10月18日、神戸でクラウドプロダクトを手がけるデジタルキューブは、2年前にM&Aを行なったヘプタゴンとともに東京証券取引所が運営するTOKYO PRO Marketへの上場を果たした。地方を基盤とする2つのIT会社が上場でなにを目指すのか? デジタルキューブの小賀浩通氏、立花拓也氏、和田拓馬氏に話を聞いた。
地方発の2つの会社がM&Aの次になにを目指したのか?
神戸のデジタルキューブはWordPressをAWS上で提供するためのサービスを展開している。本社は神戸市にあるが、創業当初からフルリモート勤務を実施している点が特徴的だ。そんなデジタルキューブが2年前にM&Aで子会社化したのが、青森の三沢に本社を持つAWSインテグレーターのヘプタゴンだ(関連記事:デジタルキューブ、クラウドによる東北の課題解決を掲げるヘプタゴンを買収)。フルマネージドサービス、開発、内製化支援の大きく3つのメニューを展開しており、地場のパートナーと連携してAIの部分を担当したり、クラウドの開発支援を行なったりしている。
神戸と青森の地方企業同士がM&Aを経て、組織として統合され、次に目指したのが上場だ。この背景には、個人事業に近い形から会社をスタートさせ、会社として事業を成長させてきたものの、その次どうすべきか?という創業者ならではの悩みがあったという。デジタルキューブ代表取締役社長の小賀浩通氏、ヘプタゴン代表取締役/デジタルキューブ取締役の立花拓也氏はこう語る。
「僕も、立花君も、長らく一人親方みたいな感じで、AWSを使って地方発のビジネスを展開してきました。でも、コロナ禍の頃くらいから、会社を今後継続させていくにはどうしたらよいかをわりと真剣に悩むようになってきたんです。立花君とも、『オレたちが倒れたら、会社やばいよな』という話をしてました。その結果、ヘプタゴンをM&Aするという形になり、まずは一人きりじゃない状況はできた。そこから次の世代に渡すための選択肢を検討するようになったんです」(小賀氏)
「小賀さんから次の世代の話をされたときは、最初はあまりピンとこなかった。でも、話を聞くと、確かにそういうことを考えなければいけないタイミングなんだと思いました。その点、ヘプタゴンから見れば、デジタルキューブは企業の成長ステージで一歩先を行っているんです。だから、M&Aの話が来たときには、いっしょに成長していくイメージが具体的にわきました」(立花氏)
家業か、M&Aか、上場か? 身の丈にあったプロマーケット市場に出会う
次世代にいかに事業を渡していくか、選択肢は3つあった。家業として子供に事業を渡すのは「僕も、立花君も、そういう感じじゃないよね(笑)」(小賀氏)ということで、まずは却下。大きな会社の傘下に入るM&Aという選択肢も、そもそも事業にフィットした相手を見つけるのは至難の業だし、自らビジネスを主体的に行なえない可能性がある点に抵抗感があった。そして3つ目が今回の上場という選択肢。ただ、グロース市場やスタンダード市場は売上規模や成長性という観点ですぐには難しいと感じた。そんなときに知ったのが東証の「TOKYO PRO Market」(以下、TPM)という選択肢だ。
TPMは、株式取引を特定投資家等に限定した市場である。一般市場だと多くの株主に参加してもらうため、外部の目線を得て経営ができるというメリットがある一方で、短期的なリターンを求める株主のリクエストに応える必要もある。一方、TPMはオーナーシップを維持したまま、後述するさまざまな上場のメリットを享受できる。デジタルキューブの管理部長である和田拓馬氏はこう語る。
「TPMは、時価総額や売上高という形式基準がなく、会社のガバナンス基準が一般市場と同等に確保されているかという実質基準だけで認められるという特徴があります。だから、売上高数億円の会社でも上場という選択肢がとれる。特に商圏が限られていて、毎年2桁の成長は難しいといった地方の会社でも、安定した事業を営んでいれば上場が可能なんです」(和田氏)
首都圏に本社を置き、急成長を目指す会社は一般市場を選ぶことが多いが、TPMは過半数以上が東京以外に本社を持つ会社だという。地方の情報通信業、不動産業、小売業、福祉や介護などのサービス業などが多く、地元で認知があり、手堅くやっている会社が上場しているという。
「TPMなら、会社としての仕組みを構築して、次世代に渡すという自分たちのやりたいことができるはず。僕たちの成長にフィットするのではないかと考えました」(小賀氏)
上場で得たい成果は資金調達ではない
一方で、TPMは市場にオファリングを行なうのが前提のIPOと異なり、資金調達の選択肢にはなりにくいという特徴もある。では、なぜ上場を目指すのか、立花氏と小賀氏はこう語る。
「1つは外からの評価。この会社はきちんとガバナンスが効いている、きちんとした経営をしているという点をお客さまや取引先に示すことができる。ガバナンスは足かせではない。むしろ自由に経営を行なうため、変な方向に進まないためのガードレールとして機能すると思っています。組織として向かう方向がより明確になって、成長もしやすくなる。ビジネス面でも大きな効果があると思っています」(立花氏)
「あとは採用ですね。地方では自分の子供に継がせるために会社組織化することも多いですが、それだと地元の優秀な若者はその会社を選ばない。活躍できる選択肢が多い首都圏に行くので、地方から若者がいなくなってしまう。会社を継続し、成長させていくためには採用は絶対なので、上場企業という評価と信頼は重要だった」(小賀氏)
後者の採用に関しては、地方の生き残り戦略として、非常に鍵になると感じられる。人口が首都圏に偏重する最大の原因は、やはり地元に働き口がないから。若者は地方を離れて、首都圏で就学・就職し、地元に戻ることは少ない。仕事があっても給与水準が低く、働き方やテクノロジーへの追従も首都圏の会社から大きく遅れてしまっている。神戸と青森で長らく活動してきた両者だからこそ、こうした状況をなんとか打破したいという考えに至る。小賀氏と和田氏はこう語る。
「うちは創業当初からずっとリモートワーク前提。リモートワークできるからという理由で入社してくれる人が多く、この2年で人数は倍になりましたが、面接すると『地元で働きたいけど、しようがないから首都圏にいる』という人は本当に多いんです。そういった人たちに地方で働けるという選択肢を提供したい。採用する側も、就職する側も選択肢が少ないという地方の状況をなんとかしたい」(小賀氏)
「僕は香川県にUターンしてきた組。田舎から出たいということで、関西で就職し、縁があって海外にも3年駐在しました。コロナ禍がきっかけで戻ってきたのですが、戻る前は地元でこれまでと同様の仕事はできないと思っていました。でも、小賀さんと出会って、デジタルキューブに入って、リモートでもやりたい仕事ができるというのが現実的な選択肢となりました」(和田氏)
上場という選択肢を前向きに考える地方企業を増やしたい
昨年、展開を開始したのが上場準備に特化した「FinanScope(ファイナンスコープ)」だ。同社とヘプタゴンで共同開発したSaaSプロダクトで、自社でのノウハウを元に、上場を円滑に推進するためのプロジェクト管理サービスを提供する。従来のWordPressやAWSとは異なる新しいチャレンジでありながら、上場したい地方会社を応援し、コミュニティ化するデジタルキューブグループらしいサービスでもある。
「上場準備を進める際のプロジェクト管理手法がめちゃくちゃレガシーだったんです。だから自分たちでプロダクトを作ってみたら、監査法人や証券会社の方からすごく評価をいただいて、サービス化にいたりました。FinanScopeがあれば、地方にいても、専門家がいなくても、誰がいつなにをやればいいかがわかります。私たちも実際にこれを使って、2年間で上場にたどり着いたので、きちんと実績もあります」(小賀氏)
今後は自らと同じように上場を目指す地方企業を増やしたいという。上場のハードルが一般市場と比べて低いTPMを足がかりに信頼される会社組織としてのガバナンスを確立し、次世代にきちんと事業を渡す仕組みを構築する。ノウハウやツールを共有し、地方を盛り上げたいというのが3人の想いだ。
「地方の企業にとっては、M&Aも、上場も、まだまだ一般的ではないし、ネガティブに捉える人もいます。TPMだって知らない人がほとんど。でも、地方の会社でもそういう選択肢がとれるということを、自ら示してきたいという想いもあります」(立花氏)
「日本には約260万社の株式会社があるんですが、上場しているのはわずか0.15%、3800社くらいなんです。しかも、そのほとんどが大都市圏に集中していて、市場構造も歴史の長い会社が9割を占める逆三角形になっています。これって、新しい会社が育ちにくい環境だし、健全な市場とは言えないと思うんです。理想は、若い会社も中堅も大企業もバランスよくある正三角形の形なんですよね。だから、まずは、地方企業や新しい会社がチャレンジしやすいTPMを活用する。そこから徐々に上の市場を目指せるような成長パスを示していく。これが大事だと思うんです。こうすれば、大都市圏一極集中も緩和できるし、多様な企業が活躍できる場も増える。結果的に、日本経済全体が元気になる。そんな世界をつくることを、私たちは全力で支援していきたいんです」(小賀氏)
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