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金沢のJAWS FESTA 2025で出会う「災害支援」という課題

能登半島地震で浮き彫りとなった情報共有の課題とは? AWSエンジニア、金沢で災害支援を学ぶ

2025年11月04日 10時00分更新

被災者データベース構築のために必要だったのはPDCAサイクルじゃなかった

 続くステップ2の被災者データベースは、今までなかったものだ。大雨や局所的な災害対策は被害者が避難所から自宅に戻った段階で終わるが、家屋に被害の出た能登半島地震の場合、被災者は避難所だけではなく、自宅、車中、納屋、ビニールハウス、土蔵などさまざまな場所におり、住民票がある市町以外の広域避難者も日を追うごとに増えていった。「1月4日に3万4000人いた避難者が、1月17日に1万5000人になっている。避難所から退所された1万7000人がどこに行ったのかを把握できなかった」と西垣氏は振り返る。

避難所を退所した人たちはどこに行ったのか、把握できなかった

 こうした「避難所外被災者」の支援のためには、独自の被災者データベースの構築が必要になった。1月17日には避難除外被災者に対して支援を行なうよう内閣府からの依頼が来たため、市町、県、関係機関が必要な情報を連携できる被災者データベースを構築することにした。

 西垣氏は、被災者データベースと関係する3つの名簿についても紹介した。まず避難している人を把握するために避難所ごとに作られた「避難所名簿」。ここには住民以外の帰省客や観光客も含まれており、紙やExcel、kintoneなどで収集された情報は、市町から防災総合情報システムに登録される。

 また、災害対策基本法では被災者の生活再建支援を行なうための「被災者台帳」が必要になる。こちらは義援金の支払いや罹災証明の発行などに使われるもので、住民基本台帳から構成される。もう1つの「要支援者名簿」は医療や介護のデータベースから構築され、今回構築した「被災者データベース」に近い用途で用いられる。

災害支援で利活用されている3つの名簿

 ステップ2でも悩みポイントは同じで、通常の手続きと異なるやり方をどう受け入れるかだった。今まで災害対策の対象は、避難所に避難してきた被災者。しかし、内閣府防災の依頼では、避難所外被災者も災害対策の対象になる。そこで、避難所にいない被災者をどのように把握するかが鍵となる。

 通常時なら、市町が住民票で住民を把握すればよいが、今回の場合は帰省客や観光客など住民でない人、広域避難している人も対象になる。「PDCAのように普段やっていることを手続き通り進める行政官の得意技が通用しない。OODA(Observe、Orient、Decide、Act)ループで、まずは観察していく必要がありました」と西垣氏は語る。

災害支援はマーケティング そして課題は縦割りの組織とデータの分断

 結果的にとった広域被災者データベースの構築方法は「被災者本人がアクセスしてくる仕組み」を構築することだ。マイナンバーカードをチェックする仕組みは時間がかかるため、利用率の高いLINEやSuicaのデータ提供を受けて、名寄せを行なうことにした。「いろんなことをやって、100%の把握にどれだけ近づけるかという勝負。これってデジタルやテクノロジーの問題でもなくて、いかに被災者に県庁のサイトにアクセスしてもらうかが重要でした」と西垣氏は語る。

被災者にアクセスしてもらい、データベースを構築した

 災害支援の話だと思って聞けば、とてもマーケティングに近い話だ。被災者がなにに困っているのか、どんな支援が必要なのか、ニーズを汲み取る。「手書きの書類が大変とか、デジタル化されていないとか、いろいろな課題がありましたが、被災者がどれだけ行政を信頼してくれるのか。ここに尽きると思いました」と西垣氏は語る。

 総論として西垣氏が課題として挙げたのは、災害対策基本法上の被災者台帳の作成権限が市町村にしかないため、他の自治体とのやりとりで不備が生じること。そして、個人情報保護法の例外として、災害時の運用ルールがあいまいであることを挙げた。そしてデジタル上の課題として、システムがバラバラで、記載方式やフォーマットも異なっているため、名寄せが困難であることを挙げた。

西垣氏が課題として挙げた広域災害における情報共有の課題

 個人情報を官民で共有する被災者データベースは医療のみならず、福祉の分野でも重要になる。昨今では、災害で直接亡くなる災害死(直接死)のみならず、避難生活の心理負担や持病の悪化、医療体制の不備など、災害に起因する間接的な原因で亡くなる「災害関連死」が注目されている。実際、熊本地震では災害死(直接死)が50人だが、災害関連死はその4倍に上っており、能登半島地震でも災害関連死は直接死の2~3倍になると見られている。災害関連死を防ぎ、被災者たちに必要な支援を提供するために必要なのが、被災者データベースだ。

災害での直接死のみならず、間接的な原因で亡くなる災害関連死への対策も必要

 とはいえ、災害支援に関しては、すでにシステムがあり、縦割りの行政組織が連携を阻んでいる。そのため、データ収集、統合、可視化、意思決定までのプロセスを一気通貫で提供するのが重要だと西垣氏はアピール。「この被災者支援データベースの仕組みは、既存のシステム拡張では実現できないということが、石川県の今回の発見。この課題は、市町村業務と都道府県の業務の連携を平常時に実証できていたからこそわかった課題で、これをいかに国とやっていくのかが今、私がやっていること」と語る。

被災者支援の課題と対応についてのまとめ

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