第278回
ひたすら地味な自治体DX実現の道 キラキラを目指さず一歩ずつ
終わりのないDXの旅路 瀬戸内市が歩んだ5年間の意識改革
2025年08月19日 11時00分更新
これはひたすら地味なカルチャー醸成の話だ。人口減少や高齢化、産業の喪失などに悩む日本のどこにでもある自治体の1つ、岡山県瀬戸内市の自治体DX。5年間に渡ってDX戦略室が続けてきたのは、職員の意識改革だった。終わりのないDXの現時点までの旅路を、瀬戸内市DX戦略室の4人に語ってもらった。
DX戦略室に行ったら「DX自体がなかった(笑)」 太田氏、瀬戸内市に帰る
岡山県内の南東部に位置する瀬戸内市。瀬戸内海に面した風光明媚な地域で、特産物としては白菜、冬瓜、牡蠣、オリーブが有名。観光資源としては備前長船刀剣博物館が知られており、上杉謙信の名刀として有名な国宝の「山鳥毛」を5億円のクラウドファンディングで購入したことで知られている。
瀬戸内市は、もともと邑久郡として構成されていた邑久町、牛窓町、長船町の三町が合併して誕生し、昨年で合併20年を迎えた。人口は3万6000人で、他の自治体と同じく生産人口の減少と高齢化率の上昇が課題となっている。こうした課題と相対する瀬戸内市役所で、2021年に産声を上げたのがDX戦略室。そのシニアディレクターに就任したのが、瀬戸内市出身の太田 裕子氏だ。
太田氏はもともと富士通エフサスで30年ほど勤務し、サイボウズとは20年近い付き合いがあり、第1回目のサイボウズアワードも受賞している。太田氏は、「たぶんここにいるどなたよりもサイボウズとの付き合いは長いと思います(笑)」と語る。長らく東京で勤務してきたが、2017年に地方でのテレワーク実証実験を地元の瀬戸内市と取り組んだことで関係が復活。同級生だった武久 顕也前市長から「DXを加速させたい」という懇願を受け、瀬戸内市のDXに関わるようになる。
最初の2年は総務省の「地域活性化企業人」という制度を利用して出向。DX戦略室は太田氏を含めた数名で始まった。DX担当のシニアディレクターとしていっぱしの席も用意されたが、仕事を振ってくれる人は誰もいなかったという。「DXを加速してほしいという話で来たのですが、そもそもDX自体がなかったんです(笑)。2ヶ月くらい悶々として、しびれを切らして調査やヒアリングをしまくってDX戦略方針を立案したのが最初です」と太田氏は振り返る。
前例踏襲が好きな公務員 自ら改善する意識への変革が課題
育休明けでDX戦略室の一員に加わった二丹涼子氏も、最初はとまどいしかなかった。「9年間の育休明けで、いきなりDX戦略室配属だったので、本当に最初はキョトンでした。ITも強いわけではないし、DXという言葉ももちろん知りません。太田さんと仕事を始めてからも、わからない言葉だらけ。本当に外国の会議に出ているのかと思うくらいカタカナばかりで、会議に出てきた言葉をスマホで調べる毎日でした」と二丹氏は当時を振り返る。
太田氏がベースを作り上げた瀬戸内市DX戦略方針には、電子申請や会議のスマート化、市民・連携先・関連部門との情報共有、業務の効率化などが掲げられた。しかし、課題の本丸は職員の意識改革だったという。太田氏は、「ベンダーさんもいたし、システムもありました。でも、全然使われていない。主体性を持って自ら改善する職員の意識を醸成していくことがなにより重要だと思いました」と語る。
共創という形で前職で100社近くのkintone導入を手がけていた太田氏は、自治体での導入実績も豊富。自治体の課題やニーズは理解している……はずだった。しかし、「理解していると思っていたけど、やりだしたら理解していないことがわかった」(太田氏)とのこと。DX戦略室をベンダーのような感覚で捉え、「業務を説明すれば、すぐにIT化されるんでしょ」といった現場側の勘違いもあったという。
IT畑で育ってきた太田氏と異なり、生粋の公務員であるDX戦略室の吉川雄介氏は、「公務員って法律の通りに動かなければならないという意識が強いので、基本的に前例踏襲が好きです。『前の担当と同じことをやっていればいい』という考えの方もいます。これが太田さんが最初に来たときに感じた『職員の意識』という話につながっているんだと思います」と持論を語る。
DX戦略のために重要な意識の醸成。しかし、いきなりたどり着くのは難しいため、まずは職員に使えるツールということでスタートしたのが、前職で実績を持っていたkintoneだった。「前職でのテレワーク実証実験をやったおかげで、瀬戸内市にはkintoneのライセンスがありました。kintoneは全体構想の中の一部のツールではあるのですが、始めるにはkintoneが適していたんです」と太田氏は語る。
週刊アスキーの最新情報を購読しよう




