オノマトペ×AIで素材選びを実現
画像生成は可能だが、感性を実際のものづくりに活かすことは可能か? たとえば、「シュッとした未来感のある●●」「スタイリッシュで革新的な●●」を実現するための素材選びを可能にする事例だ。「「素材の感性価値定量化」によるオンライン素材探索・開発プラットフォーム」と呼ばれるプロジェクトだ。
坂本氏はメーカーとのコラボで、AIと特許技術を組み合わせることで、感性から素材を選択する感性AIによるものづくりプラットフォームの構築を行なってきた。具体的にはさまざまな素材を人間がさわり、オノマトペ1語で表現したデータベースを構築。感性的なコンセプトでものづくりをする場合には、メーカーが持っている素材の物性に付与されたオノマトペのデータを組み合わせ、ChatGPT、画像生成などを組み合わせて深掘りし、素材をリコメンドしていくという。「どういう物性だとつるつると感じるかを学習していくと、素材にアノテーションがなくても、当てていくことができる」(坂本氏)。
島澤氏は、「私は生成AIをけっこう使って、学んでいる方だと思いますが、坂本先生と初めてお話ししたとき、こうした物性をAIによって分析し、商品開発に活かすというのは、実は生成AIの王道の使い方ではないかと、衝撃を受けたんです。この作ろうとする物理的なモノにどういう価値を与えたいのか、肌触りのよいスマホケースをどのような素材で、どのように設計するのかはなかなか難しいテーマ。でも、感性AIを使えば、R&Dや試作のステップはけっこう減ると思う」と感慨深そうに語る。
坂本氏は、「やはりないものを作ろうと思うと、試作を繰り返すしかない。車の部品メーカーが何百万円もコストをかけて、もう少しつるつるさせたり、金属っぽくしようとしている。この試作をしないで済むようになると、すごくコストカットになると思う」とコメントする。感性AIを使えば、最初の段階でイメージに近い試作を作れるので、現場のものづくりに貢献できるわけだ。
AIの指示でオノマトペから商品を作る
後半は会場からの質問に答えたり、島澤氏とのフリートークになる。まずは「ラーメンと衣服だと『つるつる』の意味は違うので、以外と判定難しそう」という参加者の声。坂本氏は、「これだけで2時間は話せるんですけど、ものづくりのプラットフォームでは、同じつるつるでも皮とラーメンは別物で出しています」と説明。その上で「もともとオノマトペに興味を持ったのは、ラーメンと衣服で同じつるつるなのはなぜか、疑問を持ったから」と語る。
「川がさらさら流れる」「笹の葉さらさら」「髪の毛がさらさら」はどれも「さらさら」が使われているが、実は音という共通点があるという。さらさらのオノマトペは音から来ており、人間は同時に複数知覚できるため、さらさらの音から触感へという「感覚の転用」が起こる。だから、ラーメンと衣服のつるつるは違う用途だが、由来は共通しているという。
坂本氏のYouTube「fuwariチャンネル」でも、オノマトペから商品を作るという試行が披露されている。たとえば試作した「オノマトペパン」はAIの指示に従い、ホームベーカリーの素材の分量を変えて、「かりかり感」や「むっちり感」を再現しているという。
ものづくりプラットフォームでは、こうした物性だけではなく、素材の柄から得られる視覚的な印象も評価している。「落ち着いた印象」「暗い」「親しみのある」などを素材の見た目にタグ付けするわけだ。また、世界観を表現するポエムを生成する取り組みも行なった。分譲マンションの広告はたまに「マンションポエム」と言われるが、そういった分野ではすぐに応用できそう。「なにすれば楽しいかを考えるのが人間なので、人間として毎日楽しんでますね」(坂本氏)
ソフトウェア領域においてオノマトペは活かせるのか?
続く会場からの質問は「ウイングアーク1stが手がけているソフトウェア領域において、オノマトペの応用はできるのか?」というもの。これに対しては、まずものづくりプラットフォーム自体がソフトウェアであること、そしてマーケティングツールとしても展開しており、商品の世界観を広告キャッチコピーを考えることも可能。加えて、これらのコピーがどのような印象を見た人に与えるかまでを推定し、人間の意思決定に活かすことができるという。「ポケモンのどちらが強そうかを分析することができる」(坂本氏)。
島澤氏は「われわれのような会社は、ユーザーに製品を通じて、どういう印象を持ってもらいたいか? たとえば『キビキビとした製品』と言われたらうれしいけど、『もっさりした製品』と言われたら悲しい。キビキビだったら、どんなレスポンスやUI設計なのか。そういうところまで追い込めたりするんですかね」と質問する。
これに対して坂本氏は、「HIDデバイスの操作感についてオノマトペを活用したことあります。『サクサク感』を追求するために、どれくらいのスピードにするとサクサク感が出て、どれくらいだと速すぎるのか、ちょうどいいしきい値を推定することもできます」と回答する。ゲームのコントローラーでも形状やデザイン面の「しっくり感」を作り出すことも可能だという。
島澤氏は、ソフトウェアメーカーとして感性AIに高い期待を寄せる。「われわれの製品もクラウド経由でエンドユーザーが直接触れることが増えている。ソフトウェアから得られる感覚ってとても重要になっているので、レベルアップするなら投資したい」と述べ、会場にいるCFOを紹介する。「私は面白いモノを作って世間をアッと言わせたいんです。欧米の企業だけではなく、日本発でオノマトペで面白いモノを世界に発信していきたいと思っています」(坂本氏)。
感性AIはモノづくりや付加価値作りに寄与できるか?
今までで一番引き合いがあったのは、実は医療系の案件だという。たとえば、「ズキズキ」「ガンガン」「ムカムカ」といった不調を示すオノマトペをデータ化する取り組みをやってきた。この試作に取り組んだきっかけは、「海外で病気になった人が病院に行って、『頭がズキズキする』『頭がガンガンする』と説明しても、同じ英語になってしまう」という課題。しかし、感性AIでオノマトペをデータ化すれば、痛みをパラメーターで表現でき、しかも多言語でも展開できるという。
ただ、残念ながら「お蔵入りしている」とのこと。「ニッチだけど、ニーズはありそうな気はしますけどねえ」と島澤氏が語ると、「いっぱい作るの得意で、役に立つモノも作っているのですが、やっぱりマネタイズって難しい」と坂本氏。血圧計のアプリはあくまで血圧計に付加価値をもたらすビジネスであり、単品で普及させるのは難しいというわけだ。「単体だとうまくいかないけど、何かに組み込むときっといいことあると思う。これは人間が考えること。会社始めたけど、なかなか難しいなと」(坂本氏)。
さらに会場から「日本語以外にもオノマトペはあるのか?」という質問。これに対して坂本氏は、「お隣の韓国語の方が、日本語よりオノマトペは多い。英語もオノマトペに相当するものはないが、Flappyとか、ZigZagとかはある。ただ、日本語は『さらさら』=『手触り』とか、一番擬態語が多い」とさすがアカデミックな回答だ。
坂本氏の野望は日本語のオノマトペを世界共通の表現にすること。「いろんな国の方が研究室にいたので二者択一実験を行なったのですが、ウレタンと人工芝を触らせると、みんな間違いなくウレタンはもわもわで、人工芝はゴワゴワって言うんですよ。だから、音の感覚と手触りって、ちゃんと一致する。さらさらがわからなくても、なにか感覚は伝わる。うまく世界に拡げたい」(坂本氏)。現時点で、一番グローバルで通用するオノマトペは漫画。「ゴゴゴゴとかは、そのままカタカナで書かれている。そこは感覚で伝わるのでは?」と語る。ゲームやアニメなどエンタメ領域から、こうしたオノマトペは拡がっていきそうだ。
今後の展望として坂本氏は、「多様性を尊重する感性のAIでノーベル賞を目指せる時代になっているのではないか? 世界の方に感性の重要性を理解してもらえるようなっている」とコメント。島澤氏は「感性を重視してモノを選ぶ時代はすでに来ていると思うし、これからますます加速すると思う。今まで感性を改めて考えることはなかったかもしれませんが、私たちの購買や商品開発にかなり大きな影響を与えている。こうしたものを取り扱えば、みなさんの商品開発にもより価値を与えられると思いますし、今回のセッションは私にとってもいい機会でした」とまとめた。
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