた顧客情報を、なるべく少ない情報入力で管理できるようにすること。入力の重複がなくなることで抜け漏れや入力ミスをなくし、なおかつ関連アプリから同じデータを参照できるように連携させた。これは多くの企業で必要な機能なので、わかりやすい活用例だ。しかし、家村氏がCRMよりも力を入れたのは、KPIを意識させるための仕組み作りだったそうだ。
「従業員同士が仲良しだから、強く突っ込めない。そこで、僕が言わなくても各自が勝手に意識する仕組みを作りたかったんです。これまでは気が利く人がフォローしていたようなことを、気が利かない人でも気づいて、対応できる仕組み。具体的には、案件管理でKPIを達成できそうにないもの、予算が厳しい案件などは自動的に背景が赤く表示されるようにしました」(家村氏)
技術的には難しい仕組みではない。アプリとしてもシンプルな部類と言ってよいだろう。だがこれは家村氏があえて目指した仕組みだという。阿吽の呼吸や従業員同士の信頼感に寄りかかるのではなく、数字をベースにした経営は確実性が高まる。かといって、何百件もある案件を家村氏がすべて精査するのは現実的ではない。そこで、背景が赤くなっている懸案事項だけに注目すればいいようにシステムを構築したのだ。そしてこの仕組みの肝は、背景が赤くなるという単純な表現手法にこそある。
「ITを使って、kintoneを使って社内を見える化しましょう。よく聞く話ですが、これは経営者の目線で語られています。従業員目線では、kintoneに見られているということなんです。私が常時見ていなくても、kintoneが見てるんです」(家村氏)
赤い数字がいっぱい並ぶと、「これを社長に見られちゃうのはまずいな」と、従業員自身が意識し始める。それこそが、家村氏が望んだ環境だった。上から目線で「達成できていないじゃないか」と指摘するための「見える化」ではなく、それぞれの従業員が自然とKPIを意識して働くようになる「見られてる化」だ。文字でこのように書くと監視社会のようにも感じるが、そうならないよう顔を合わせての会話でフォローするなどコミュニケーションはどこまでもアナログにこだわった。このデジタルとアナログのバランスこそが、イエムラのIT化を成功に導いた大きなポイントだ。
あえてアナログの部分を残すことで小規模企業の良さをなくさないバランス感覚
製造業だけあり、業務の根幹に関わるアプリの詳細な紹介はなかった。その代わり、あえてアプリ化しなかったものが紹介された。そのひとつが、交通費精算アプリだ。CRMやKPI管理のシステムを構築した後、インテグレーターからは交通費精算や社内コミュニケーションに活用できるアプリやプラグインが紹介されたという。しかし家村氏はこれらの提案に見向きもしなかった。
「従業員が多くないので、オフィスではみんな相手の顔が見える場所で仕事をしています。すぐそこに総務の担当者がいるのに、アプリを通して交通費精算の依頼をするようなデジタル一辺倒の世界は求めていませんでした。交通費を精算したいときは『交通費精算したいから、用紙をちょうだい』と声をかける、そこから雑談も生まれる。そんなオフィスの雰囲気を残したかったんです」(家村氏)
こうした方針は、kintone導入前に大きな方針として決めていた。デジタル化する部分と、アナログのコミュニケーションとして残す部分。それを最初にきっちり切り分けていたので、インテグレーターの提案にひとつひとつ右往左往することなく、当初の目的に沿う部分だけをkintoneでデジタル化していくことができたと家村氏は言う。KPIを自然と意識するデジタルな仕組み作りと、それをフォローするアナログのコミュニケーション。そのバランスの良さが、従業員に「IT化で面倒くさくなった」ではなく「自然に意識するようになり、意識が変化して心が勝手に動き出し、自発的な行動につながる」状態を生み出した。
「ある従業員は、自分の仕事の結果がわかりやすくなり、結果を見てもらえていることがやり甲斐になっていると言っていました。別の従業員は、自分が作って出荷した製品は知らない誰かに使われているけどどれくらい役立っているのかは見えない、でも仲間への貢献具合はわかるようになったと言っています。普段の雑談や会話をなくさないように気をつけながらkintone導入を進めたから、お互いの信頼関係を損なわないで、なおかつやる気が生まれているんです」(家村氏)
アナログ一辺倒でも、デジタル偏重でもない、小規模製造業ならではの活用。でも家村氏はITの可能性を過小評価している訳ではない。現在準備中のインドへの事業展開でも、kintoneを使う予定だと明かしてくれた。クラウドであり、急速にインターネット環境の整備が進むインドと日本の双方から同じシステムを使えるメリットが活きるはずだと力説した。さらに、現在製造部のデータをシステムにため込んでいる最中で、AIを使った工程管理ができないかと壮大な展望を語る。
「私自身も会社も、それから私の会社のスタッフも、みんなでもっと進化していきたいなと思っています。その進化を手伝ってくれる方がいらしたら、ぜひ力を貸してください」(家村氏)
そう会場に呼びかけ、家村氏は講演を終えた。
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