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音から知るジャパン・アニメの魅力

岩浪美和音響監督に聞く、劇場だからできたSAOの「迫力ある音」の秘密

劇場版ソードアート・オンラインの音の世界を音響監督の岩浪美和氏に聞いた。

 アニメのメインは当然“映像”ではあるけれど、声優の演技やサウンドトラック、テーマ曲、そして効果音など、サウンドも欠くことのできない「重要なファクター」となっているのは皆さんもご承知の通り。いまや、絵の素敵さ、ストーリーの巧みさに加えて、音響の素晴らしさも作品の善し悪しや完成度を推し量る判断基準のひとつとなっている。

 さらに近年は「爆音上映ブーム」も誕生。映画館で「ド迫力のサウンド」を存分に楽しむイベント性の高い上映が人気だ。人によっては異なる映画館で同じ作品を見に行き、劇場ごとに異なる音響セッティングをそれぞれに体感しようとする人たちがいるなど、映画の新たなる楽しみさえ生み出されつつある。

 そんな、アニメにとって重要な要素のひとつである「音響」にフィーチャーし、どういったプロセスやこだわりによって迫力のあるサウンド、感動的なサウンドが作り上げられていくのか。音にまつわる様々なプロフェッショナルにインタビューを通じて、映像作品における音の重要性を探っていこうとするのがこの企画の趣旨となる。

 アニメの音響監督をはじめとする、様々なプロフェッショナルにインタビューするので、皆さんもぜひ、楽しみにしていただけたらと思う。

 ここではアニメファンであれば誰もが知る存在、音響監督の岩浪美和氏に登場いただいた。あえて言うまでもないかもしれないが、『ガールズ&パンツァー』爆音上映が大ヒットし、同じ作品で違う映画館の音響を楽しむブームの火付け役といっていい人物だ。そんな彼に、『劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』の音響について、様々な話を伺った。

えげつない音、結構入っていたでしょ?

──『劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』のヒットおめでとうございます。

岩浪 ありがとうございます。

──岩浪音響監督は、『ソードアート・オンライン』をTVシリーズから一貫して手がけられています。今回は劇場版ということで、テレビ作品とは異なる部分はあったのでしょうか。

岩浪 TVシリーズがあった上での劇場版ですので、役者さんがそれぞれのキャラクターを把握していたり、音楽も梶浦由記さんの楽曲のイメージがしっかりと固まっていたりと、やりやすい部分は多々ありました。とはいえ、TVシリーズよりも数段スケールアップしないと皆さん満足していただけないでしょうし、総集編などではなく、全くのオリジナルストーリーという期待もありましたし。万難を排して挑んだ作品となりました。

──作品では、戦闘シーンがいくつもありました。なかでもクライマックスは、ド迫力の戦闘シーンでした。音響効果も大迫力だったのですが、そのあたりはどういった演出が盛り込まれているのでしょうか。

岩浪 えげつない音、結構入っていたでしょ?(笑)。特にクライマックスの戦闘シーンは、かなりのこだわりが盛り込まれています。最初のほうの戦闘シーンはARゲームとなっていますので、音場も臨場感はあるけどある程度押さえた感じにしておいて、「クライマックスでいちばん迫力が感じられるよう」に、といった流れを意識して作り上げています。加えて、バーチャルリアリティの世界にダイブしていくというストーリーも意識して、空間作りにはずいぶんとこだわっています。リアルとバーチャル、意識して変わったイメージ(空間表現)に仕上げているのですが、気がついてもらえましたか?

──確かに!

岩浪 また、細かい部分でも、バーチャルとリアルで違いを付けていたりします。ネタバレになってしまうので誰とはいいませんが、とある人物には、わざと足音がついていなかったりします。

──それ、私も気が付きました。画面から消えていなくなるシーンなどで、何の効果音もなく無音のままだったので、これは何かの演出なのだろうと感じました。

岩浪 そういった、細かい演出もいっぱい盛り込んだ音響になっています。

──また、音の種類の多さにも驚かされました。リアルな音、効果音問わず、表現がとても多彩に感じました。

岩浪 そのあたりは音響効果を担当した小山恭正さんの仕事でもあるのですが、彼曰く、「ハリウッドの最新アクションムービーの音響トレンドは全て盛り込んだ」といっているくらい、凝った作りになっていまして(笑)。音表現の多彩さという点でも、かなりのこだわりを盛り込めたと思っています。

ドーンではなく、カドーン、効果音の表現ひとつにも工夫が

──とはいえ、やはり迫力の戦闘シーンが注目です。

岩浪 この『劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』では、劇場(映画館)という大きな空間の、しっかりした音響設備でないと味わえない迫力のサウンドをうまく作り上げられたと思います。小さい音から大きい音まで、音量の幅を大きく取り、静かなシーンから迫力の戦闘シーンまで、存分に楽しめる音になったと思います。また、迫力の付け方にも、単に音が大きいだけではなく、独自の手法を使っています。たとえば発砲や爆発等の場合、音の立ち上がりの部分、極めて短い長さに金属音のような、アタックの強い音を入れています。具体的には、ドーンではなく、カドーンといったような、立ち上がりの鋭い強い音が入っているのです。

──わざわざそういう音にしているのは、理由があるのでしょうか。

岩浪 もちろんです。大きな音がずっと続くと、うるさいだけになってしまいますからね。 音の立ち上がりに短く大きな音を入れることによって迫力はあるけどうるさくはない音になるんです。

 今の映画の上映形態であるDCP(デジタル・シネマ・パッケージ=35mmフィルムに代わるデジタルデータによる上映方式)では、音声に関して85dBを基準にし、+20dBまでにおさめることができます。

 この映画館ならではの大音量が再生出来る環境を最大限有効に活用することが迫力を生む重要なファクターです。テレビで活用出来る音量の幅を仮に1から10とすると、映画では0から120くらい使えます。この音量の幅をダイナミックレンジと呼ぶのですが、日常的なシーンは静かに、戦闘シーンは大きな音で、といったレンジを広く効果的に活用するのが映画ならではの迫力を生む大きなポイントです。

限界に挑戦した音響は。狂気であり凶器

──ラストの数10分はかなりの音量、すさまじい迫力でした。

岩浪 まあ、なんやかんやいっても、最大音量まで使っていますから(笑)。いくつかのカットでは5.1ch全てがフルビット(最大音量)を使っているという、映画音響としては、狂気であり、凶器のサウンドといえます(笑)。

 これを基準となる音量を再生できる劇場で上映すれば最高に迫力ある音響になります。 ただ少なくない映画館で我々制作者側が望む音量が確保されていない、という現実がありました。過去自分で手がけた映画をあちこちの劇場で聞いて何度も何度も悔しい思いをしました。そこで今回SAOで提案したのが「音響をアピールする」ということです。

 僕と繋がりのある劇場さんとタッグを組んで特殊音響の上映することによって「この作品は音を売りにしている、音響が大事な要素である」ということを認知してもらうことによって、日本中の劇場さんにしっかり音量を確保して頂く。実は僕が一番望んでいるのがこれなんです。

劇場に合わせて「爆音系」と「9.1ch」の2種類を提案した

──『劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』の上映では、映画館によってそれぞれ異なるサウンドセッティングが施されていたようですが、これらは岩浪音響監督自身が携われているのですか?

岩浪 はい、いわゆる「特殊音響系」の上映に関しては僕自身が立ち会って調整しています。

 系統としては、「エクストリームブースト」と呼んでいる重低音を増強した爆音系と、5.1chを劇場でリアルタイムでアップミックスする「エクストリームセパレーション9.1ch」があります。これはドルビーアトモス対応劇場用の特別セッティングで、音に包まれるような音場の良さが特徴となっています。

 「エクストリームブースト」では日本初、いや世界初の試みをしています。 いわゆる爆音系はサブウーファーの成分、主に100Hz以下の音をブーストし振動として体感して頂くアトラクション型の上映スタイルなのですが、音楽の重低音成分も同時に増幅してしまうので楽曲としてのバランスが崩れてしまう場合があるのですが、SAOは音楽が重要な位置にあるのでそれは避けたい、ですので事前に音楽のみ重低音のレベルを一定量下げた「爆音ミックス」を作ったんです。

 これにより効果音の重低音のみ増強し、かつ音楽も美しく鳴らせるようになりました。 また映画館ごとにそれぞれの特長を活かしたセッティングが行われており、聴き比べても楽しかったりします。

──いまや、様々な映画館で同じアニメ作品を見て音の違いを楽しむ、ということも趣味のひとつととらえられているようです。

岩浪 いやあ、ありがたい限りです(笑)。確かに、実際に僕自身もこういった映画館による音の違いが楽しいので、気持ちはよく分かります。大歓迎です。

 アニメ作品の場合、何度も鑑賞して楽しんでくれる方が多いので、こういった特殊音響の施策は、あちこちの劇場で楽しくリピートして頂くという意味でも有効かと思います。 効能はまだあってSNS等で「これは映画館でみなくちゃだめ」というファンの方の口コミの初速が早いんです。

 また「エクストリームセパレーション9.1ch」はドルビーアトモスという素晴らしい音響システムの認知度を高めたいという狙いがありました。実績を高めいずれ作品をドルビーアトモスで制作する事につながればいいなと。

 あとまあ僕としては先ほど言った「日本中の映画館がきちんと良い音を出してくれる」ことが本当の目標であり理想なのですが、少しずつ近づいているんじゃないかな、と思いたいです(笑)。

──今回の作品でも、岩浪音響監督が全国各地の映画館に出向き、直接調整を手伝ったとお聞きしました。

岩浪 はい、立川、川崎、幕張新都心は深夜に、また中部~近畿地方にかけて、4日間で、静岡、名古屋、塚口、福山、姫路、、などを回ってきました。大変でした(笑)。 それはそれは、大変お疲れさまでした(笑)。おかげさまで、映画館に足を運んでいただいた皆さんは大いに楽しんでいただけたかと思います。

テレビと映画館の音響の違いはズバリ何か

──以前、岩浪音響監督は若い頃から映画が好きで、映画館にたくさん足を運んだという話を聞かせていただいたことがありますが、そういった蓄積がものをいった部分もあるのでしょうか。

岩浪 そういったこともあるとは思いますが、自分自身が関わった作品を実際に映画館で見て、スタジオで仕上げた際の音の違いを感じて、それを反映してまた新たな作品を作り、再び映画館に見に行く……という、繰り返しによる成果が大きいと思います。様々な作品を経験した上で辿りついたのが、いまの“映画向け”のノウハウです。

──やはり、テレビと映画館では音作りそのものが違ってきますよね。

岩浪 そうですね。テレビで音作りをするときは、テレビでできる限界を意識して作っています。特に低域は、ハードウェア的な制約(テレビ内蔵スピーカーの限界)がかなり大きくのしかかってきますから。そんな環境のなかで、最も印象的なサウンドをいかに作り上げていくかを常に配慮しています。

──再生環境によって作るサウンドに違いが出るということでしょうか。

岩浪 その通りです。テレビにはテレビ、映画館には映画館、そしてブルーレイにはブルーレイにとって「最適な表現」があり、「それぞれに最適なサウンド」を作っています。ですから、9月27日発売の『劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』のBlu-rayは(テレビの内蔵スピーカーではなく)良いシステムで楽しんでいただけると、嬉しいですね。

映画館ならではの迫力や楽しさを感じ「面白かった」と言ってほしい

──それでは最後に、アニメの音響について、岩浪音響監督の信念のようなものをお聞かせいただけたらと思います。

岩浪 それほど大仰なものではありませんが、作品をご覧いただいた皆さんには、「音が良かった」といわれるより、「面白かった」といわれるのが我々にとってはいちばんの幸せです。多くの皆さんにそういっていただけるよう、“面白かった”のお手伝いができるよう、今後もいろいろとこだわっていきたいと思います。また、映画館でしか味わえない迫力や楽しさというのも、多くの人に知っていただき、映画館で作品を見ていただけたらと思っています、引き続き努力しさらに向上していきたいです。

『劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』
大ヒット上映中 配給:アニプレックス 上映時間:119分

© 2016 川原 礫/KADOKAWA アスキー・メディアワークス刊/SAO MOVIE Project

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