建設用鋼製下地材を手がける桐井製作所は、Backlogを使って外部の開発会社と連携を図ってきた。そもそもタスク管理という概念がなかった同社にBacklogやアジャイル開発などを持ち込んだのは、IT畑が長かった執行役員 CDOの澤田陽介氏。「発注のプロ」になるためのBacklog活用、オンボーディングや外部業者との連携におけるベストプラクティスなどを聞いた。
上流工程はなるべく内製化 とにかく外部への丸投げはしない
桐井製作所は今年3月で創業60年を迎えた建築用鋼製下地材を中心とした建材製品の総合サプライヤー。2024年3月期の売上は1263億円に上る。
鋼製下地材とは天井や壁に利用される鉄や鋼で作られた下地材を指し、開発・製造を手掛ける同社は国内に10ヶ所の生産拠点を設置、全国約45%の販売シェアを持つ。鋼製下地材の耐震化にもいち早く取り組み、耐震天井の開発、普及活動にも注力。石膏ボードをはじめとした内装建材資材も幅広く販売しており、51ヶ所の物流拠点も同社の大きな強みになっている。近年では業界のリーディングカンパニーとして、人手不足やデジタル化といった内装工事店の課題解決に一緒に取り組んでいる。
今回インタビューした桐井製作所 執行役員 CDOの澤田陽介氏は、「見積もり、受注、現場へのデリバリまで、すべてワンストップで提供できるのが当社の強みです。われわれのお客さまである工事店さまから、この現場にどの商品をいつまでにどれだけ搬入してくださいというオーダーをいただき、弊社の建材だけでなく、他社の内装建材も併せて納品できます。製造業でありながら、限りなく商社に近い業態になっていると思っています」と自社のビジネスを分析する。
一方、課題はモノ主体からコトへの視点の切り替え。業態がサービス業にきわめて近づいているのに、モノ売りの発想になっていた。「そもそも社内の開発部から自社独自の製品を市場に投入し、開拓できている実績がある。ユーザーや営業の要望をビジネスとして具現化、収益化するのが苦手な組織ではないと思っている。それがなぜかITの話になると途端にモノの売り買いに視野が低くなってしまう」と澤田氏は語る。このマインドセットを改革するのが大きなテーマだった。
澤田氏は、もともとSIerとして同社のIT導入を支援していた立場で、IT戦略担当の部長として桐井製作所に入社したが、過去には事業会社やコンサルティングの経験もある。現在は、本社の執行役員としてIT戦略を中心に幅広く見る立場にあるが、大規模な基幹システムのリプレースもその1つ。業界としてはまだまだIT化が遅れている業界。特に弊社の場合は、事業が急成長したという背景があるので、業務パッケージにカスタマイズを重ねてきたシステムでは、データの数も、扱う帳票の数も、自社にあいません。そんな中、事業の成長規模に合ったERPの導入を進めています」(澤田氏)。
基幹システムの導入と並行して進めてきたのは、現場が使う情報システムの整備だ。営業組織の改善としてSalesforceの導入を実現し、内製化していたシステムのクラウド化、コーポレートサイトのフルリニューアルも完了させてきた。「上流工程はなるべく内製でやりつつ、パートナーをうまく活用できるようにしています。ITへの投資は効果が見えづらいので、なるべくシステム資産だけではなく、効果が人にも残るように意識しています。とにかく開発会社へ丸投げにはさせない」と内製化にこだわってきた。
Excelでの課題管理に限界 外注がうまく使えない
SIerやコンサルの時代、内製化を断念し、結局外部に委託してしまうという失敗例を澤田氏はいろいろ見てきたという。なぜ失敗してしまうのか? 澤田氏が桐井製作所に入社し、自社の業務や働き方を検証した結果、IT業界とその他の業界で決定的に違う部分に気がついたという。「仕事を管理する上での最小単位の考え方が違う。タスクレベルまでばらして仕事をする感覚が、IT以外の業界には欠けているのではないか」と澤田氏は指摘する。
比較的新しい業界であるIT業界は、ソフトウェア開発などの工程でタスクの概念が生まれ、成熟し、今日では当たり前になっている。「IT業界は結局どれだけ人が動いたかでコストが算出されるので、タスクレベル、チケット単位まで業務を細分化しないと、そもそもお客さまへの請求ができない。だから、必然的にそうなった」と澤田氏は分析する。
これに対して、従来型のモノ売りの業界はもっと荒い粒度で仕事を行なっても回っていた。しかし、タスクベースのIT業界に仕事を発注する際には、既存の荒い粒度での発注ではうまくいかない。「過去、メールベースでアジャイル開発を行なったことがあるのですが、これはキツかった。発注者のスキルや能力などに依存してしまうので、属人化してしまう。なんらかのツールを用いないと、プロジェクト管理は難しいと感じました」と澤田氏は語る。こうした観点から導入したのが、ヌーラボの「Backlog」になる。
チケットドリブンのBacklogで精度もスピードもコスト意識も向上
導入前、課題の大きかった事例として紹介してくれたのが、クラウドFAXのプロジェクト。FAXをクラウド上で受け取ることで、汎用機を使わずとも、PC上でのPDFのやりとりが可能にするというプロジェクトで、澤田氏が入社する以前から動いていたという。
クラウドFAXのプロジェクトは外部の業者と連携して開発を進めていたが、ここでの問題点は課題管理をExcelとメールでやっていたことだった。Excelでの課題管理だと、書いた人のスキルや捉え方でタスクの粒度が変わってしまうので、属人化してしまう。「課題の最小単位がExcelの行単位。タスクの粒度も荒いですし、それぞれバラバラでした。最新の課題も、レスポンスがあったのかも、わかりにくかった」と澤田氏は振り返る。
まずは、このクラウドFAXのプロジェクトにBacklogを導入した。澤田氏自身は過去に他社のツールを触った経験も、Backlogを導入したこともあった。「他社のツールは高機能の裏返しとして、初期設定のハードルがとても高い。海外サービスの場合だと、ドキュメントが英語なので、教育コストも高い。その点、Backlogは契約したら、初期設定ですぐに使えます。専任の管理者を置かなくてもなんとかなる点が、大きなメリットです」と澤田氏は語る。
Backlogの場合、さまざまな機能がテンプレート化されていて、シンプルな分、カスタマイズ性が低いという指摘もある。その点、澤田氏は「たとえば、課題が(二階層の)親子課題までしか作れないと言われますが、他社ツールでは課題の階層制限とあわせて厳格な運用ルールをさだめることで品質を担保していた。初学者中心のチームであれば最初から親子課題しか作れないBacklogの方が結果的にうまくいく」と意に介さない。タスクを三階層にしてしまうと、真ん中の課題の定義が揺れ始め、終わらない課題が出てしまうというのが澤田氏の持論だ。
ExcelからチケットドリブンのBacklogに切り替えたことで、やりとりの精度も向上し、開発スピードもアップした。「チケットに対してツリー型でタスクがぶらさがるので、レスポンスもわかるし、関連ファイルもどんどんアップデートされます。これはExcelでは難しいことでした」と澤田氏は語る。
また、各自のスキルに依存せず、仕事の進め方を統一できたのも大きかった。「IT業界では仕事の進め方が標準化されていますし、エンジニアのスキルや知識もある程度担保されています。Gitの影響も大きいですが、コミット前提の仕事の進め方にせざるをえない。一方、事業会社のExcelやメールの仕事のやり方は『型』がないので、未経験の型はどうやればいいかわからない」と澤田氏は指摘する。その点、仕事の進め方に関する制約と型を規定できるBacklogは事業会社にも向いているという。
さらに業務がタスク化されることで、仕事が定量化され、コストや時間を意識するようになった。「モノの売買を主としている業界の人たちって、人が1時間動いているのにいくらかかっているという感覚が希薄になりやすい。でも、これがチケット単位での発注になると、人手にコストがかかること、時間にお金がかかるという『人月』の概念をおのずと意識するようになります」と澤田氏。
非ITの会社にタスクという概念が導入されることで、人月でのコストや作業量が定量的に見えてくる。これが外部連携におけるBacklogの大きなメリット。数プロジェクトをBacklogで回すだけで、1人月でどれくらいのコストがかかるのか、どれくらいの作業ができるのかが、非ITの人間でも把握できるようになった。「これができるようになると見積もりができ、見積もりができるようになると、ディレクションまでできる。ここまでの教育がExcelやメールに比べて圧倒的に早い。これがBacklogのメリットだと考えています」(澤田氏)。
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