週刊アスキー

  • Facebookアイコン
  • Twitterアイコン
  • RSSフィード

日本一の星空で鳥取県を星空県に

2016年07月21日 09時00分更新

国内の”知の最前線”から、変革の先の起こり得る未来を伝えるアスキーエキスパート。鳥取県庁の井田広之氏による地方都市でのオープンイノベーションについての最新動向をお届けします。

星空県(ほしぞらけん)

 なんだかワクワクする響きではないか。地域経済で生じている問題を解決し活性化を図るための構想である。最適な地域資源を地域一体で活用しながら、地域外ともコラボしつつ地域を創り上げていく。今回は筆者の考える構想をお話しする。この構想には注目のベンチャー企業も重要な役割を果たすことになる。

日本一の星空はどこにある?

 “日本一の星空”を持つのは、長野県阿智村だけではない。と言ったら、読者の皆様は驚くだろうか。実は、鳥取県も日本一の星空を持つ地域なのである。いずれの地域も、環境省が過去に実施した全国星空継続観察という調査で、いわゆる“星の見えやすさ”で全国1位になった年がある。阿智村はその結果を根拠に日本一として売り出しつつ、近年人気の観光スポットになっている。

 一方、鳥取県が日本一の星空を持っているのは地元でもあまり知られず、ほとんど活用されて来なかった。しかし最近、おもしろい動きが生まれつつある。今回は、2015年秋から筆者が提唱している星空県構想についてご紹介したい。

大山と天の川(提供:豊哲也)

地方の負の循環を断ち切るために

 人口が全国最少(約57万人)の鳥取県で、地元企業の支援や産業育成を通じて地域経済活性化につなげていくのが筆者の仕事である。国内の他の地方にも同様な傾向があると推測するが、人口減少と少子高齢化のトレンドのもと、以下のような負の循環が鳥取県経済に生じていると見ている。

(1)地域経済に活気がない
(2)優秀で意欲のある若者が県外に流出
(3)全国目線で魅力的な取組み(付加価値の高い取組み)が生まれにくい

 この負の循環はどうしたら断ち切れるのだろうか。筆者は、このループを解決するには、(3)の部分にメスを入れ、魅力的な取組みを地域が一体となって生み出すことが必要であると考えている。人口が少ない、つまり地域のプレイヤーの絶対数が少ない鳥取県の場合、地域一体となることで大きなインパクトが出せるのだが、そのためにはどうすれば良いのだろうか。

地域一体で魅力的な取組みを生む“星空県”構想

 そこで筆者が考えたのは、最適な地域資源を見出し、有効活用するというアイデアである。鳥取県の場合、「美しい星空を活用し、“星空県”というコンセプトで売り出すことができる!」と思い至った。鳥取県が美しい星空を持つ地域であることが県内外に広く認知される(地域のブランディング)とともに、星空や宇宙を活用した非日常体験やイベント、関連商品が数多く生み出され、地域の重要な経済活動となることを目指す構想である。

 では、数ある地域資源の中で、なぜ星空が相応しいのか。

鳥取の星空はナンバーワン・オンリーワン

 冒頭に記載したとおり、鳥取県には環境省から日本一と認められた星空がある。これは鳥取市(鳥取県東部)のことなのだが、一方で、鳥取県西部にある名峰の大山(だいせん)の星空もテレビ番組や写真雑誌で絶景として取り上げられるなど、県全域で星空の美しい県なのである。また、“鳥取県民の日”は毎年9月12日なのだが、“宇宙の日”も同じ日であり、鳥取と星空(宇宙)には運命的なつながりがあっておもしろいと言える。

星空は、みんながワクワクする

 OZmallが2015年秋、東京女子9000名に15の旅行プラン“東京女子が選んだ行きたい旅グランプリ”を企画し、どれに行きたいか投票してもらったところ、“日本一の星空を眺める旅”が約3000票を獲得し、堂々の第1位に輝いている。第2位の美しいワイナリーを訪ねる旅は約1000票だったので、星空観光への関心は相当高いと言える。

 また六本木ヒルズでは、夏には、屋上で行なわれる星空観察会や天文セミナーなどのイベントが人気を集めていたり、2015年冬には“星空のイルミネーション”として、大都会の夜景、星空、プラネタリウムなどを一緒に楽しむ体験型のイベントが開催された。一方、今年夏の東京タワーでは、幻想的な夏の星空をイメージした3Dプロジェクションマッピングイベントが開催される。

 このように、首都圏を中心に星空の注目度は高まってきており、ワクワクする体験には市場性が期待できる。

鳥取砂丘と星空(提供:若松紀樹)

星空は、地域の多くの産業と企業が活用できる

 星空や宇宙を活用することで、観光客や宿泊客の増加、また、ものづくりの高付加価値化につなげていけると考えている。まず、観光分野については、星空観光を鳥取の豊かな自然やおいしい食べ物などの既に顕在化している観光資源と組み合わせてワクワク体験として提供することで、飲食業、宿泊業、小売業、サービス業、お土産製造業などの底上げが期待できる。

 たとえば、鳥取砂丘での星空観察ツアーや、最近注目度が高まっているグランピング(豪華なキャンプ)などが今後の新しいサービスとして考えられる。加えて、お土産品や飲食店のメニューについても、すでにある松葉ガニの最高級ブランド“五輝星(いつきぼし)”や日本酒『満点星(まんてんせい)』のように、星にちなんだ遊び心ある商品やメニューを開発する企業・店舗が県内に増えれば、星空県を訪れる楽しみの一つになり得る。

 また、宇宙分野は最近、鳥取県産食材を使った“キーマカレー(鶴太屋)”がJAXAの宇宙日本食候補として選ばれたり、鳥取砂丘の砂を固めたお土産品などを製造する企業(モルタルマジック)の技術がJAXAに認められ、月や火星の砂を現地で固め建材として活用することを見据えた共同研究が始まるなどの動きが鳥取県内に出てきた。今後、より多くのものづくり企業等が宇宙、航空といった高付加価値分野にチャレンジすることを後押ししたり、エッジを立てることで宇宙分野の企業誘致につながる可能性も高まる。

 このように、星空や宇宙を活用できる産業と企業は多く、地域として大きな経済効果が期待できるのである。

星空県は、地域の外ともコラボして創り上げる

 星空県構想は、地域の中のプレイヤーだけでなく、地域の外ともコラボすることで、より魅力的な取組みとなるとともに推進力を高めることができると考えている。鳥取県に縁のある以下の宇宙ベンチャー企業等ともコラボしながら地域を創っていくイメージである。

民間月面探査チームHAKUTO

 すでに進んでいる動きとして、鳥取県は人類初の民間月面探査レース“Google Lunar XPRIZE”に挑むチームHAKUTOと今年5月に連携協定を締結した。今秋には、砂の粒子の細かさや地形の起伏などの点で月面の環境に近いという鳥取砂丘にて、開発中の月面探査ロボット(ローバー)のフィールド走行試験を実施予定である。

 世界レベル、いや宇宙レベルの挑戦をするチームを身近に感じることで、地域の未来を担う子どもたちや産業人材のチャレンジマインドを高めることにつながる。また、試験地となる鳥取砂丘や、チーム名の由来にもなった神話“因幡の白うさぎ”に関わりのある白兎(はくと)海岸や白兎(はくと)神社とともに、鳥取の星空の美しさも広く知られるきっかけになることも期待したい。

HAKUTOローバー(提供:HAKUTO)

人工流れ星ベンチャーALE

 鳥取県出身の岡島礼奈氏が立ち上げた宇宙ベンチャー企業ALEとのコラボも今後期待できる。ALEは世界初の人工流れ星サービス“Sky Canvas(スカイ・キャンバス)”を開発中で、世界各地のビッグイベントなどで色とりどりの流れ星を必要な場所、必要な時間に流すことができるようになる予定だ。

 岡島氏は、2016年6月の米ウォールストリートジャーナル紙にも大きく取り上げられるなど、世界的にも注目されているが、テレビのドキュメンタリー番組の中で、地元の鳥取砂丘の夜空にも流してみたい旨をコメントしており、こちらも星空県を彩る楽しみな動きである。

 この他に、NASA出身の技術者が立ち上げた宇宙葬ビジネスの日本展開などを手がける宇宙ベンチャーSPACE SHIFTの代表・金本成生氏も鳥取県出身であり、何らかの形で連携できればと考えている。今後、星空県の認知度が高まっていけば、その他にも多数存在する星空と宇宙関連企業、アニメなどのコンテンツともコラボしやすくなるだろう。

星空県構想の輪が広がっている

 ここまで筆者の考える“星空県”構想について紹介してきたが、実はまだ、鳥取県庁が組織として意思決定をして取り組んでいる構想ではなく、筆者がアイデアを県内外の多くの人々にお伝えしながら、その機運を高めている状況にある。

 星空県構想に共感し応援してくださる方々は着実に増えている。地域の経営者や若手リーダーたち、宇宙関連施設、メディア、宇宙ベンチャーの方々など。筆者はこれからも地域一体で取組める、みんながワクワクする新しい経済活性化の道として、星空県構想を多くの方に伝え、進めていきたい。たくさんの読者の皆様が、友人、家族、恋人といっしょに“星空県”で日本一の星空を眺めながら、美味しい料理やお酒を楽しんでいただける日を目指していきたい。

井田広之(いだひろゆき)

著者近影 井田広之

全国の生活者と鳥取県の企業が新商品を共創する「とっとりとプロジェクト」で、全国知事会「先進政策大賞」、日本デザイン振興会「グッドデザイン賞2015」を受賞。最近では、日本一に輝いた鳥取の美しい星空と宇宙をテーマに地域経済活性化を目指す「星空県」構想を提唱し、民間月面探査チームとのコラボもスタート。
経済産業省プログラム「始動Next Innovator」第1期生。中小企業診断士。神戸大学経営学部卒、山陰合同銀行を経て、鳥取県庁にて産業振興分野を10年担当。

この記事をシェアしよう

週刊アスキーの最新情報を購読しよう

本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合があります

この連載の記事