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自由に使える公共情報・オープンデータで何が変わるのか?|筑波大・川島宏一教授インタビュー

2018年09月06日 16時00分更新

 政府・公共機関が持つデータを開示し利活用することで新たな価値の創造を促進するとして総務省が推進する「オープンデータ」戦略。しかし、いまだ多くの人にとって、オープンデータとは何か?どんなことができるのか?オープンデータがもつ力とは?どのように世界を変えていくのか?という疑問は、漠然として今ひとつつかみどころがない。本企画では、そんなオープンデータの意義とその現状を全6回の連載企画としてお届けする。第一回はオープンデータの第一人者、筑波大学教授の川島宏一教授にお話を伺った。

川島宏一

筑波大学 システム情報系社会工学域教授。「オープンデータ」の地域支援への活用を研究する第一人者。政府IT総合戦略本部電子行政オープンデータ実務者会議の構成員でもある。

オープンデータによってビジネスが生まれ、社会問題が解決する

──「オープンデータ」というと、誰でも利用できる公共のデータだということはわかりますが、概念的で具体的なイメージがわきません。

川島 それでは、まず、わかりやすいところで、オープンデータを利用したビジネスの、典型的な成功事例から紹介しましょう。

 クライメート・コーポレーションという、Googleからスピンアウトした人達が創業した農業保険会社がありました。オープンデータを利用することでいままでにない高精度での予測を実現し、掛け金に対してより大きな補償を可能とする、他社よりも有効な保険商品を組み立てることができました。その結果、報道によれば、当時世界最大級のバイオ企業だったモンサントに95億ドルという巨額で買収され、ビジネス的にも成功を収めて大きな話題になりました。

 農作物というのは、土壌、種・苗、気象条件、この3つの要素に収穫量が左右されます。このうち種・苗の生育に関するデータや土壌データについては日本でいう農業試験場や農水省が持っています。また、気象の過去データは気象庁が持っています。これらの公共データの利用に加え、自社で気象計測スポットを設けて狭い範囲毎の気象データを正確に把握しました。これらのデータを組み合わせて分析することで、異常気象が発生する確率や、気象状況に応じた農作物の生育状況を高い精度で予測することに成功したのです。

 農業保険というのは、異常気象による作物の出来高に対する保険ですから、予測によって異常気象の発生率が低い地域の保険料を安く設定することで、他の農業保険会社より優位な保険商品を提供することができたわけです。

クライメート・コーポレーションが現在提供している農業支援プラットフォーム「Climate FieldView」。データを基にして、収穫量を上げるための支援を行う。

 また、地域が抱える問題をオープンデータを利用してみんなで解決していこうという動きもあります。「さっぽろ保育園マップ」は、保育所情報や学校等の施設情報を組み合わせて地図上に表示させるスマホアプリで、市が公開している保育施設のデータと、国土地理院地図等を基にしています。また、「5374(ゴミナシ).jp」は、地域ごとに「いつ、どのごみが収集されているのか?」が一目でわかるアプリで、自治体等が出しているゴミ収集情報を利用しています。これらを実現しているのは非営利団体の「code for コミュニティ」です。困っている人が存在するのに、行政のシステムでは対応できていない問題を、データを活用することでみんなで解決しようという活動です。

──いろいろな事例がありますが、利用者側のアイデアによって、公共データをビジネスや課題解決に生かす、ということですね。また、データを組み合わせることもポイントですね。

川島  巨大ビジネスから肌理の細やかな地域問題の解決まで、いろいろな事象が対象になりますが、いずれの場合でも、オープンデータを活用し、他のデータと組み合わせることで新たな価値が生みだされていると言えます。

オープンデータによって生み出される8つの価値

──オープンデータによって生み出される価値には、ほかにどのようなものがありますか?

川島 僕は前から、オープンデータによって生み出される価値を、8つのパターンに分類しているんです。

オープン・データによる価値創出の8類型

 1の「わかりやすい可視化型」は、データの見せ方を工夫することによってわかりやすく伝えるというものです。2の「対話型」の例としては、イギリスの「You Choose」が有名でした。もうサービス終了してしまいましたけど、自治体の税金の使い方を納税者が細かく指定してボタンを押すだけで、財政が赤字になるか黒字になるかを見ることができるWebサービスです。バックには膨大な予算編成生データがあり、計算をして結果を導き出しています。3の「リアルタイム型」はその時点の状態がわかるもの。典型的なものには、バスロケーションシステムがありますね。4の「悉皆(しっかい)型」、これは私が名前を付けてそう呼んでいるんですが、全国のデータなど母集団全体のデータを全部集めると、価値が生まれるということです。たとえば「カーリル」という、全国の公共図書館を横断して蔵書の検索ができるサービスが該当します。

図書館の蔵書検索サービス「カーリル」

 5の「ハイブリッド型」は、新サービスの創出です。先ほどのクライメート・コーポレーションが典型になりますね。

 6の「地域パッケージ型」というのは、地域単位でone stopで見ることのできないデータをまとめることで価値が生みされるということ。「Data GM」というイギリスのグレーターマンチェスター地域にある道路や水道などの公共情報が一括して表示できるサイトがあります。いままで、道路工事をやるときには、周辺地域に個別にいちいち情報を提供しなければならなかったのが、1ヵ所ですべての情報を提供することによって、コミュニケーションにかかるコストが削減できるようになりました。あと、僕が佐賀県庁に勤めているときに、新型インフルエンザに感染した生徒を各学校で入力してもらって、どれくらいの欠席率のときに学級・学校閉鎖したかというのをわかるようにしたんですね。それまで、学級・学校閉鎖の決定は各学校の校長先生の裁量で決めていたので、どの段階で決定を下すかが悩みの種だったんですが、その判断がしやすくなりました。

 7の「仲介型」は、例えば、交通事業には、東京だとJRのほかに私鉄各線が数社、地下鉄が2社あり、ほかにもバスやコミュニティバスなどたくさんの企業が参入しています。利用者としては一括で時刻表情報を見たいが、これらの情報連携が、以前はぜんぜんできていませんでした。交通事業者同士は競争相手なので、なかなかデータを共有したがらないからです。そこで、仲介者が一定のデータフォーマットで間に入って調整することで、データを使えるようにするということです。

 最後の「コンシェルジュ型」は、要するにパーソナライズ&プッシュで、その人がいまそこで求めている情報だけを整理してきちんと届ける、というサービスです。横浜市の都筑区や中区で、子供の人数や年齢に応じた行政情報を届けるサービスが提供されています。

子供の人数や年齢を入力し、適合する行政情報を優先して届ける「育なび」

コストゼロの世界ではオープンデータ化は“必然の流れ”

──オープンデータを活用することで生み出される価値にも、様々なものがあることがわかりました。ではいったいなぜ、オープンデータ化が進んできたんでしょうか。

川島 オープンデータ化の流れは、基本的には、「テクノロジーの進化による当たり前のことが起きている」ということです。

 我々の生み出すデータは、もう基本的にデジタルになっていますよね。紙にメモを書いたりもしますが、ほとんどの部分は、パソコンでWord/Excelのファイルを作ったり、ウェブに上げるブログのテキストだったりします。要するに初めからデジタルデータを生み出しているわけです。これをBorn Digital(ボーンデジタル:デジタルで作成した書類)といいます。デジタルデータだと、紙にコピーするためのコストがかかりません。このことがひとつ。

 もうひとつ、インターネットが普及したことにより、データの転送コストが限りなくゼロになりました。デジタル化する以前は、データは紙として存在するものだったので、公開するには紙代やコピー代がかかり、郵送コストが発生していたので、大きな変化です。

 行政もこの流れの中にいます。デジタル化以前はデータの公開、提供にコストがかかります。行政のデータを企業や個人が利用しようとした場合、特定の人のために税金の一部を使うことになってしまうので、合理的な理由が必要になりました。しかし、Born Digitalになると、原則が変わります。公開コストが発生しない、無料で無限にコピーできるとなると、もともと税金でデータを作っているわけですから、逆に公開しないということに理由が求められるようになるわけです。初期状態がオープン(Open by default)になるんですね。

 もちろん、個人情報や治安問題にかかわる情報など、公開することが公共の利益にならないものはあります。しかしそこには「公共の利益にならない」という公開しない理由がある。公開するために理由が求められたこれまでの状態とは、まったく逆転しているのです。

──そこまで進んできているとは知りませんでした。

川島 まあこれは、理屈上の話で、いろいろそこに至るまでの問題はあるんですが、それは後からお話しします。ただ、そもそも、「オープンデータ」ということば自体は、単に物事の現象を表しているだけですよね。なので、僕はこれを「Open government data movement」だと言っています。デジタルでコストがかからないなら、政府のデータがオープンにならないのはおかしいんじゃないか、という発想ですね。さらに最近では「政府(government)」だけでなく、すべてのデータがどんどんシェアされていて、そこから価値が生み出される世界へと進んできています。

──データがオープンになれば、そこから新たな価値が生み出されることが期待できるということですね。

川島 先ほど8つの価値を紹介しましたが、行政のデータがオープンになることによってさまざまな可能性が生まれます。ビジネス方面からの期待もあるし、社会起業家や市民、行政からの期待もあります。情報開示をすすめることで、いままで手詰まりになっていた公共的な問題が解決できるかもしれないという期待もあるのです。

政府は行政の実施主体からプラットフォームへと変わる

──行政には市民の課題を解決するという役割があると思いますが、その役割を一般に託すということなんでしょうか。

川島 現実的な問題として、世界中の行政は財政的に破綻しているという背景があります。日本も多くの借金を抱えていますよね。企業の経営資産は「人・モノ・金・情報」だと言いますが、公共部門には、人もモノも金もないんです。しかし、「情報」はたくさんあります。そこで、この資産を生かすことによって、問題解決ができないか、というのが行政の期待です。

 いま言われているのは、「自動販売機型の行政から、プラットフォーム型の行政へ」。「自動販売機型の行政」とはアメリカの公共学者であるドナルド・ケトル氏が自書に記したコンセプトで、あらかじめ政府が用意した公共サービスに対して、市民がお金を払うというモデルです。しかし供給側には限界があり、すべての問題に対応することは不可能であることが明らかになってきた。そこで、これからはアップルの「App Store」のように、行政がプラットフォームとなることで、問題解決に寄与していってはどうかというのがこの考え方です。アップルはアプリはほとんど作らず、App Storeという開かれた販売の場や、開発環境を提供しています。同様に、行政が問題解決を執行する実施主体になるのではなく、みんなで議論して解決の手段を考えられる場を提供する存在になる、というわけです。このプラットフォームがきちんと機能するためには、正確に事実を表す具体的なデータの提供が重要になります。地域で本当に困っている人は誰なのか、またその原因や解決策を議論する根拠として、データが不可欠だからです。

──今、日本もその方向に進んでいるんでしょうか?

川島  僕は2010年ごろから日本政府の電子行政化に関わってきていますが、オープンデータについてもそのころからずっと動きはあります。2012年の7月には日本政府のオープンデータ制作のマイルストーンとなる、「電子行政オープンデータ戦略」ができました。

 そして、2016年12月には「官民データ活用推進基本法」が施行されました。これで大きく潮目が変わりましたね。データをオープンにするのが大前提だと、法律で決まったのが大きいです。それまでは省庁の姿勢は「なんでデータを公開しなくちゃならないのか」だったのが、「公開しないためには理由が必要」という真逆の発想へと転換しなければならなくなったわけですからね。

「政府CIOポータル」には、「地方の官民データ活用推進計画策定の手引」が掲載されている

──仕組みは整備されてきているんですね。市民や企業も、受け身でいるだけでなく、必要だと思ったら、どんどんデータ提供を求めていかないといけませんね。

川島 そうです。公共の利益のために使うだけじゃなくて、金儲けの手段だっていいんですよ! 今までは、行政のデータを個人の利益のために出してもらうなんて考えられなかったと思いますが、今は違います。正当な理由もなしにデータを出してくれなかったら、出さないほうが悪いんです。

 でも考えてみてください。それで経済的価値が生まれれば、税収も上がるし雇用も生まれる。結局は地域のためになるわけです。

 実際、日本でも、公共データの利用によってスタートアップが生まれた事例が出てきています。福岡の「ウェルモ」は、福岡市から提供されるデータをもとに、介護情報を提供するサービスを展開し、成長を続けています。

──「オープンデータ」というと、情報公開という現象だけに注目されがちですが、その背景には社会変化があり、さまざまな期待が込められているということがわかりました。

川島 そうですね。今、大きな社会的転換点にいると言えると思います。ただ、現実的には意識転換はまだ進んでいないし、課題も山積しています。次回はそのあたりに触れていきます。

つづく

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