電王手一二さんは2本の腕というより指のイメージ
今回の電王手一二さんについて、デンソーの開発責任者である澤田洋祐さんにお話をうかがった。
――今回の「電王手一二さん」は、どのような経緯で2本の腕にしようと思ったのですか?
澤田さん:すごい悩んだのですが、今までずっと1本で、電王手さん、新電王手さんでは“成り機構”のために、腕の先に4つの軸が付いています。そこで、開けて挟んで回転させてという動作をさせていました。そうなると、実はロボットの機能というよりは、“成りができる機構を開発した”だけで、“1本のアームで成りがすべてロボットの中でできる”という目的で作ったものでした。そうなると、ロボットアームとしては、あまり電王手くんのほうがアクティブに動いていて、今回極力そういった機構に頼らずに、コマを挟むというシンプルな機構だけをロボットの腕に付けて、それで将棋を指そうとすると、多分これが一番のベストな形ではないかと思った次第です。
――なるほど、腕の先に付けた機構に頼らず、ロボットアームの動きだけでどこまでできるか追求したわけですね。初代電王手くんのときお話をうかがいましたが、両手を使って駒を扱うのはいかがなものか、ということでロボットの脇に駒を一度置いて成るようにさせていました。今回は両手で駒を扱うことになりましたが、そのあたりはどうなんでしょう?
澤田さん:コンセプトとしては、腕ではなく指のイメージなのです。なので、決して持ち替えているのではなく、少しクロスしながら成りをしているという、指を少し器用に動かすようなイメージをしました。
――確かに、私も最初見たとき、2本の腕というより指に見えたんですが、それは正しかったということですね。今回、制作するにあたっては、相当苦労されたのではないですか?
澤田さん:そうですね。ただ一番苦労したのは納期ですね(笑)。
――それは、最初の電王手くんのときと同じじゃないですか(笑)。
澤田さん:2本のロボットアームで行くということが、どうしても決められなくて。半年ぐらいどういう組み合わせにしていいのか、やはり2本はだめかとか、従来のタイプで行くのか、新しいタイプで行くのかという、さまざまな構想を練っていました。最終的に2本に行き着いても、2本の組み合わせをいろいろと考えました。天井に設置したり、壁に設置したり、はたまた1本は天井、もう1本は床にしてみたりと。とにかくこの検討する時間が一番かかりましたね。そして、昨年の大晦日に行なわれた「電王戦合議制マッチ」のときに、ちょうど関係者も集まりますので、そこでようやく決めました。そのため、今年の1月から開発をスタートした次第です。
――「電王手一二さん」が発表されたのが3月17日でしたが、その時点で完成していたのですか?
澤田さん:プロモーションビデオを撮影する前日ぐらいに、ようやく少し動くという感じでした(笑)。なので、その後に最終調整をしました。
――調整で苦労した点はありますか?
澤田さん:実は今回のベースとなるロボットは、初代電王手くんのときと同じ機種で、量産モデルなのです。電王手さん以降は、医薬用のロボットを電王戦仕様に改造している特注品なんです。なので、今回のロボットのほうが、性能面は高いのです。性能が高いぶん、ロボットの速度や加速度は速く、切れ味のいい動きができます。そのため、そのあたりの調整はもう一度やり直しになってくるため、時間がかかりました。あとは、成りの動作を作るとか、ロボットが2台両方で動作しますので、その時の調整など思った以上にチューニングするところが多かったですね。
――今回、成りのときに複雑な動きをしていますが、開発中に駒を落とすということはありましたか?
澤田さん:ありました。もう夢にまで出てくるくらい(笑)。駒はとても小さいですし、そもそも飛車角と歩ではものすごい違いなので、それを同じ扱いにするというのは大変でした。角度もついていますし、駒によって違いますし。電王手さんのときに駒を掴む動作を実装しましたが、駒はとてもツルツルで、パッと離すと駒がくっつくことがあったんです。ですから、わざと揺すって剥がすようにしていました。そのためせっかく駒を真ん中においても、ズレてしまうこともありました。伝統工芸品にテクノロジーを合わせるというのは非常に勉強になりましたね。
――今回腕だけでなく土台が左右に動いていますよね。
澤田さん:そうですね。将棋盤を3分割にして、その位置に合わせて動くようにしました。実は、ロボットにとって将棋盤というのは大きいのです。2台のロボットが一緒に追従して動こうとすると、台座が固定された状態だとどうしても可動範囲的に足りないところがあり、動かすことにしました。逆にロボットが動きやすくて、きれいに動くいい台座の位置を狙おうとすると、ロボットアームの方を動かしたほうが、結構きれいに将棋が指せるので3分割にしています。
――ニュースリリースに書かれていた『プログラムは必要に応じてロボットの“頭脳”を結合・分割して動きを制御』というのは、具体的にどういったことなんですか?
澤田さん:これは協調制御と言うのですが、ロボットコントローラーというのが、1台のロボットに対してひとつずつあります。このロボットコントローラーを、マスターとスレーブという仕組みにして、基本的にはマスターが自分自身のマスターとスレーブをコントロールします。2台が揃って動けるのは、マスターが自分自身とスレーブを一緒にコントロールしているからです。ただ、成りの動作のときは、完全に分割させて、駒を掴んでいるほうと、駒を回転させる方が完全分離させますので、そこでタスクが別れます。そのため、頭脳が結合したり分離したりというやり方をしています。
――あと、『人間の対局相手を考慮した「空気を読んだ」動作を実現』とありますが、これはどういうことなんでしょう。
澤田さん:電王手くんも、電王手さんもそうなのですが、実はロボットの動く加速度は、場所によってまったく組み合わせが変わっていて、どちらかと言うとプロ棋士に近づけば近づくほど、すごく緩やかになるよう、減速と加速度を落としています。ただ、遅いだけだと対極のテンポがズレてしまいますので、プロ棋士から離れれば、それなりの速度や加速度を出しています。その組み合わせと調整がとても時間がかかりますが、極力プロ棋士の方に違和感や圧迫感を与えないような動きにしています。
――これまで電王手さんを作り続けてきましたが、今回で電王戦が最後ということになりますが。
澤田さん:そうですね。これが最後となると、ホッとしているのか、寂しいのかちょっと難しいところですが(笑)。
――やり残したことはありますか?
澤田さん:いやぁ、ないですね。結構やり切った感はありますね。片手の場合と今回の2本の場合で、いろいろとやらせていただいたので。今回ロボットらしい動きができたこととともに、みなさんに了承していただけたことに感謝しております。
――デンソーとしては、電王手を作ってメリットがありましたか?
澤田さん:今でこそ、ロボットと人が協働するということはよく言われますが、電王戦で電王手さんを登場させた時期がその走りだったと思います。ロボットが人とコミュニケーションをとったり、人にあまり圧迫を与えないといったことを、あまり考える機会が工場ではありませんでした。なので、この経験が今後にとても役立つと思っています。実は、電王戦で製品に活かすために試させてもらっている機能もあります。そのくらい高い技術が必要でしたね。
残念ながら今回の電王戦で見納めになってしまうかもしれないが、代指しロボットという未知の世界を実現するためにかなり苦労されてきた話がうかがえた。電王戦のためだけに開発された電王手シリーズ。もったいないのでどこかに常設して誰でも体験できるようにしてほしい。
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