第328回
高齢スタッフ、バラバラなデータ、契約の複雑さ 業務改善の3つの前提
「筋斗雲って、ラーメン屋ですか?」 60歳以上が44%を締めるビルメンテナンス企業が挑んだ土台作り
2026年08月28日 14時00分更新
1950年創業のビルメンテナンス会社は現場の事情に悩んでいた。高齢でITリテラシーにばらつきのある現場従事者は、70歳以上が100名を超え、デジタル化が効率化につながるとは限らず、その影響で業務スタッフの負担は大きくなる。さらにテナントとの契約は複雑で既製のシステムでは収まらない。そして案件管理に使っていたExcelが限界を迎えたとき、kintoneへの移行を試みた。
kintone hive 2026 fukuokaの4番手として登壇したのは、約150の現場を抱える福岡のビルメンテナンス会社「朝日ビルメンテナンス」の太田聡さん。プレゼンでは、多数の高齢者が活躍する企業がkintoneと奉行シリーズをつないで基幹システムに育て、会社を前に進めるための土台にした事例について語られた。
複数の業務と時間軸が混在する契約は既製システムに収まらなかった
朝日ビルメンテナンスは、1950年創業の福岡のビルメンテナンス会社だ。清掃や設備保守、警備などのスタッフが常駐する現場の数は約150。同社の特徴の1つが、高齢者が活躍していることだ。現場従事者は70歳以上が100名を超え、最高齢は83歳。60歳以上が全体の44%を占めている。太田さんは入社14年目で、総務経理の責任者としてバックオフィス全般の業務改善やシステム管理を担うが、ITの専門家ではない。
太田さんはまず、同社の業務改善を考えるうえで無視できない現場の事情を説明した。朝日ビルメンテナンスでは、現場とバックオフィスで働く人がいて、扱う情報も多岐にわたる。システムを作るにあたっては、誰が使うのか、どこに負担が集中しているのか、効率化が現場にどのような影響を与えるのかを整理する必要があった。
現場には3つの前提があった。1つは、高齢のスタッフが多く、ITリテラシーにばらつきがあることだ。デジタル化が必ずしも効率化につながるとは限らず、今も紙の書類が数多く使われている。もう1つは、さまざまな形式のデータが業務スタッフや経理担当者に集まり、入力作業の負担が大きくなっていたこと。3つ目は、効率化が現場従事者の支援につながるかどうかを、業務改善の判断基準にしていることだ。
システム化をさらに難しくしていたのが、契約の複雑さだ。1つのビルの契約に清掃や設備、警備など複数の業務が関わり、日次、週次、月次、年次と異なる時間軸の業務が1本の契約で走っている。しかも、「きれいになった」「問題がなかった」という結果だけでなく、どんな手順で、何を使い、どのくらいの頻度で作業し、どう記録したのかまでが契約履行の条件になる。こうした複雑さは既製のシステムに収まらず、kintoneで自社の業務に合わせた仕組みを作ることにした。
案件管理を小さく始め、kintoneと奉行シリーズをつないで基幹システムに育てた
システムは段階的に姿を変えてきた。当初は受注・契約管理と勘定奉行が別々に動いていたが、ビルメンテナンス専用の基幹システムを導入して契約情報のデータ化とマスター化を行った。次にkintoneでの案件管理に着手した。現在は、kintoneと奉行シリーズがつながり、案件、契約、請求、会計が一連の流れになっている。
最初のきっかけは、Excelの限界だった。案件管理をExcelで行っていたが、複数人で同時に入力できない、誤ってデータを上書きしてしまう、データが増えるとエラーが起きるといった問題があった。これを解消しようと、kintoneの無料試用期間を使って移行を試みたという。最初に作ったのは、入力フォームと一覧表だけの簡単な仕組みだ。
「試しに業務スタッフに使ってもらうと、「筋斗雲って、ラーメン屋ですか」と言われたんです。そこが私たちのスタートでした」(太田さん)
そんな中、1人のスタッフがkintoneに興味を示し、開発に参加してくれた。ここから開発が加速し、マスターの整備や従業員名簿、見積管理アプリへと広がっていく。太田さんは、この広げ方こそが成功を分けるポイントだったと振り返る。
現在はkintoneと奉行シリーズを連携させ、顧客マスターや物件マスター、仕訳データを両者でやり取りしている。マスターを含めてシステム間で連携したことで、手入力やファイルの入出力が不要になった。請求管理の一覧画面からボタンを1回押すだけで奉行シリーズへ仕訳データが渡り、以前は手作業だった工程が完結する。
外部委託と内製を使い分け、専用システムの更新より28%のコストダウンに
経営の承認を得るにあたり、太田さんが重視したのは3つ。1つ目は確実性で、以前のシステムのリース期限まで残り10ヵ月という状況では、すべてを内製するのは難しいと判断し、奉行シリーズとの連携実績があるベンダーに委託した。2つ目は持続性で、保守や軽微な改善は内製し、外部の伴走支援を受けながら自分たちで育てていく体制を作った。3つ目は拡張性で、kintoneと奉行シリーズを今後の業務改善を支える基盤に位置づけた。
専用システムを更新した場合と比べると、kintoneへの移行で28%のコストダウンが見込めた。経営陣の本音は、ここにあったのかもしれないと太田さんは語った。
また、ベンダーが支えたのは、技術面だけではなかった。社内担当者のパワーバランスや、時には社内政治にまで配慮してくれたという。kintoneを円滑に導入するうえで、これが大きな力になった。定着のための工夫も凝らした。まずはGaroonのポータルに主要アプリへのリンクを置き、多機能であることよりも、利用者が迷わずワンクリックで目的の画面を開けることを優先したのだ。
定着に向けたもう1つの鍵が、業務の複雑さをシステムの構造で吸収することだった。1つの契約に複数の部署や業務が走るため、1つの契約管理のなかに複数の部署や業務を明細として落とし込む必要がある。入力のたびに複数のアプリを行き来する仕組みでは使い勝手が悪い。
そこで案件管理のなかに案件詳細アプリの画面を組み込んだ。契約管理の基本情報を入力してボタンを押すと契約詳細の画面が展開され、さらにボタンを押せば、月次作業の契約明細として12ヵ月分のレコードがワンクリックで作られる。部門や業務、タームが異なる明細も、1つの画面からまとめて入力できる。使う人に考えさせないための工夫だ。
基幹システムの土台が整い、3つの変化が生まれた。1つは、システム同士の連携で同じ情報を繰り返し入力する二重入力が減ったこと。もう1つは、kintoneが情報の拠点になり、これまで経理担当者が集めていた情報を各自が自分で確認できるようになったこと。そしてもう1つは、業務スタッフや現場を良くしたいスタッフが開発に加わり、現場目線で試しながら改良する流れができたことだ。結果として、経理担当者は2名だが、決算期でも残業がほぼ0になった。二重入力が減ったことと、業務が適切な担当者や部門へ分散されたことが理由だという。一方で、業務を引き受けた側には新たなタスクも生まれており、その負担を軽減することが今後の課題だ。
太田さんは、身の丈に合った進め方が基幹システムの構築を前に進めたと語る。
「ITの専門家である必要はありません。業務の痛みと数字の重みを知る人が、開発を主導できます。大切なのは、外部委託と内製を使い分けることです。根幹の設計はプロに任せ、拡張や改善は自社で育てる。小さく始めて基幹システムを育てるうちに、案件管理から始まった仕組みが、気が付けば会社の土台になっていました」(太田さん)
kintoneは会社の基幹システムを完成させるものではなく、会社を前に進めるための土台になれる、と太田さんは語った。
「数年前、私はこの会場の客席にいました。今日は、事例を紹介するためにステージに立っています。身の丈に合った一歩を積み重ねていけば、思いもよらない場所に立てます」(太田さん)
土台ができたことで、次の一手も動き出している。現場の作業開始と終了を画面で操作すると時刻とGPSデータがkintoneにリアルタイムで保存されるWebアプリ、案件管理のデータを毎週月曜に集計して図解入りのレポートをメールで送る仕組み、AIなどで調べた結果のテキストを貼り付けるとボタン1つで図解と共有用URLを発行する仕組みだ。いずれも、kintoneという土台があったからこそ、次のステップに進めた事例だという。
質疑応答
サイボウズ西村さん:案件管理に蓄積したデータをAIで活用し、毎週月曜にサマリーをメールで送る仕組みを構築中というお話がありました。今後は、kintoneに蓄積したデータを、さらにAIで活用していくイメージでしょうか。
太田さん:そうです。AIに限った話ではありませんが、ここ半年から1年で技術が大きく進歩しました。業務をよく理解し、課題を明確に言語化できれば、非エンジニアでもさまざまな仕組みを作れるようになっています。当社にはエンジニアが1人もいませんが、それでも先ほど紹介したところまで作れる時代になりました。目の前の困りごとを1つ解決するツールを、いろいろな人が自分で作れるようになってきたと思います。
サイボウズ西村さん:分からないことがあっても、AIに質問すればコードや解決方法を教えてくれます。今後はAIと組み合わせることで、kintoneの活用がさらに広がっていくと思います。kintoneの標準機能としてのAI機能も、6月から正式にリリースされています。太田さんのように将来のAI活用を見据え、今からkintoneにしっかりとデータを蓄積していただければと思います。
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