机の上にはティーコージーをかぶせたティーポット。袖机を開ければウェッジウッドのティーカップに、ティファールの電気ケトル。彼の名前は天野透(29)。昭和の男子寮のように薄汚れたアスキー編集部の中、《紅茶王子》の名をほしいままにする優雅な新人だ(『花とゆめ』の名作漫画とは何も関係ない)。ふだんは上海問屋の記事を主に担当しているが、彼の心は英国にある。王子の日常をのぞいてみよう。
── 王子、上海問屋以外に手がけていらっしゃる記事は?
AV系が多いですね。いま、お部屋にもシステムを入れているので。
── オーディオシステムですか?
ええ。スピーカーがイタリアのソナス・ファベール(Sonus faber)、アンプはイギリスのLINN……CDプレイヤーもLINNかな……今はDACの新調を検討中で、AVアンプはヤマハを使っています。
── さすが王子、優雅なご趣味です。
いえいえ、そんなことは……。
── ティーセットについて教えていただいてもよろしいでしょうか?
ティーポットとティーカップはウェッジウッド。もう5年くらいになりますか……水色のティーカップはアスキーに入ってから買い足しました。ポットと同じ「アレクサンドラ」シリーズで気に入っているんです。ティーコージーは、あるとないとではポットのあたたまり方が違います。編集部は、空調が強いから……。
── M野編集長が温度下げボタンを連打していますから、おつらいですね。
いえいえ……。
── 毎日どのように紅茶を楽しんでいらっしゃいますか?
出勤したらまずお茶を淹れています。600mlを半日かけて飲み、15時すぎにお昼をいただくときに淹れなおしています。本当は毎回淹れられるといいのですが、さすがに難しいですよね。ですから1日合計1.2L。ペットボトルのお茶を買うことを考えると安いですし、おいしいですよ。
── 茶葉もウェッジウッドですか?
ええ(といって袖机を開ける)。ウェッジウッドの「クイーンズ ガーデン」と、「イングリッシュ アフタヌーン」が気に入っています。ただ、ずっと同じ茶葉というのも何ですので、イギリスとフランスということで、マリアージュ フレールも。
── イギリスとフランスでは味がちがうんですか?
わたしの理解では、イギリスの紅茶はお茶本来の香りを楽しむもの。一方、マリアージュ フレールのようなフランスの紅茶は意図的に香りつけをするもの。リフレッシュしたいとき、ちょっと変わった刺戟がほしいときはフランスですね。フレグランスの文化に育まれた、フランスらしいお茶の楽しみ方だと思います。フランスの場合、淹れすぎるとエグ味が出てしまうのでコットンフィルターを使います(といって袖机からフィルターを出す)。
── 会社の袖机って紅茶のためにあるものなんですね。そして一番下に入っているのがティファールの電気ケトルです。
ええ。給湯室でもお湯は調達できますが、ティーセットを持ってきた初日に試してみたところ、笑ってしまうくらい香りが開かなかったんです。これではお茶がもったいないと思い、数日後に電気ケトルを持ってきました。沸くのも速いですし、小柄で袖机に入れやすいんです。
── 袖机サイズなんですね。
実家はラッセルホブスを使っているのですが、袖机には大きすぎて、頭が引っかかってしまうんですよね。3月ごろ発売した、温度管理ができるケトルも便利で良いですよね。日本茶、中国茶、それぞれに適したお湯がつくれて。ただ、やはり袖机に入れるには……。
── ティファールにも検討してもらいたいですね。ところで王子、すべてウェッジウッドでそろえるとなると、かなりお高くなるのではないかと思うのですが……。
たとえばティーポット1つでもマウスコンピューターのお得なパソコン1台分くらいにはなります。でも、実は、アウトレットで買っているのでそんなには高くないんですよ。
── 意外と入りやすいと。オフィス紅茶文化が広まってくれるといいですね。
さすがにここまではやらなくてもいいと思うんですが、紅茶はおいしいですよ。実家でも紅茶を淹れていたのですが、お店のお茶が飲めなくなりましたから。できたら会社には、据え置きでみんなで使えるケトルがあってほしいなと思っています。
── 会社側に要望を出しておきたいですね。お話ありがとうございました。それでは王子、上海にお戻りください。
あ、はい……。
* * *
王子に話を聞くまで会社の安らぎなどすっかり忘れてしまっていた。そういえばわたしも袖机に凍頂烏龍茶の袋を入れていた。いま生活は時短家事ではなく「しない家事を作る」、100均便利グッズを使うのではなく「グッズそのものを減らす」という引き算の方向に向かっている。代わりに空いた時間・空間を素敵なことで満たす「ていねいな暮らし」がもてはやされている。暮らしのアイデアとしてはすばらしいがコンセプトは流通した途端に陳腐化してしまう。いまや「ていねいな暮らし」は量産された、たんなるカタログ商品になってしまった。立ち返るべきは心を豊かにする自分だけの世界を作り、守りぬくことである。袖机という聖域にティーセットをそろえた紅茶王子はわたしたちに大切なことを教えてくれているのだ。ちなみにグルメ担当のナベコさんは袖机に大量の酒びんをしまっており、彼女もまた大切なことを教えてくれているのだ。社内規則は守ろう。
書いた人──盛田 諒(Ryo Morita)
1983年生まれ、家事が趣味。0歳児の父をやっています。Facebookでおたより募集中。
人気の記事:
「谷川俊太郎さん オタクな素顔」「爆売れ高級トースターで“アップルの呪縛”解けた」「常識破りの成功 映画館に革命を」「小さな胸、折れない心 feastハヤカワ五味」
週刊アスキーの最新情報を購読しよう
本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合があります