週刊アスキー

  • Facebookアイコン
  • Xアイコン
  • RSSフィード

『アナ雪』『ズートピア』を突破したワケとは!?

『インクレディブル・ファミリー』大ヒットの理由

2018年08月01日 11時30分更新

マイノリティーへの優しいまなざし

 さまざまな描写にも、彼らの「現在・未来」に向き合う姿勢が表れている。キャラクター・デザインや世界観などのインスピレーション源は、20世紀半ばのミッドセンチュリーだという(公式冊子より)。そういえば、劇中にテレビのニュース番組で、冷戦を思わせる事柄が語られていた。歴史学者である有賀夏紀氏の著書『アメリカの20世紀』(中央公論新社)によると、アメリカ人はとくに1950年代を「黄金の時代」と呼び、いまだにノスタルジックな思いに浸っているという。

 景気も良かったし、犯罪も少なかった。人々は郊外に「庭付きの一軒家」を持ち、サラリーマンと専業主婦が一般化した。テレビでも『パパは何でも知っている』や『奥さまは魔女』などの郊外を舞台にしたドラマが放送された。しかし、1970年代以降、このような世界は崩れ去ってしまった。離婚率は上昇し、犯罪率は上昇した。1980年代にレーガン大統領は「強いアメリカ」と、50年代のような理想の家族を取り戻そうとした。

 この時代を象徴するのが『バック・トゥ・ザ・フューチャー』だ。高校生のマーティーは、ブラウン博士が発明したタイムマシンで1955年に旅立つ。高校生の母親は、郊外の「庭付きの一軒家」に住んでいる。彼はそんな母親に惚れられてしまい……。

 アメリカ人が『バック・トゥ・ザ・フューチャー』にノスタルジーを感じるのは、日本人が『ALWAYS 三丁目の夕日』に惹かれるのに近いのかもしれない。一方で、『Mr. インクレディブル』シリーズは『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に逆襲するような内容だ。そんな時代の影で見捨てられてきた人々を忘れないようにしよう、というディズニー/ピクサーの優しいまなざしが込められている。

 前作では、世間から強いバッシングを受けていたスーパーヒーローたち。そんななか、パー一家は社会に溶け込むために、郊外の「庭付きの一軒家」に住んでいる。Mr.インクレディブルはビジネススーツを着て、保険会社に勤務する。50年代にはサラリーマンを分析した『組織のなかの人間(オーガニゼーション・マン)』という本が話題になった。彼は組織のなかの人間(オーガニゼーション・マン)になろうとしたものの、やはり馴染めなかった……。

 そういえば、『リメンバー・ミー』は『アナと雪の女王/家族の思い出』と同時上映されて話題になった。前作から数ヵ月後の冬。アレンデール王国ではクリスマスに家族でお祝いをするが、幼い頃に両親を亡くしたエルサとアナの姉妹には伝統がない。雪だるまのオラフは、クリスマスを迎える前に伝統を見つけるために冒険に出る。

 『リメンバー・ミー』には、主人公ミゲルのパパとママ、祖父、祖母、曽祖母、叔母、叔父、叔母、3人のいとこ、妹が登場する。いや、死者の国にいる祖先も含めると、高祖母、曽祖伯叔父母、大叔母、曽祖父、高祖母の双子の兄弟まで、総勢17人の大家族である。一方で、『アナ雪』の短編には、エルサとアナの姉妹、雪だるまのオラフの家族が登場する。ミゲルを取り巻く大家族とは正反対だ。

 ディズニー/ピクサーで描かれるのは、50年代アメリカのテレビドラマのようにサラリーマンのパパと、専業主婦のママの画一的な家族ではない。『リメンバー・ミー』は大家族、『アナ雪』は一風変わった家族、『インクレディブル・ファミリー』は主夫のパパとビジネスパーソンのママの家族……。ディズニー/ピクサーは常に「家族の大切さ」を描いてきたが、その家族像にはマイノリティーへの優しいまなざしが込められてる。

『アナ雪2』はディズニー初のレズビアン主人公?

 『インクレディブル・ファミリー』では、パー一家以外にもスーパーヒーローたちが登場する。彼女たちはイラスティガールに会ったときに、これまで特殊な能力を隠して生きてきたが、彼女のおかげで自信が持てるようになったと伝える。自分たちのマイノリティー性を覆い隠さなければいけなかった彼女たち。このシーンは、カミングアウトをタブーとしてきた時代から一歩踏み出すかのような描写といえるだろう。

 近年のディズニー/ピクサーは同様のアプローチを繰り返してきた。『アナ雪』のエルサは、アメリカではレズビアンか、他者に恋愛感情や性的欲求を抱かないか、その感情や欲求が少ないとされるAセクシャル(無性愛)だと話題になった。『レット・イット・ゴー』はマイノリティー性を受け入れ、前向きに生きようとする魂の叫びなのだ。ちなみに、『アナ雪2』(全米で19年、日本では20年公開予定)では、エルサがディズニー初のレズビアンのプリンセスとして再登場すると噂されている。

 ディズニー/ピクサーの主人公たちは非難されたり恐れられたりするものの、最後には人々から受け入れられるように描かれる。ディズニー/ピクサーの優しいまなざしにはいつもほっとさせられる。マイノリティーを画面に積極的に登場させながらも、最高におもしろい作品を作ってしまう天才集団。それがディズニー/ピクサーなのだ。

同時上映作『bao』は“かわいい肉まん”が動く

 今作は、短編映画『bao(バオ)』と同時上映される。舞台はカナダの中国人コミュニティー。ある日、高齢の女性は中華まんに命が宿っていることに気づく。彼女は彼を自分の赤ちゃんのように扱い、成長を見守っていく。しかし、彼は反抗期に突入してしまい……。

 この映画も「家族の大切さ」を描いた作品だ。作品には中国の重慶で生まれ、カナダのトロントで育ったドミー・シー監督のひとりっ子として経験が反映されている(公式冊子より)。映画が始まったときに主人公はすでに子育てを終えており、子供が成長したときに多くの女性が感じるされる憂うつな苦しみ「空の巣症候群」に陥っているようにも見える。

 近年、アメリカ映画では『グラン・トリノ』や『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』など、孤独な高齢者を描いた作品が増えているように思う。それこそ、ピクサー作品『カールじいさんの空飛ぶ家』は、アニメーションで高齢者を描いた世界で、めずらしい作品だろう。

 現在アメリカは日本には及ばないものの高齢化が進行している。この作品で描かれるのは子どもの成長だが、見つめるまなざしはまさに現在進行形で増えるアメリカの高齢者そのもの。『インクレディブル・ファミリー』が家族の現代版だとしたら、『Bao』は高齢者の現代的な孤独をちょっとかわいらしく描いたと作品と言えるだろう。

 これまで目には見えない世界への夢を膨らませながら、まるでその世界が実在するかのようなハイ・クオリティーで再現してきたピクサー。『トイ・ストーリー』はおもちゃの世界、『インサイド・ヘッド』は頭のなかの世界、『リメンバー・ミー』は死後の世界……。

 今回の『インクレディブル・ファミリー』はだれもが夢見るスーパーヒーローの世界である。しかし、そこには「現在・未来」の家族像と初めて向き合ったピクサーの新たなる希望や、マイノリティーへの優しいまなざし、高齢者の孤独を描くといった彼らのリアリストぶりが隠されている。ぜひ、そんな映画の背景を頭の片隅に置きながら、Mr. インクレディブルの奮闘ぶりと、その家族インクレディブル・ファミリーの活躍を劇場で堪能してほしい。


●公開情報
・インクレディブル・ファミリー 原題:Incredibles 2
・2018年8月1日全国ロードショー
・監督・脚本:ブラッド・バード
・製作:ジョン・ウォーカー、ニコル・パラディス・グリンドル
・製作総指揮:ジョン・ラセター
・オリジナルスコア:マイケル・ジアッキーノ
・日本版声優:三浦友和、黒木瞳、綾瀬はるか、髙田延彦、小島瑠璃子、サンシャイン池崎ほか
・配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
公式サイト

この記事をシェアしよう

週刊アスキーの最新情報を購読しよう

本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合があります