スタジオの空気感を減らさない、それがわれわれの努力
説明会にはゲストとして、シンガーの井筒香奈江さん、ランティスの音楽プロデューサー佐藤純之介さんが登壇した。ふたりはともに2013年にe-onkyoでハイレゾ配信を開始している。また世界でもe-onkyo musicが唯一という32bit WAV音源の制作に携わっているという共通点がある。進行役のライター野村ケンジ氏の質問に応える形で、e-onkyo musicとの思い出を振り返った。
「ハイレゾ配信で変わったことは?」という野村氏の質問に、井筒さんは「ハイレゾだからこうしようというのはなく、意識は変わらないが、聴いてくれる人の、私を見る目が変わった(笑)」とコメント。e-onkyoでの配信が高音質だと評判になり、オーディオファンの間では“ハイレゾの女王”などと呼ばれることもある井筒さん。ランキングでも常に上位を占めている。
「当初は、ハイレゾについてよく理解していなかった」とも話す。しかし「時のまにまにIII ~ひこうき雲」の制作タイミングで、エンジニアから音源をCDに落とし込む際、そこに刻み切れない音や空気感があること。ハイレゾにすることでそこで“減るもの”が“減る”と聞いた。「時のまにまにIV時代」からはハイレゾ配信を前提とした制作を開始したという。
「スタジオで膨大な時間をかけて収録したこの音と空気感をどれだけ減らさずに届けるか。それが“われわれの努力だと思う”という話を聞き、やる価値があると感じた」(井筒)
高音質のための投資が可能に、そして仕事は倍に(笑)
対する佐藤さんがハイレゾでの音楽制作に興味を持ったのは、2004年に192kHzが録れる「ProTools HD」がリリースされたころ。器は大きければ大きいほどいいという気持ちがあり、2006年ごろからハイレゾでの録音を続けてきたと話す。しかしこの時点ではマニアックすぎると会社に判断された。ユーザーの再生環境も整っていない状況があり、「理解を得にくかった」と振り返る。
転機となったのは2013年末だ。自身が手掛け、e-onkyo musicで配信した「ラブライブ!」のハイレゾ音源が多数ダウンロードされた。結果、高品質な機器を持つ人に向け、ハイレゾの器を生かした音作りを目指せるようになった。マスタリングスタジオを新設するなど、制作環境が整い、機材への投資が可能になった。CDのフォーマットで最良を目指すのとは、やり方に違いがあるため、「仕事の量は2倍に増えた」とするが、再生機器のグレードが上がり、クオリティーに対するユーザーの意識の変化にも手ごたえを感じているようだ。
32bit配信する楽曲の制作についても触れられた。
「時のまにまに」シリーズはアイレックスの「Eilex HD Remaster」技術を使っている。この夏にリリースされた技術をいち早く使い、世界でも珍しい32bitの音源として販売している。しかし192kHz/24bitを超える環境で聴ける人は少なく、受け入れられるかに関しては不安もあった。しかしふたを開けてみれば、予想を上回るダウンロード数になったとのこと。「時代がどんどん進んでいる」と実感したという。
Eilex HD Remasterを使って32bit化した、リンデンバウムより
一方佐藤さんは、野村氏の言葉を借りると「世界で最初に32bit音源をリリースした人物」。しかし、32bitの音源を制作しようと考えた当時は、ソフトの組み合わせの問題やリアルタイムプレビューができないなどいくつかの欠点があった。
そんな中、レンダリング処理した音源を32bitの品質でマスタリングすれば、32bit/192dBの最終的な音源として出せることに気付いた。ユーザーに受け入れられるかには心配があったが、32bit再生に対応したDACなども市場には存在しており、スペック上は対応していてもかける音源がないという状況もあった。「レーベルがこれに応えられないのは問題がある、スペックの最高を出し切れる音源を出したい」という考えから制作を始めたと当時を振り返った。
配信に先立って、単純な32bitへのコンバートではなく、そのダイナミックレンジを持たせる意味があるかについても議論した。再生機器やDACのチップを作っている複数のメーカーの技術者のフィードバックを得ながら効果があると判断した。実現へのハードルはあったが、ラブライブ!のハイレゾ配信成功以降、機材や音源に対する興味を持ってくれるユーザーが増えたこともあり、その熱い気持ちに熱い気持ちで返ししたいという思いがあったとする。
ハイレゾという言葉を敢えて言わなくていい時代が来てほしい
最後に野村氏からハイレゾの今後に対するコメントを促された二人は、以下のようにコメントした。
「とにかく聞いていただきたいと思います。私自身『ハイレゾって何?』というレベルから始まって、自分の演奏がこんな風に聴こえるんだと分かった際に喜びを感じました。アナログでいいよという人がいまだに多いのは知っていますが、一方でこうした世界があることを知らないのはもったいないなとも思います。より多くの人に聞いていただけるような活動をしていきたいです」(井筒)
「いろいろなアウトプットが何であれ、ハートや音楽的な技術やテクニックは変わりません。とはいえレートが上がれば上がるほど、感受性が高い方に届けられる“熱い気持ち”や“音の美しさ”、“空気感”といった情報は増えていきます。私は器は大きければ大きいほどいいと思っていますので、32bitにとどまらず64bit Floatingなど、その先も見据えてはいます。その積み重ねによって、最終的に技術や音響機器のクオリティーが上がり、ハイレゾで音楽を聴くのが当たり前になること。ハイレゾという言葉自体を意識しなくなるほど普及した世界が来るといいなと思っています」(佐藤)
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