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北九州発!イノベーションとニューパブリックを生み出す苗床

地元課題を解決する新しいコワーキングスペース「秘密基地」の秘密

秘密基地の原点はロンドンのシェアハウスにあった

 では、秘密基地の理念とはなにか? 話は建築設計を学んできた岡さんの大学時代にさかのぼる。

 秀樹さんは大学時代、ロンドンに渡って、起業した経歴を持つ。もともとは学生としてArcitecture Association(AA)スクールで学んでいたが、当時はロンドンオリンピック前でかなりの投資が行なわれており、仕事がいっぱいあった。「貧乏学生だったんだけど、僕は図面が書けたので、AAスクールのアイルランド人と知り合いになって、工務店みたいなことをやり始めた」(秀樹さん)とのこと。工務店としての仕事のかたわら、シェアハウス4軒、ワークスペース2軒を運営していたという。

 そこで、秀樹さんが気がついたのがシェアハウスの価値だ。土地の高いロンドンにはワンルームがあまりなく、ほとんどの学生はシェアハウスに住んでいる。しかし、日本のように家賃を下げることがシェアハウスの本来の価値ではなかった。「ロンドンのシェアハウスは新しい出会いと新しいモノが生まれる場所なんです。なにか始めるにはシェアハウスがいいという原体験があった」と秀樹さんは振り返る。

ロンドンでのシェアハウスでの経験を語る岡秀樹さん

 たとえば、トイレが3つで、お風呂が2つある4階建てのシェアハウスを8人で借り上げる。8人は国籍も異なり、学んでいる内容も建築、哲学、グラフィックデザイン、電気工学などバラバラ。こうした環境で誰が課題を持ち込むと、それぞれの学科の学生が自身の立場で意見を戦わせる。「IT業界で言うところのハッカソンやアイデアソンが毎晩のように行なわれるんです」(秀樹さん)。しかも、イベントとして行なわれるハッカソン・アイデアソンと異なり、いつもいっしょにいる気心知れたメンバーでワインを酌み交わしながら、新しいアイデアが生まれる。「これがイノベーションの原点だし、コミュニティがなぜ必要かの答えだと思った」と秀樹さんは語る。

 当時は「コワーキングスペース」という言葉は存在しておらず、あくまでユーザーが仕事に専念するために区切られた「シェアオフィス」がメインだった。ネットワーキングを主軸に据えたコワーキングスペースがこれからのイノベーションの苗床となる確証を得た岡さんは、3・11を期にイギリスでの事業を売却。日本に帰国し、弟の浩平さんといっしょにコワーキングスペースの立ち上げに動くことになる。

 一方、弟の岡浩平さんはバンドマンとして、長らく地元でライブ活動をやっていたが、複数のバンドをブッキングして売り上げを上げるというライブハウスに疑問を感じていたという。「正直、その日にどんなショーをやるとか全然力入れてないんですよ。だからしょうもないバンドと対バン組まされて、それがいやだった」と浩平さんは語る。

バンドマンだった弟の岡浩平さんは趣味やアートの領域での出会いの場を模索してきたという

 本当は気のあったメンバーといっしょにライブをやりたい、映像とコラボレーションしたユニークなライブがやりたいと考えていたけど、そもそも出会いの場がない。「趣味やアートの分野でも新しい出会いができる場が欲しいなあと。でも、カフェは毎日行かないし、どうしたらいいかなと考えていた」という(浩平さん)ことで、たどり着いたのが仕事場を共有し、毎日行く理由ができるコワーキングスペース。「兄貴はハードで、僕はソフトから。別に兄弟で接点はないですけど(笑)、たまたま4年くらい前にかみあった」ということで兄弟の課題意識が一致。結果として生まれたのが秘密基地というわけだ。

地方都市こそ活きるソーシャルキャピタルの価値

 こうして岡兄弟が秘密基地を立ち上げたのは、地元の北九州。秀樹さんは「経営の観点で言うと、いい意味でも、悪い意味でも情報量が多いですからね。新しいことを始めようと思ったら、人の縁やつながりの方が、立地より重要」と地元で始めた意義を語る。

 振り返れば北九州のような地方都市は、人のつながりである「ソーシャルキャピタル」が見えやすいという。大都市では、ソーシャルキャピタルがなくても、大企業主導でビジネスが動くが、ローカルシティはソーシャルキャピタルが動かしている。「地方に行ったら、やっぱりチェーン店行きたくないじゃないですか。地元の美味しいもの食べたいと思ったら、地元で穫った魚を地元の人がさばいて、地元の料理が出てくるというストーリーの方が普通。これは人のつながりなしにはあり得ないですよね」と岡さんは語る。

いかにも秘密感満載な秘密基地の入り口

 こうした経緯から生まれた秘密基地は、すでに仕事場としての「空間」の提供より、地元課題を解決する「場」という位置づけの方が大きくなっている。「今まではお互いがなにができるかを知らない状態で、課題だけを話し合っていた。だから情報を話し合っているだけで、クリエイティブなことを話し合えていなかった。でも、作り上げるにはどうしたらよいか、人間としてなにができるかコミットしていく必要がある。その場を作りあげていくのがわれわれの仕事だなと思っている」(秀樹さん)。

 秘密基地でのコラボレーションやスキルアップの結果、得た補助金は2年間で1億7000万円にのぼる。「ものづくりの人とITの人がマッチングし、創業補助金を得るとか。1人が1社にコミットするのではなく、みんなに貢献するので、こういうことができる」(秀樹さん)。実際、取材の翌日には「補助金獲得祭り」というイベントが実施され、20~30人が持っているスキルを全部出しあい、新規ビジネスを作り上げていくという。

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