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事業創造の本質を問うアフター・シンギュラリティの興味深いテーマ

社長はAIで代替できるのか?

2019年03月07日 09時00分更新

「AI経営者」を実現する上での課題
デジタルの中でのシミュレーションと実在経営者との乖離

 以上の条件のもとでAI経営者が実現された場合、そのAI経営者によるコミュニケーションは、実在の経営者によるコミュニケーションの完全な代替になりえるのか? という、大学の講義の場で元々投げかけられた問いについて考える。

 筆者は、経営者のコミュニケーションという役割に限定した場合でも、AI経営者による経営者の完全な代替は難しい……と、結論づける。その理由として、以下2つの課題があると考えている。

(課題1)思考モデルのアップデート

 1つ目の課題は、AI経営者の思考モデルのアップデートである。

 現状のAI関連技術、特に過去に蓄積した情報などから構成される学習データに基づく機械学習を活用したアルゴリズムの場合、一般論として、ある時点で作られた初期モデルがそのまま永続的に使える場面はほとんどない。

 実際には、初期モデルの導入以降、その性能を維持するためには、実用化以降に順次入力されるデータと、その解析結果に対するフィードバックを基に、常にモデルをアップデートしていく必要がある。初期モデルは、モデルが構築された時点までの情報に基づいたスナップショットに過ぎず、それ以降に発生する外的環境の変化など、未知の情報が組み込まれていないからである。

 AI経営者の思考モデルについても、実用化以降の情報を基に、常にアップデートを図る仕組みを導入しない限りは、初期モデルのままで運用されることとなる。実在の経営者は、世の中の変化に合わせて、自らの思考などを常にアップデートしている。したがって、AI経営者が初期モデルのままで停滞していると、時間の経過によって実在の経営者の思考からどんどん乖離が広がることとなる。

 それなら、AI経営者の方のモデルも定期的にアップデートすれば良いのでは……と、考えられる。実際、思考モデルのアップデートが必須であるとの認識のもと、AI経営者のコア機能の1つとして、思考モデルのアップデートを含めている。

 にもかかわらず、AI経営者が元となる実在の経営者と同様の内容で思考のアップデートが難しいと考える理由は、AI経営者に対する情報のインプット方法と、その情報に対するフィードバック方法のそれぞれにある。

 まず、情報のインプット方法について、実在する経営者の実態について考える。実際に、経営者にインプットされる情報としては、主には(1)自社内関係者から日々報告される情報、(2)ウェブ上のソーシャルメディアの情報や各種メディア、デイリーで変化するデータベースなど外部からの流入情報、(3)自ら収集する情報の3種類が想定される。これらの情報のうち、AI経営者が実在の経営者に対して優位なのは(2)、逆に劣位と思われるのは(3)と考える。

 上記の(2)については、AI経営者ならではの方法として、インターネット上のあらゆる情報をインプットさせるという方法をとることができる。このやり方により、実在の経営者が実際に収集できる情報量を大きく増加させられる可能性がある。一方、(3)については、実在の経営者が社内外での直接の対話から得られる情報が多いと思われるのに対し、AI経営者はデジタル世界でしか存在していないため、入力される情報が限定されると思われる。

 デジタル世界中心の情報収集と、実世界中心の情報収集のどちらかが優位とは言い切れない。情報量でいえば前者の方が圧倒的に優位ではあるが、ネットに流れる大量の情報に対する信憑性の担保は難しい。また、実在の経営者にしか知り得ない情報は簡単には得ることができないため、少量であっても実世界から得られる情報に極めて重要度の高いものが含まれる可能性もある。

 いずれにしろ、AI経営者に入力される情報の質と量を、実在する経営者のそれと等しくすることは不可能である。そして、この入力情報の乖離は、AI経営者の思考モデルのアップデートにも影響をおよぼす。すなわち、AI経営者の初期モデル、そしてアップデート機能がどれほど優れていたとしても、最終的には実在の経営者とは別の思考モデルとして進化することは避けられない。

 したがって、AI経営者の思考モデルは、時間の経過とともに実在の経営者のそれとは別の「人格」となり、実在の経営者の完全な代替にはなりえない。

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