純水で洗ったような澄み切った音、クセがなくどこまでも冴え渡るサウンドにため息
振動板にダイヤモンドを採用したfinalの最上位イヤホン「A10000」
2025年04月24日 21時40分更新
訂正とお詫び:掲載時内容に誤りがあったため、修正いたしました。(2025年4月25日)
「これはヤバイ……」。この心のざわめきと高揚感は、すぐに言葉にするのが難しいです。finalが6月に発売する最新イヤホン「A10000」は、トゥルーダイヤモンド振動板を採用した規格外の新製品でした。
人は本当に驚いたり、感心したりした際に、すぐに言葉が出ないものなのかもしれません。その驚愕サウンドに触れた私もその一人でした。同席した多くの人も近い感想を持ったかもしれません。
これは人類が「初めて聞く音」かもしれない
4月24日、finalが振動板に“本物のダイヤモンド”を採用したイヤホン「A10000」を発表しました。本物というのは、樹脂素材の上にダイヤモンドのコートを施すのではなく、振動板自体がダイヤモンドであるという意味です。
finalは2019年にベリリウム振動板を採用したフラッグシップ機「A8000」を発売しています。同社はこれと並行してダイヤモンド振動板を搭載した製品の開発を進めていたそうで、その成果がついに世に出ることになりました。
finalのフラッグシップ機は「D8000」「ZE8000」など、型番に「8000」を使用するのが通例です。本機が採用したのは10000番ですが、これは「この突き抜けた性能であれば……」と満場一致で決定した名前だそうです。
ただ、その道のりは平坦ではなく、むしろ山あり谷ありの苦労があったようです。例えば、当初は日本で進めてきたというドライバー開発の挫折。実は、A10000の開発は、2020年ごろに一度暗礁に乗り上げ、紆余曲折と数多くの技術的なハードルの克服があったのち、ようやく世に出た製品なのだそうです。
筆者もその音を体験してみました。透明度が高く音源のあらゆる要素が把握できる見通しの良さ、深く引き締まった低域、空間に立体的に浮き上がる音像とそのフォーカスの正確さが印象的です。低音が強いとか中高域がいいなど傾向を語るのが馬鹿馬鹿しくなるほど自然でストレートな再現の機種で、良い面を挙げはじめたら止まらなくなるほどの驚きと感動がありました。
しかしながら、このイヤホンの性格を語るのは少し難しい気がします。それは誇張がなく、何も引かず、何も足さない音作りであるから。歪みを徹底的に取り除いたら、リアルな音がそこに現れた。そんな「磨き上げられた音」という感覚が強いです。その結果として、録音されていた音の本当姿が見え、聞き逃していたディティールを感じ取れる。そんな新しい発見と体験に心がざわめくのがA10000なのです。
製造機器から自社開発した気合いの入れよう
製品の特徴についても簡単に触れておきましょう。まず振動板はダイヤモンド製。最初に述べた通り、これはコートではなくダイヤモンドそのものです。この振動板はスピーカー用の部品などで実績のあるドイツのメーカーから供給を受けたものだそうです。
ダイヤモンドは地球上で最も硬い物質であり、オーディオ的にみても理想的な特性を持っています。ただし、比重が高く、ベリリウムと比べてかなり重いため、動かしにくくなるのがデメリットです。当初はその軽量化のため、薄型化を目指していましたが、これが非常に難しいものでした。しかし、開発を進める中で、音質を高めるために重要なのは、振動板の軽さではなく曲げ剛性の強さであるということが判明。重量については強力な磁石を使うなどすれば克服できるということで、開発を進められたといいます。
その次のハードルが振動板を動かすため周囲に設けられたエッジです。
動きやすく歪みにつながらない素材の選定に加えて、接着剤を使わない装着方法にもこだわりました。ここにはポリウレタン系でありながら加水分解しにくい新しい素材を採用しています。また、エッジ材料は分厚くし、揺れに強く歪みを減らす工夫をしています。これを分子を活性化させて熱と圧力をかける化学的手法=分子間結合を使ってつなぎ止めているそうです。
エッジと振動板を結合させる方法は「どんな物質でも化学的に付けられる」と豪語する協力企業と進めたものとのことですが、これも非常に難しく、開発費などの制約もあり、継続が困難となりました。しかし、開発を止めた1年後に改めて連絡があり、「この温度と圧力をかければ付けられる」という回答が得られたそうです。一度はあきらめかかったものの、委託された側にも意地があり、試行錯誤を続けていたようです。
結果、振動板とエッジを結合するのに必要な温度と圧力はわかりました。しかし、これを製造できる場所はまだありませんでした。そこでfinalは製造に使う機械を自社で制作することに決め、D8000用に使っていたものを改造し、空圧成形することで解決しました。
振動板の駆動に使うボイスコイルの選定にも苦労を重ね、自社製造に。
ここには、せっかくのダイヤモンド素材を活かすのであれば、ボイスコイルの力を最大限に発揮できるようにしたいという思いがありました。通常のコイルは熱を加えながら巻き、表面の接着剤を溶かすことで形を決めていくそうですが、接着剤が間に挟まるを嫌ってボビン巻きを採用しています。
ただし、細い線をコイルとして巻く際に、線が切れてしまうという問題もあり、その解決するために、細く強い線材そのものを開発することになりました。ボイスコイルから引き出した線はエッジに接着して固定するのではなく、自由に動く空中配線にしています。ここも線が切れやすくなる要因になりますが、アルミにある金属を添加すると劇的な変化が起きて切れにくくなることがわかり、線材に利用しています。これは金属に関する論文から得た知見で、元々はオーディオ業界以外の研究だったそうです。このボイスコイルは今後、finalのほかの製品でも活用していくそうで、開放型ヘッドホンの「DX6000」なども採用しています。
ステンレス製の筐体にはコート・ド・ジュネーブという特徴ある波状の装飾をあしらっています。切削加工で実現したもので、機械式時計などでも用いられている手法です。表面を削る磨き加工では出せない精度で加工できるのが特徴だといいます。ハウジングはネジで留める構造となっており、後からの修理も可能です。
端子はMMCXで、ケーブルは発泡テフロンを採用したシルバーコートケーブル(ePTFE被膜シルバーコートケーブル)です。潤工社のグレードの高いケーブルで、耐久性に加え、取り回しも考慮したA10000専用品となっています。MMCXはリケーブルで音の変化を楽しむためではなく、故障対応のために採用しており、ちょっと力をかけた程度ではケーブルを取り外せないほど硬く固定されています。実際の取り外しには専用工具(MMCXアシスト)に加え、治具(プレート)を用意する必要があり、finalもリケーブルを推奨していません。
また、市場では2pinやPentaconn端子などの選択肢もある中、あえてMMCXを採用しているのは、汎用規格であれば仮にfinalが倒産した場合でも修理ができるはずという信念があるためです。MMCXは規格が決まっているため、削り出して後から作ることもできます。ただし、寸法制度が悪いものと嵌合するとコネクター自体の精度も落ちてしまうため、抜き差しは推奨しないとのことです。
イヤーピースは、TYPE-EとFUSION-Gの2種類が付属。シリコンタイプと2層イヤーピースの2種類となります。
歪みを極限まで減らした先に見えてきた世界があった
音については、すでに印象を書きましたが、「音圧/周波数特性も歪みも極めていい」のが特徴です。周波数特性としては、低域を削らず10〜100Hzの部分の音圧を維持しているのが特徴です。
finalの細尾満代表取締役社長によると、「これまでのfinalの考えは、30Hz以下、50Hz以下などの重低音は少し落とした方がボーカルに被らず、聴きやすくなる」というものでしたが、「これは低域が歪んだ結果、上の帯域に悪影響が出るためであり、低い領域でも限りなく歪みが少ないA10000を開発する過程で考えを改めた面もある」そうです。結果として、「密閉型のハイエンドオーディオ機器だけが出せるような超低域の音階感をこの機種でも感じられるようになった」としています。
もちろんこれは超低歪みの再生ができるダイヤモンド振動板だからこそできるという側面があります。
細尾氏のコメントで印象的だったのは「既存のイヤホンを改造しても上手くはいかない、色々投入して初めてわかる世界」であり、「真っ当なことを頭おかしいぐらいやって、普通の音の基準を変えたい」と思ったという執念を感じさせるコメントでした。
ダイヤモンドっぽい音などと評価される癖のある音にはせず、特性をいじった変な音作りや強調の利かせ方などは考えていない点がA10000にこめたfinalならではの音作り。これは「ある意味普通の音」とも言えるが、「真面目にやったらこんな音になる」という提案とも言えそうです。
A10000の開発を通じて、finalの社内でも普遍的な音の基準を変えていこうという動きが出てきています。A10000は、2019年のA8000を超えるという意気込みでスタートしたプロジェクトでしたが、細尾社長自身が「自分自身でもいいものができたなと思っている。ここまでできたのは過去あまりなかった」と自画自賛するほどの出来栄えの機種に仕上がっています。そして、これにいち早く反応したメディア関係者の様子は冒頭でも紹介した通りです。
A10000の感度は99dB/mWで、インピーダンスは13Ω、質量は63g。ケーブル長は1.2mで端子は4.4mmバランスとなっています。直販価格は39万8000円で発売は6月を予定しています。
全世界300台限定のコレクターエディションも同時発売
なお、A10000には初回300ロット限定の「A10000 Collector’s Edition」も用意されています。基本的な内容はA10000と同じですが、外観がコート・ド・ジュネーブを施した限定色「ゴールドカラー」のステンレス切削筐体となり、特別な桐箱に収納して出荷されます。また、finalロゴ入りの「すずがみプレート」も同梱する豪華仕様となっています。価格は3万円高い42万8000円です。
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