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〈後編〉アニメの門DUO 氷川竜介さんと語る『水星の魔女』

『水星の魔女』はイノベーションのジレンマに勝利したアニメだ

イノベーションのジレンマ

まつもと そろそろ3つ目のコーナーにいってみようかと思います。あらためて、ガンダムシリーズにおいて『水星の魔女』はどう位置付けられるのか? ここの整理を試みたいなと思います。

氷川 作り手側のコメントを見て感じたことですが……昔はガンダムってチャレンジャーでした。ロボットアニメという固定観念があるものに対してイノベーションを起こしたイノベーター。

 ただ、一度成功してWinnerになると、今度はカスタマーにサービスし続ける必要が出てきます。お客さんを逃がさないように囲い込んだりするわけですが、それをやるとチャレンジャーが新しい体制側になってしまうので、次のチャレンジャーや破壊的な技術が登場すると滅んでしまう。

 自分もこれまで「チャレンジャーだったガンダムはチャレンジ精神を忘れないでほしい」というニュアンスを原稿に何度も込めていますが、それは上記のようなイノベーションのジレンマを念頭に置いてのことです。

 当然作り手も、ガンダムだからこそできるイノベーション、チャンレンジを試みているでしょう。

まつもと これまでも、たとえばSEEDや『鉄血のオルフェンズ』(2015年)も……。

氷川 はい、やってます。今までやっていないように聞こえたらごめんなさいなんですけど、『水星の魔女』はお客さんと歯車が噛み合っただけでなく回すことができた、みたいなところが。ちょっとこれは直感的な話なんですが。

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『水星の魔女』の変化は見事だが……
アニメ業界は次のイノベーションを起こせるのか……?

まつもと まとめとして、これからガンダムをはじめとした日本のアニメがどうなっていくのか、あるいはなるべきか、というテーマを設けております。そこは、新著の3つのポイントにもつながる話で、この本の背景には「日本のアニメが空洞化するんじゃないか」という氷川さんの危機感・不安が根っこにある。

氷川 そうですね。

まつもと なので、ガンダムシリーズ単体がどうなるのかというよりも日本のアニメはどうなっていかないといけないのかを最後にうかがいたいと思います。

氷川 本当に自転車操業っぽくなっているので、先ほど述べたイノベーションのジレンマで言うと、お客さんへのサービスが手厚くなり、そこにコンプライアンス的な問題も含めて「裏切りは許さないぞ」という圧力が掛かっています。

 ですが、サービスを手厚くすればするほど固まっていくものがある。

 その固まりというのは、新しさが生まれることを拒みますし、一見さんも入りづらくなる。それから分散化・細分化が起きて横の連携がありません。上手く維持できているうちは良いけれど、次のイノベーションが起きた際に一瞬で全滅してしまうでしょう。

 あともう1つは、自分たちが何を作ってきたか、ちゃんと分析していない。たとえばアメリカは、日本アニメのヒット作から、それこそスーパー戦隊のオールスターものまで研究しているという話があります。

 これはアメリカに限らず韓国・中国も日本のアニメが大好きであるがゆえにすごく研究して、追いつけ追い越せとなっているはずで、そのなかから登場したチャレンジャーが成功した瞬間に……。

まつもと 世界にひっくり返されることも、全然あり得る話だと。

氷川 幸いそういうことはこれまでありませんでした。しかし最近の韓国ドラマの作り方を見ていると危機感を覚えます。

 5年くらい前まで「日本にはマンガ雑誌という他国が真似できない供給源があるから安泰だ」みたいなことが言われていました。ところが現在、韓国はマンガ雑誌の代わりにWebマンガ――カートゥーン原作のドラマを次々と作っています。しかも制作者はアメリカで映像を学んだ人たちです。だから……危ない。

 「宮崎駿は素晴らしい国民的作家で最初からすごかった!」みたいな言説ってあるじゃないですか。そんなわけない、終わりかけていた人なんですと新著では書きました。まあ今は『終わらない人 宮﨑駿』なんて番組が作られてますが。

 『風の谷のナウシカ』の直前まで終わりかけていた人ですよね。じつはガンダムのおかげで浮上した。どういうことかと言えば、ガンダムが「アニメにも作家はいるんだ」ということを認知させたことで、「ではアニメ業界にはほかにどんな作家がいるの?」となったときに、アニメージュが「次はこの人だ」と決めたからです。

 そうして宮﨑駿にスポットが当たったことは歴史的転換点です。そしてこれは、変化を人為的に起こして成功させることもできる、ということもあらわしています。

まつもと 氷川さんの最新刊『日本アニメの革新 歴史の転換点となった変化の構造分析』にはそのあたりが詳しく書かれていますので、皆様ぜひお手に取ってください。氷川さん、今日はありがとうございました。

前編はこちら

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