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34歳の男が家事育児をしながら思うこと。いわゆるパパの教科書には出てこない失敗や感動をできるだけ正直につづる育休コラム。
「男子育休に入る」をご覧いただきありがとうございます、34歳の盛田諒と申します。普段はアスキーで暮らしの記事を書いていますが、育休中の今は日記代わりの育休コラムを書いています。今日のテーマは育休以前の「立ち会い出産」です。
妊娠がわかったときから出産のすべてに関わりたいと思っていたのですが、実際に立ち会えて本当によかったです。ヒトからヒトが出てくる瞬間なんてめったに見られるものじゃないです。赤ちゃんの頭髪が見えたとき(発露)のぞわっとした気持ちは忘れがたいです。赤ちゃんが妻のお腹を蹴っているのを見たときから「わあ〜リプリーだ〜」※1と喜んでいたこともあり感動は大きかったです。わけあって立ち会いをしないという夫さんもいると思いますが、「血が苦手」「妻を女として見られなくなりそう」くらいの理由であればぜひ立ち会いをおすすめします。立ち会い前はムカデ人間※2並みの惨事を覚悟していたのですが、むしろ地獄のデス・ロード※3くらいの感動体験でした。そもそも股をのぞきこむのは産院の先生の役割、夫は妻の後ろでサポートするので内臓は見られません。それでは始めましょう。断っておきますが長いです。あとグロ画像ありません。
※1 エレン・リプリー、映画「エイリアン」シリーズに登場する女性。第3作「エイリアン3」でとんでもない目に遭う。未見の方はかならず「完全版」を見ましょう
※2 ムカデ人間、グロテスクという言葉を表現するためだけに撮られたようなトラウマ映画。よせばいいのに第3作まで続いた。トム・シックス監督は次作「The Onania Club」を制作中、楽しみですね
※3 マッドマックス 地獄のデス・ロード。マッドマックスシリーズ最新作、最高傑作にして人類の宝。本作に感動された方にマーセル・セローの小説『極北』を強くおすすめします
★1日目──破水した!
火曜日の深夜3時。妻が暗がりの中「なんかあったかいの出た、破水したかも」とつぶやいたのがはじまりでした。産院に電話をかけ、アプリで陣痛タクシーという産院に行くための専門タクシーを呼び、出産から入院に必要な荷物をたしかめるなど、あわただしく準備を進めます。出生予定日が1週間後で油断していたことも手伝い、テンション高くあわてていました。ダウンジャケットを羽織った妻はMacBookをひらき、「入院したら仕事のメールができなくなるから」と言って猛烈な勢いでキーボードを叩いていました。冷静に考えるとあとからiPhoneでも連絡は取れたのですが、「今できることをしておかないと!」という緊急的な気分があったのだと思います。わたしが「破水記念の写真を撮らないと!」とカメラを構えていたのもいま考えると意味がわからないですが、あとから思うとこれが二人の地なんだろうなと思います。
★2日目──これ前駆陣痛?
しかしいざ産院に着いても陣痛が来ているかどうかわからず、一旦帰宅して様子を見ることに。19時、夕食のハンバーグを食べているとき「なんかお腹が痛い」と妻が言い、初めての陣痛が訪れました。奥さんの周辺で「焼き肉を食べるとお産がくる」という謎のジンクスがあったらしいのですが、ハンバーグもありのようです。ふたたび産院に入ったときはまだ子宮に指1本がやっと入るくらい。破水した箇所から菌が入り赤ちゃんが感染症にかからないよう、抗生薬を投与しながら様子を見ることになりました。心音モニターをお腹に巻きつけ、スピーカーから流れる「ドック、ドック」という赤ちゃんの鼓動を聴きながら夜を過ごします。「教科書どおりにいけば陣痛が来てから12時間で出産です」と助産師さんが教えてくれ、緊張感が増しました。これが前駆陣痛というものです。前駆陣痛という特別な種類の痛みがあるわけではなく、陣痛のはじまりにあたるタイミングをそう呼んでいるそうです。しかし前日から寝たり起きたりをくりかえしているため強烈な眠気が……最初は妻の腰に痛み逃がしの湯たんぽをあてたりするのですが、すぐに強力な睡魔に襲われ「眠れるうちに眠っておいたら」の声をかけられたのをきっかけに爆睡。助産師さんが見回りに来るたびに、「眠れる夫ですみません」という気持ちになりながら寝ていました。
★3日目・朝──陣痛促進剤入りました!
結局朝になってもまだ激しい陣痛は来ず、陣痛をうながすホルモン・オキシトシンを点滴投与することに。ゴム管で腕をしばって針をちくりと入れ、液量12ml/hから開始。アトムメディカルのアトム輸液ポンプAS-700が「ヅー」「テールール」という昔のPCのような作業音をさせて、点滴スタートです。30分おきに12ml/hずつ投与量を増やしていき、それでも難しければスポンジの棒で子宮口を開きますと説明を受けました。風船で子宮を広げるという話は聞いたことがありましたがスポンジの棒は初めてです。頭の中の子宮が混乱しました。投与開始から30分、さっそく「腰が痛い」と妻が言いはじめ、握りこぶしで腰を押す「鉄拳マッサージ」がスタート。「そこじゃない!」「何してんの!」「弱い!」とDISられながら拳をあてます。いくら力を入れても足りないといわれるので、そのうち腕がぷるぷる震えました。「拾われてきた子犬か」と記録に書いてありました。そんなにかわいいもんじゃないだろ。その後「武井壮なら文句のないこぶしの当て方ができた」とも書いてありました。当時の自分に武井壮を選んだ理由が聞きたいです。筋肉のふるえをごまかそうと陣痛はどんな痛みなのか妻に聞いてみると「骨盤が広がっている感じの痛み」と言われました。うまくイメージができないのでもうちょっと具体的に教えてほしいというと「狭いところを通ってくるもののために道を広げているような。熱いものが下にずどんと落ちてきているような感じ」と説明してくれました。産後には「イザナミがカグツチを生んだとき、ほとを焼かれたというのがわかる」と言っていました。妻は国を生む気です。ちなみに妻から「押して」と言われる箇所は左、左下、下、右下、右とどんどん移っていくため、赤ちゃんが降りてきているのがわかって嬉しくなります。記録には「波動拳コマンドだ!」と書いてありました。正しくはヨガコマンドです。
★3日目・昼──朦朧としてきた!
序盤はまだ余裕があり、iPhoneで音楽をかけたりして気を紛らしていました。二人が好きなオクムラユウスケさんというミュージシャンが「たってるたってる!チンチンたってる!」と楽しそうに歌っている声が病室に響きます。助産師さんがとくに何も言わなかったことにプロ意識を感じました。が、点滴投与量が72ml/hまで上がったところから妻の目が死にはじめます。ものすごく不機嫌なときの表情です。妻は機嫌がいいときは目をきらきらさせて少女のようなかわいい顔になるのですが、不機嫌なときはディズニーの魔女と悪い女王をすべて足したような顔になります。怖いです。分娩室で先生に内診してもらったところ、子宮口は5cm。あと半分ほどまで来ていました。逆に言うとまだ半分なのに完璧な魔女になってしまいました。助産師さんから「よもぎ蒸しを始めます」と言われ、妻が専用のいすに座り美容院のようなエプロンをかけられました。痛みをやわらげるアロマテラピーのようなものかと気楽にかまえていたのですが「これで陣痛を強くしていきます」と言われたことでイスが拷問具のように見えてきました。助産師さんからコンセントプラグを手渡されて「熱くなりすぎたらご主人が電源を抜いてください」と言われ、ふたたび軽く衝撃を受けます。UIがシンプルすぎます。妻から「熱い」と言われるたびプラグを抜き、「水」と言われるたびにペットボトルを出す仕事が続きます。子宮をやわらかくするというナツメグのオイルを塗ってもらい、よもぎ蒸しが終わったころには、妻の機嫌がすさまじく悪くなっていくのがわかりました。子宮口が6cmまで広がったことを確認し、一度病室に戻ります。妻はもうまともに発話ができない状態になっていました。陣痛をうながすためベッドの柵に手をかけてゆっくりとしたスクワットなどもしていましたが、あとから聞いた話では気を失いそうになっていたそうです。わたしはなぜか猛烈にお腹が空いてきて、買ってきたおにぎりを一気に4個も食べてしまいました。血糖値が急速に上昇するため、すぐに猛烈な眠気に襲われます。勝手に睡魔との戦いがはじまりました。やがて頭も痛みはじめました。つらいです。何をしているんでしょうか。
★3日目・夕方──生まれる!
14時40分、妻が助産師さんに手をそえられ、点滴ポールとともにふらふら分娩室に向かいます。妻の意識はいったりきたりをくりかえします。わたしの意識もいったりきたりです(おまえはしっかりしろ)。いよいよ妻が分娩台にまたがって、足をつけます。分娩台にはM字にひらいた足を置くところがあり、冷たくないようにかわいい靴下がかぶさっていました。ここで数百人の妊婦たちが足を置いて出産してきたんだなと思うと気がひきしまります。命がけで体を使う戦いの現場にわたしはいる。妻にペットボトルの水を補給しながら手を握ります。生きようと心でささやきました。「7cmですね」と助産師さんが言い、木型のようなものに座るよう妻をうながしました。中世の拷問具のような形で怖いですが、いきみ逃しに使うものだそうです。妻の後ろに座って腰と背を支えます。妻が「あぁっ!」と陣痛に耐える声をあげます。明らかに誤解を生む表現ですが、とてもエロかったです。妻を女として見られなくなるどころか、かつてないほど女として見えました。本人は意識がなくなるほどの激痛と戦ってるのにふざけたこと抜かすなゴミムシ野郎と言われるのもわかりますが(この原稿を見せたとき本人から似たようなことを言われました)、苦しんでいる妻は美しく、尊かったです。この姿が見られただけでも立ち会えてよかったと感じます。
ふたたび分娩台に戻った妻のもとに先生が到着し、「もう全開だよ」と言うのでびっくりしました。15分前までは7cmと言っていたのに、一気に3cm拡大です。拷問具の効果はすごいなとぼんやり思っていると先生が青い手術着に着替えはじめました。そんなに早く進むものと思っていなかったので「えっこれお産?」という気持ちでふたたび妻の後ろに回ります。まったく記録の準備ができていないどころかiPhoneさえ病室に置いてきてしまっていました。「産声を高音質サンプリングしよう!ハイレゾ産声だ!」のようなことも考えていたのですが、完全に抜けてしまいました。ちなみに手がふさがり、気が散るので写真や動画は撮らないほうがいいです。
妻が後ろ手で分娩台にしがみつき、苦しそうな顔をして「フーーー」と息を長く吐きます。陣痛が来ても気張らない、いきみ逃しです。最近は「ヒッヒッフー」のラマーズ法ではなく、息を長く吐きつづける呼吸法です。「うんこを出したいけど直前でがまんするような感覚があり、陣痛の中でもいちばん苦しかった」と妻は言っていました。イメージができたようでできないです。ふと見ると先生の手袋は血まみれになっていました。「力抜いて、まだ力入れないで」と言う先生の声にあわせ、いきみ逃しを2〜3回くりかえします。4回目の陣痛が着たとき、先生がもしゃもしゃ黒いものをもっているのがちらりと見えました。妻のアンダーヘアかと思いましたが、赤ちゃんの頭だとわかって、ぞわっとしました。「本当に??」という気持ちです。頭が「えっこれお産?」モードのままだったので、こんなカジュアルに赤ちゃん出るの?マジで?と思っていたとき、助産師さんが「はい陣痛きました!」と言い、妻が「ふぅーっ!!」と息を吐き、先生がずるるるるーっと肉塊を持ちあげました。赤ちゃんでした!出てきたー!本当にカジュアルに出てきたー!髪に血塊ついてるー!
「15時28分です」と助産師さんが出生時刻を読みあげます。血まみれの赤ちゃんはまだ灰色で、宇宙人のような風情があります。第一啼泣(産声)がないので「死んでるのかな」と縁起でもないことを考えていると、先生がパイプのようなもので何かの処置をしているのが見えました。首にひと巻きしたへその緒を外したらしく、やがて「ホニャア!」という声が聞こえました。猫のような声でした。はじめてホニャアをしたあと、懸命に息をするのがわかり、ふたたび「ホニャア!」と声をあげました。耳にやわらかい、とてもかわいい声でした。出生児の体重が2655gとやや小ぶりだったこともありボリュームおさえめの産声だったようです。続けて先生が妻の足元に手をやり、ずるずるずるずるーっと血まみれの肉塊をひっぱりあげました。へその緒でした。つるつるしていて、オパールのように美しく輝いていました。血まみれのオパールでした。ジャキッとはさみを入れると、赤ちゃんはふたたび「オニャア!」と泣きました。「生きている!」と強く感じました。いやもちろんはさみを入れるまでも生きていたんですが、はさみによるインタラクションがあったことで生き物がそこにいるという実感が強まりました。赤ちゃんは助産師さんに手渡され、ベビーウォーマーであたためられながら産着を着せられます。「ピンクアップしました」という言葉がかかり、新生児らしいピンク色になっていくのが見えました。生きていた、とここでふたたび思いました。今度は安堵の気持ちが入った「生きていた」でした。
ふたたび先生が妻の足元に手をやり、へその緒をずるずるひっぱりだします。長いへその緒の先に、臓器としか言えない血まみれの肉塊がぶらさがっていました。何かというと胎盤でした。バットにべちゃっと置かれると臓物感が強いです。赤ちゃんは胎盤で作られた栄養をへその緒を通じて与えられて育つわけですから、赤ちゃんの点滴のようなものです。これが赤ちゃんの命をつないだ臓物かと思うと、強い感動がありました。あなたが赤ちゃんを生かしてくれたのですか。血だまりに手をひたして胎盤をつかみあげ、自分の顔に押しつけて血まみれになりたいと思いました。血まみれの自分の姿を想像しながら、妻にありがとうと思いました。臓器をフル稼働して赤ちゃんを生んでくれた妻は、生き物としてすごいです。生還してくれてありがとう。あなたはわたしのフュリオサだよ。わたしはこれからあなた専用の輸血袋として生きていくよ。とはいえ実際そんなふうに感謝の気持ちを伝えられるわけはなく「すごい」「かわいい」とぼそぼそ言っていただけだったので、あとから「がんばったねとかありがとうとか言われなかった」と言われてケンカの種になりました。もうちょっと器用に生きていきたいです。ちなみに姪っ子に胎盤の写真を見せたところ「牛肉」と斬新な表現をしていました。牛肉こんなグロい形で売ってないと思うよ。
★立ち会い出産はいいですよ
振り返ると、陣痛が本格的に始まってから7時間ほどのお産でした。通常の経膣分娩です。陣痛促進剤の投与などもありましたが、安産といえると思います。
妻は40歳の高齢初産です。最初は妊娠するかやきもきする日々が続き、妊娠したら今度はちゃんと育つか心配になり、出産が近づいてくると自然分娩にできるか心配になり、たびたび心配が重なる270日余りの日々を過ごしてきました。出産で母子ともに生還できるかも心配でした。これが最初で最後になるかもしれないという思いもありました。ここまで来たので絶対に立ち会いはしたい、術式に興味もあるし、帝王切開でも立ち会いできるならしたいという気持ちでのぞみました。
立ち会いができて、そして無事に生まれて本当によかったです。現場で夫にできることは「腰を押す」「水を飲ませる」「支える」程度しかないですが、あのときはこうだったよね、という記憶を二人で振り返れるのは楽しいものだと思います。こうして生まれてきた赤ちゃんはいまウールブランケットの上ですやすや眠っています。こちらの世界へようこそ、これからもどうぞよろしく。
書いた人──盛田 諒(Ryo Morita)
1983年生まれ、家事が趣味のカジメン。パパに進化しました。3月1日から4月26日まで育休中。Facebookでおたより募集中。
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