キーマンに聞く、ドルビーアトモス版ガルパン最終章の聞きどころ
── 最終章で念願のドルビーアトモスが実現しましたが。
岩浪 ここにいたるまでの7年間、ずっといろいろな活動をしてきました。僕らのチームでやる作品としては3本目ですが「ガルパンをアトモスで作りたい」という想いがすべての発端だったので感無量です。ようやくゴールにそしてスタート地点に到達できた記念すべき日です。
── 音響調整で念頭に入れたことは?
岩浪 調整と言ってもスタジオの音になるべく近づけようという微調整です。極端に音作りを変えるのではなく、ほんの微調整でした。
── アトモスらしさはどこにありますか?
岩浪 ここは山口さんと小山さんが頑張った部分です。
山口 ふだん音響の仕事をしていても、初見でここはアトモスだなってわかる作品は意外と少ないのです。最終章では、映像作品としては強調した部分もあるけど。ここはアニメファンのためのアトモスのお披露目として分かりやすくつくりました。
小山 ハリウッドの手法とは、真逆を行くというかね。
山口 いまはサラウンドの出はじめと同じです。アトモスによって表現方法が広がった分、いろいろやりたくなっているし、入口なので主張しておきたいですね。
小山 劇場版は、2時間の尺のうち半分以上が戦闘。絵だけで派手になるのは分かっていたので。サラウンドはきれいに作っていました。今回は尺も47分と短いので、気持ちよく帰ってもらう作品にしようと心がけました。
岩浪 いわば音響のアトラクションですね。アクションシーンが少ない中、それを音でどう印象的にサポートするか。これがアトモス化によって多彩になった。確実に音の情報量が増えているのでそこをぜひ体験してほしいです。
── 映像を音で補うことはあるのですか?
小山 絵作り的にも『ここは音でよろしくね』という部分がありますからね。
岩浪 コンテの段階から、アトモスや4DXを想定したつくりになっている面があります。『本当に聞かせたい音はこれだぜ』というか。アトモスでは本当に提供したかった『音として最良の形』になったと自負しています。
── 岩浪さんは常々映像に合った音が最優先だと話しています。劇場版はオーソドックスな音、今回はアトラクション性のある派手な音ということですが、特に推したいのは?
山口 現状のスペックを使って表現しようと思っているものの、もう一段上をやってみようというのがアトモスです。いい音を超えた先にアトモスのフィールドがあり、このフィールドを使ったらこういう可能性があるのではないかと、僕らも作りながら感じてきました。さまざまなパターンを試しながら作ったり、目指したりしていますね。
小山 スピーカー1個1個に音を置ける点、やはりここが利点ですね。音は重ねると、もぐってしまう。別々のスピーカーから出すだけで、同じ情報でも音の粒が立って、聞こえ方が変わってきます。アタックも音量レベルを高くせずに出せます。主観視点のシーンで出る、最初の音も、効果音の位置を振り直しだけであそこまで出せた。もともとあった音でも、面ではなく点で出すだけでまったく変わります。側面だけで位置関係を表現できたりしますしね。
岩浪 細かく位置決めすることによって、個々の音が明瞭になるわけですね。
小山 音を配置するうえで留意したのは、画面の中で完結しているものの音は後ろに振らず前だけで表現し、逆に後ろにあるものは強調してよりメリハリを付けようということです。5.1chのときは後ろも使って全体のレベルを稼いでいましたが、岩浪さんからそれはやめようといわれて、最初は自分の持ち味が消されるのではないかと少し不安になりました。しかし実際に聞くと、メリハリがうまく利いているし、さすがだな……と思いました。
── 解像感や定位感がいいので、音の数が増えたように思えますね。
小山 これも音の数は足さなくても、振り分けだけで聞こえるようになってきます。
岩浪 7.1chでは音の発生源が8つしかないわけです。それが無限に増やせるので圧倒的な違いです。結果として、特別な体験になると思います。なぜアトモスにこだわるかというと、エンタメの表現はテクノロジーの歩みに呼応して進化してきたはずだからです。なのに、映画音響のテクノロジーはずっと進歩がなく、5.1chも四半世紀前の技術でした。しかし、数年前にアトモスという技術が出てきた。これに反応しないのは、F1が走れるサーキットに軽自動車しか走らせていないようなもので、クリエイターとして怠慢だと思います。大きなレボリューションがあるのに、日本の映画界の誰も反応しないというのがたまらなくいやだったし、でも『おれはやるぜ』と4年以上抱き続けてきた感情でもあります。ガルパンを何回も見ている人はもちろんですが、未見の人も、映画音響に興味がある人もぜひ一度体感してほしいと思っています。
小山 最終章はOVAの先行上映だと思われている面がありますが、われわれも作画スタッフも劇場版をこえてやる、という意気込みで作っています。だからOVAだしブルーレイで見ればいいやと思っているのであればもったいないですね。
岩浪 テレビシリーズや劇場版を見たことがなくても楽しめる内容ですし、日本映画音響における次のステージを体験できるものになったと思います。
── アトモスならではの部分があるとすれば?
小山 主観視点のシーンはソフトと見比べてもらうと分かりやすいです。家でブルーレイを見て劇場にいければと。あとは地下ですね。低い音を天井に這わせるといったことはアトモスでないとできません。
山口 アトモスでは天井スピーカーでも低い成分の音を再生できる仕様になっていますから、わざとLFEの成分をこぼしこんで、80Hz以下の音を定位させるなんてこともやっています。
── とにかく聞こえる音の数が違うし、どんと無造作で置いているようでいて、計算されつくしているのが分かる。細かな効果音までレイアウトされていくのがすごく分かりました。
岩浪 一番違うのはそこなんですよね。ぜひ感じてもらいたいです。
── このチームとして最高のものがつくれたと思いますか?
岩浪 そう言えると思います。
── 最終章の第2話、第3話の展開も気になるのですが。
岩浪 先の話はまだできないですが、絵も音も格段に難しくなるのは目に見えたシナリオになっています。
山口 ここもアトモスであれば、手数が増える面があるものの、表現力が上がるぶん、やりたいことにより近づくことができます。
小山 逆にテレビのほうが音響的には大変なのです。ステレオにするため削っていく作業が必要なので。
── 今後アトモスに取り組んでいくクリエイターにひとこと。
岩浪 映画制作の人には、きちんとプリプロダクションすると、アトモスでもそんなに手間はかからない。プラグインの操作性もいいので、思ったより大変ではないという点を強調しておきたいです。経費がすごくあがるわけでもないので、クリエイターの方も積極的にチャレンジしてほしいと思っています。
山口 ツールはPro Toolsが基本ですが、NuendoなどいまのDAWならほとんど対応しているはずです。5.1chを勉強している人なら、誰でも見ればわかるレベルまで使いやすくなっていると思います。
── DTS:X版とドルビーアトモス版に違いはありますか?
山口 Pro Toolsを起点にトランスファーするので。基本的には同じものです。
岩浪 劇場のスピーカーがどう設置されているかの影響のほうが大きいと思います。それ次第でだいぶ聞こえ方も違うのでそのへんも楽しんで頂ければと。なにせ日本映画でDolby Atmos と DTS:Xでマスターの音響を作った初めての作品なんで違いも含めて味わって頂ければと。
── 今後劇場用に制作されたドルビーアトモスの音源がパッケージや配信で家庭でも楽しめる可能性はありますか?
岩浪 アトモスホームを使ったパッケージ化の可能性はあります。というか出していただける予定です。
── 最後にここを見てほしいというシーンがあれば教えて下さい。
山口 知波単学園の会議シーンがおすすめですね。
小山 地下でそど子を追いかけるところと、戦車内での主観シーンをみていただければアトモスの効果を分かっていただけると思います。
── ありがとうございました。
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