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Make編集長マーク・フローエンフェルダー インタビュー

紙の本とコンピュータと手作り文化の未来

2013年06月19日 18時00分更新

 iPhoneは、モバイルネットワークとタッチ操作可能なスクリーンとそれに答えるOSの組み合わせだが、ここでは、イタリア製の電子工作用マイコン“Arduino”とLED、それに個人の頭の中にあるアイデアの組み合わせが勝負だったりする。ゼロ年代後半のエレクトロニクス分野のトピックといえば、スマートフォンと誰もが答えがちだが、実は、もう1つ大きな流れが作られていまも広がっているのをご存じだろうか?

 05年に米オライリーから創刊された『Make』によって巻き起こされた“電子手作り”の一大ムーブメントがそれだ。なぜ突然、世の中はDIYに目覚めたのか? 日本でも、電子工作から機械いじり、オリジナル電子楽器やテクノ手芸まであって、「それってこうだよね」と示してくれたのが『Make』みたいなところがある。その中心にいる『Make』の編集長マーク・フローエンフェルダー氏が、6月15日に日本科学未来館で開かれた「Maker Conference Tokyo 2013」で来日したのにあわせてインタビューさせていただいた。

紙の本とコンピュータと手作り文化の未来 Make編集長マーク・フローエンフェルダー インタビュー

 

■ZINEと本の話――紙の本は人生のデザインに入ってくる

遠藤 Make以前からメディアにかかわられてきたということですけど、1988年に、いまも人気サイトとして健在の『boing boing』を、ZINE(同人誌的な紙の印刷物)の形で創刊されたんですね。当時はどんな文化的な背景で、いまはどんなふうになっているんでしょうか?

マーク ZINEカルチャーは、サンフランシスコでは毎年コンベンションが開かれるなど元気ですよ。以前は、メッセージ性の高いニッチな読者に向けて発信するものが多かったのですが、いまはブログやオンラインで発信できるようになって、内容的にも変わってきましたね。紙の印刷物に対する愛着という部分は変わらなくて、私も、コンベンションには参加しています。

紙の本とコンピュータと手作り文化の未来 Make編集長マーク・フローエンフェルダー インタビュー
マーク・フローエンフェルダー(Mark Frauenfelder)氏。1960年生まれ、ブロガー、イラストレーター、ジャーナリスト。『Make』編集長、ZINEとしての『boing boing』を妻のCarla Sinclairと1988年~1997年まで刊行。1993年~1998年まで『Wired』の編集者であり、Wired Onlineの創刊編集長。2005年『Make』の創刊から編集長をつとめる。


遠藤 そのコンベンションってどんな感じなんでしょう?

マーク 若い世代の発行するZINEがいっぱいありますね。それから、私が『boing boing』を発行していた当時は、DTPのためのソフトウェアもいまのようには革新的ではなかったし、印刷手段も違っていました。いまは、街の専門店にいかなくても自宅にある小さなプリンタで、20部から50部くらいは気軽に作れて、自分でホチキスでとめるというようなやり方ができます。そういう新しいスタイルで、新しいZINEの世界のスターも出てきていますね。

遠藤 いいですねぇ。

マーク 実は、いま自分でも、紙の媒体であるZINEをもういちど出してみたいと思っているんですよ。『boing boing』には思い入れもあるので、これからは年1回くらいは出していきたいなと考えています。紙で出版されるZINEって何だろう? というところに立ち戻って雑誌にしたいんです。

遠藤 なんと、ちょうどZINEに戻ってみようというところだった。それは、いつ頃出るんですか?

マーク 今年の秋の終わりごろには出したいと思っています。これには、Kickstarter(註:クラウドファンディング=ネットを通じた協力者からの資金集め)があるのでそれを使いたいと思っています。

遠藤 『Mad Professor』とか『The World's Worst』といった楽しい本も出されていますよね。この2冊の出版元のCHRONICLE BOOKSって私も好きな出版社なんですよ。サンフランシスコのモスコーニ(註:アップルのイベントWWDCなどが開催される建物)の近くに直営店がありますよね。紙の本の1つの形が、ああいう雑貨的な魅力のある本になっていくとも思います。ご自身は、単行本についてはどのようにお考えですか?

マーク プリントメディア、紙の本というのは、いま大きな転機に立たされています。これだけ電子出版が広がってきている中で、どこに自身のポジションを置くことができるのか? しかし、そう考えるとすごく今は良いチャンスだとも思うのですね。

遠藤 むしろチャンスだと?

紙の本とコンピュータと手作り文化の未来 Make編集長マーク・フローエンフェルダー インタビュー
遠藤諭(えんどう さとし)、株式会社角川アスキー総合研究所 取締役主席研究員。1956年生まれ、1983年に『東京おとなクラブ』を創刊。1990年より『月刊アスキー』編集長、2013年より現職。著書に『計算機屋かく戦えり』など。『週刊アスキー』巻末で“神は雲の中にあられる”を連載中。


マーク まず、本の存在意義。人に対して本は何ができるのか? ということを考えると、電子出版にくらべて本のデザインということがまずできるでしょう。自分の興味をもったテーマに対してどれだけのことができるか。家の中で本にはどんなことができるかというと、すごく大きなチャンスがあると思っています。紙の本がたいへんな苦境に立たされているからこそ、本が革新性を持つ大きな理由になると思います。

遠藤 いままで、紙という平面に文字や写真をならべていくことを考えるのが、私たち出版人の主たる仕事だった。だからもちろんそれによるメッセージはあるんだけど、本は、それを所有することによって人が変わるといったこともありますね。持つ喜びによって伝えられる。

マーク 自分でもこの質問って、本当によく考えるんですよ。私も、Kindleを使って本を買ったりするんですけど。それで、じゃあこれを子供に読んであげたいなあと思ったときに、Kindleを自分の子供が見たときに「これがパパの本棚だ」って見てくれるだろうか。子供たちが成長したときに、自分の本棚があれば「これがパパの本だ」って見ることができる。紙の本は自分の人生に入りこんでくることが、きっとできると思うんですね。

遠藤 ああいいですねぇ。

マーク 私が飛行機に乗ったときの1つの楽しみが、まわりの人がどんな本を読んでいるか観察することなんです。その本の題名をみて、会話のきっかけにすることがすごく多い。ところが、Kindleだと、この人が何を読んでいるのかわからない。端末の中に入り込んでいて、本が世界を閉ざしている。本が、自分の人生を彩ってデザインしてくれるものということを考えると、それはちょっと残念ですよね。

 

■究極に煮詰めるとオフ・グリッドになるんだけど

遠藤 2005年に『Make』が創刊されたわけですけど、著書の『Made by Hand』(金井哲夫訳、オライリー・ジャパン刊)に、Webが広がってきたときに、クラフトやガーデニングが広がると思ったと書かれていて、本当にするどいなと思いました。実際、本の中では、いろんなモノを作ることや直すことにチャレンジされているし、それをとりまく背景にも深く言及されています。モノを作るということ以外に、Web以降、広がったものというのは何があるでしょうか?

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著書の『Made by Hand』には「ポンコツDIYで自分を取り戻す」(Searching for Meaning in a Throwaway World)と副題されている。日本版の帯裏にはクリス・アンダーソンが「彼はこの本で、自分が学び続けてきた教訓を自分の人生に活かしつつ、物作りへの愛着を深めていくという平行進化について語っている」とある。


マーク そうですねぇ。「オフ・グリッド」(Off the Grid)で生活する人がアメリカでは増えてきていますね。たとえば、風力発電や太陽熱を使って、外部から電力やガスを引くんじゃなくて、引くのはインターネットだけにして生活している人が結構います。『The Good Life Lab』(Wendy Jehanara Tremayne著、Storey Books刊)という本もつい最近出ましたね。ただ、この本は全員がそういう生活をしなさいと言っているのではなくて、あなたも生活の中に部分的にでも取り入れてみては? と提案しているものなんですけどね。

遠藤 それは、凄そうですね。アメリカだとオーガニック系の食文化やパーマカルチャー的なこともさかんで、思想的なわけですよね。

マーク そうですね。クラフトやガーデニングをやっている人たちは、自分たちが使うモノ、食べる物をコントロールできるという考え方。そうしたモノや食べ物が自分たちを作っているんだという意識がすごく強いんですね。彼らは、自分を生かしてくれる、健康にあるようにしてくれるもの、それを理解してコントロールしようとする意識がすごく強いんだと思います。それを究極的に煮詰めていくと、オフ・グリッド生活というものになっていくんだと思うんですね。自分でできる限り自給自足していこうと。ただ、私自身は、全部はできないと思っています。屋根から太陽熱をとるといような取り組みはありかなと思いますけど。

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遠藤 そういう、オフ・グリッド生活をしている人はどのくらいいるのですか? GoogleとかAppleとかに勤めている普通の会社員もいますかね。それとも、もう森の生活みたいな人たちなんですか?

マーク パーセントとしてはまだまだ低いと思いますけど、ただ、ハイテク業界にいる人も結構やっています。サンフランシスコの南のほうの山に施設をつくって、自分たちだけで太陽光を利用した生活をしたり。60年代のヒッピーコミュニティみたいなものを作っている人たちも結構いるんですよね。同じように、コンピュータアニメーション業界ですごく活躍している人や、アイスランドのビョークやJ・J・エイブラムスの音楽を作っている人とか、そういう活動をしている人たちもいます。

遠藤 自分の体の健康って自分の責任じゃないですか、それを、自分の体だけじゃなくて、自分をとりまく生活空間とか、それをとりまく環境までひろげてそれを考えるということですかね? 私は、そういう理解をしたんですけど。

マーク ぼくもそう思います。それが大きいですね。

 

■Makeのこれからと日本のデザイン

遠藤 Makeそのものの話にいきますね。この最新号の表紙、もしかしたら昔の『Popular Science』みたいなのを意識して作っているんですかね? そういう昔の電子工作やDIY、サイエンスっぽい雑誌が提供していた世界と、いまの『Make』が提供している世界ってどう違うんでしょう?

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『Make』は、2005年にオライリー・メディアの共同設立者であり、最初の商用ウェブサイトとされるGNN(Global Network Navigator)を作ったDale Dougherty によって立ちあげられた。2013年より、オライリー・メディアから独立したMaker Mediaが発行元となっており、雑誌の『Make』とともに「Maker Faire」などのイベントを開催する。


マーク むかし読んでいた『Popular Science』に敬意をはらって同じような印象をもたせたくて、同じサイズにしているんですよ。子供の頃に読んでいたのですごく懐かしく思っている部分があるんですね。ただ、昔のPopular Scienceは、ハウツー記事も実際にやってみるとできないことが多かったんです。すごくカッコよく書いてあるんだけど情報が足りなくて、じっくり読んでみても作れないことが多かった。それで、フラストレーションがたまる感じがあった。そこで、Makeでは、興味があれば誰でも作れるようにしたかった。これは、私の自己中心的な考え方なんですけど、自分自身がメーカー(註:手作りで自分でなんでも作れる人)ではないので、ハウツーをきちんと読んでもらって、最終成果物ができる。とくにそこはこだわっています。

遠藤 さきほどもヒッピーカルチャーみたいな話が少し出ましたが、Makeのムーブメントって、自由でオープンな西海岸カルチャーと関係があるんですか? これを、ニューヨークのマンハッタンでやっているとは考えにくい。『Make』って、西海岸のほうが読者が多いとかあるんでしょうか?

マーク Makeは、カリフォルニアの北にあるセバストポールというところでやっていて、アメリカの中でもすごくリベラルな地域なんですね。もちろん、ヒッピーもいますし、手作りする感覚がすごくあって、ラジオ局をつくったりとかですね。それを考えると、やっぱり場所的な影響はあると思います。1968年に立ち上がったいちばん最初の『Whole Earth Catalog』(註:カウンターカルチャーや環境保護の運動、ハッカー会議の主催などで知られるスチュアート・ブランドが刊行した雑誌でヒッピーコミューンのための生活情報や商品が掲載されていた)にも影響はすごく受けています。

遠藤 『Make』は、21世紀のホールアースだったわけか。

マーク ある意味ではそうかもしれませんね。

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『Make』には入門向けのちょっとした電子工作から人生をかけて取り組んでいる大プロジェクトまでメーカーたちの取り組みとノウハウが満載されている。『週刊アスキー』2013年6月25日発売・通巻936号の遠藤が執筆する巻末コラム“神は雲の中にあられる”では、『Make』最新号の“日本の大工さんの道具箱の作り方”の記事について考察しているのでぜひご覧あれ。


遠藤 アメリカでモノというと、ディスカバリー・チャンネルなんかを見ていると「怪しい伝説」とか「アメチョ」とか、どちらかというと大雑把だけどでパワーとマインドで押し切るみたいな感じに見えていたんですよ。あくまで日本人からみた印象ですけど。ところが、YouTubeを見ると、すごくマニアックだったり、細かいものもあって、著書に出てくる「ミス・シルビア」の話(安っぽいコーヒーメーカーの温度調節回路を人々が寄ってたかって改造した)みたいなことも起きていたりする。Web以降、アメリカ人のモノに対するメンタリティの変化はあるんでしょうか?

マーク そうですね。長期的なトレンドとして、容易に技術を知ることができるようになった点では、インターネットの影響はあるでしょうね。1993年に、WWWという仕組みができあがっても、モノを作る人たちは、自分たちのテリトリーの変化を少し無視していた感じもあったのですが。いますごくWebが広がって、まわりを見てみたら世界が変わってきている。ハックされている。自分の身の回りの詳細なところまで変わってきていると感じるようになった。そういう影響はありますね。

遠藤 それで、お聞きしたいと思っていたのは、Kickstarterのように何かをはじめようと思った人が資金を集めることができたり、Etsyのような手作りしたものを売るネットサービスも充実してきています。もちろん、Web上にモノを作るための情報がたくさんあるだけでなく、『Make』がそういう世界を演出して引っ張ってくれている。かつては、「アンチ・コンシューマリズム」(反消費主義)とか、「プロシューマ」(生産消費者)ということも言われた。こういう自分でモノを作ったり、修理したりという世界、Make的な世界というのは、一般の普通の人たちにまで広がるものなのでしょうか。いまはまだ濃い人たちの世界だと思いますけど、Webの時代になったことで普通の生活に入ってきますか? そういう意味で、生活を本質的に変えるのでしょうか?

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マーク いい質問ですね。これから、こうしたMakeのムーブメントがあまねく広がっていくのか? という質問に対しては「イエス」です。とくに多くの“アルファ・メーカー”(註:手作りの達人たち)と私たちは言っているのですが、技術的に優れた人たちが、それほど技術に明るくない人たちに分かりやすいツールを提供していくことになると思うんです。たとえば、Arduinoというマイコンを使った、本当だったら技術的に一定の水準以上の人たちにしかできないような工作が、そこを埋め合わせる仕組みをデザインすることで10歳の子供でもできてしまうようになる。むかしはできなかったものが、技術のおかげで誰でも簡単にできるようになるので、広く一般的になっていくと私は思っています。

遠藤 テクノロジーがテクノロジーのギャップを埋めるということですね。最後の質問ですが、本の中で、Makeというのは「不完全さに美を見出す日本の侘び・寂びに通ずるものがある」と書かれていました。そういう言葉に、すごくモノを作るということのカルチャー的な広がりや深さを感じたんですね。そんな、日本のモノについて少しコメントをいただけるとうれしいのですが。

マーク 日本のデザインですごく私がいいなと思うのは、注意深くモノを選んでるところなんですね。不完全さっていうのはクリエイターそのものの反映なんじゃないかと思います。個性だったり、人の持っている背景だっり、人生だったり、その人が興味を持ったことが、作ったモノに現れてくる。日本のデザインにあるのは、そこを理解することができる“豊かさ”なんだと思いますよ。

 

■インタビューの後に

 これはとても個人的なことなのだが、私は、フローエンフェルダー氏と同じような時期に同じような経験をしてきたようなところがある。『東京おとなクラブ』という同人誌のようなものを作っていたことがあり、コンピュータジャーナリズムの世界で仕事をしてきた。『Made by Hand』には、400ページもある『Industry Standard』が終わるのを目撃したと書かれているが、これも、いくらかジャンルは違うものの他人ごとではないお話だ。

 それで感じたのは、同人誌やZINEの世界(あるいは出版)とコンピュータ(あるいはプログラミング)、そして、Makeの世界というのは、どこか根っこで繋がっているのではないかということだ。もちろん、やることはなにかといえば、ひたすらアイデアとテクニックを駆使して、自分だけのものを作って見せるのがサイコーに楽しいということなのだが。そして、それこそがきっかけになって、そのちょっと先にあるものが少し見えてきているのがいまなのではないか?

 

■関連サイト
Make: Japan | Technology on Your Time
MAKE | MAKE magazine
Maker Media | Leading the Maker Movement

boing boing

Made by Hand - ポンコツDIYで自分を取り戻す

ザ・コンピュータ

東京おとなクラブ

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