週刊アスキー

  • Facebookアイコン
  • Twitterアイコン
  • RSSフィード

これからのイヤホンに個人最適化が必要な意味を再認識、NUARLとAudiodoの協業で生まれる新製品「Inovatör」とは?

2024年07月11日 07時00分更新

NUARLのInovator X878、MEMSスピーカー搭載のハイブリッドイヤホン

あくまで音はダイナミック型ドライバーが中心?

 NUARLのX878は、xMEMSのMEMSスピーカーを使用した完全ワイヤレスイヤホンで、その試作機は昨年末からヘッドホン関連イベントで展示されてきた。特徴はMEMSスピーカーを用いたハイブリッド型イヤホンであるという点だ。

 ただし、NUARL Driverというブランドこだわりのダイナミック型ドライバーを補う形で、MEMSスピーカーを追加搭載している。MEMSスピーカーは音の歪みが少なく、高域までの伸びる再生ができるなど、デバイスとしての素性がよく、注目を浴びているデバイスだが、実はただ組み込めばいい音が得られるというわけではないというのがNUARLの考えだ。

 NUARLは基本的にはフルレンジのシングルダイナミック型ドライバーで高音質を追究するのがコンセプトのブランドでもある。単一のドライバーとすることで、高域から低域まで音に一貫性が得られ、不自然な音や強調を出さない点がこだわりだ。特に異素材の組み合わせは音のバランスが崩れる要因になりやすい。

NUARLのInovator X878、MEMSスピーカー搭載のハイブリッドイヤホン

炭素系素材の振動板では高域にディップが乗りやすい。

 ただし、従来使用してきた炭素系素材の振動板は、音のキャラクター自体はブランドの理想に近いものの、高域にディップが出やすいというのが懸念点だった。MEMSスピーカーはこの欠点をうまく補ってくれる性質を持ち、親和性が高いと考え、採用に踏み切ったという。とはいえ、その組み合わせ方は少々特殊だ。MEMSスピーカーが担当するのは9kHzより上のかなり高い周波数帯に限定し、声などの中域に影響が出ないようにしている。

NUARLのInovator X878、MEMSスピーカー搭載のハイブリッドイヤホン

9kHzのクロスオーバー(高域とそれ以外の分割)はハイブリッドイヤホンとしてはかなり珍しい設定だ。

 さらにX878では、ダイナミック型ドライバー用とMEMSスピーカー用に独立したDACとアンプを使用する2x2 Soundテクノロジーを採用している。これはMEMSスピーカーとダイナミック型ドライバーの周波数カーブの特徴が違いすぎるため、一様にイコライジングすることができないこと、特に音数が多い音源では破綻しやすい点が挙げられる。また、MEMSスピーカーを駆動するためにはバイアス電圧を掛ける専用のアンプが必要である。ネットワーク回路で高域とそれ以外の帯域を分割したあとにこのアンプを通す仕組みにすると、ネットワーク回路の歪みをそのまま増幅してしまいかえって音が悪くなる原因になりうるのだという。

NUARLのInovator X878、MEMSスピーカー搭載のハイブリッドイヤホン

2x2 Soundテクノロジーの解説図。

 そこで、デジタル領域で高域とそれ以外を分割し、別々のDACでそれをアナログ信号に変え、かつ異なるアンプで増幅し、それぞれのドライバーに合った個別の音響調整、クロスオーバー歪みの回避などを行う仕組みになっているそうだ。

 ちなみに、X878は最近音質改善のために、ダイナミック型ドライバーそのものを変更したそうで、改めてチューニングをしなおしている状態だという。ハード的には8割方完成している状態とのことだが、ソフトウェアのデバックと最適化、そして音質調整などの過程を経るため、製品の発売は2024年の第3四半期を目指している状態だという。過去のイベントでデモした音とはかなり異なるものになっているようなので、その音の進化にも期待したい。価格などについても現時点では未定だ。

パーソナライズをする意味は確かにありそう

 会場では音響調整前の試作機ではあるが、X878にAudiodoの第4世代技術を組み合わせたデモ機が用意され、個人最適化の効果を確かめることができた。

NUARLのInovator X878、MEMSスピーカー搭載のハイブリッドイヤホン

 医療グレードの聴覚テストということだが、方法としては専用アプリを用い、左右それぞれのイヤホンで6つの周波数帯の音を大小さまざまな音量で聞き、「聴こえる」「聴こえない」を選んでいく方式となる。音はかなり正確な精度を追究しているというか、相当に小さな音まで含まれるので、防音された場所でテストするのが望ましい。

 Audiodoの技術の特徴として、外部のスマートフォン側で音を再生し、それをイヤホンに飛ばすのではなく、テストトーンをイヤホン内で直接再生する仕組みになっている点が挙げられるそうだ。これはコーデックなどを挟むことで、音がひずんだり劣化するのを防ぐためだという。また、補正データはイヤホン側に書き込まれる仕組みだ。一度聴覚テストを済ませてしまえば、別のスマホやプレーヤーで再生した音も、個人最適化した状態で再生されるのも特徴となる。

NUARLのInovator X878、MEMSスピーカー搭載のハイブリッドイヤホン

テストが済むと、写真のように左右の耳の特性に合わせたカーブが表示され、適用/非適用を選択できる。

 実際にやることは健康診断などで実施する聴力診断をより厳密にしたものという感じ。デモ会場は少々にぎやかだったので、完璧な状態で設定できたかどうかは分からないが、筆者も自分の耳に合わせた特性で音楽を聞き比べてみた。短時間の体験ではあったが、確かに音の聞こえは変わる印象で、音全体の抜け感が向上したのを実感できた。

NUARLのInovator X878、MEMSスピーカー搭載のハイブリッドイヤホン

個人最適化をしたうえで、さらにイコライザーも利用できる。

 最初の製品が出た2019年頃と比べると、こうした個人最適化の技術もだいぶ進化してきた。これはAudiodoに限らない話であり、特に高級ワイヤレスイヤホンで、その実力を最大限に引き出すためには、素のままの再生ではダメで、個人の聞こえに合わせたDSPによる補正が必須であるという考えも徐々に浸透してきたように感じている。

 また、もともとは音楽体験の向上を目的としてきたAudiodoのアプローチも少しずつ変化しており、聴覚補助デバイスとしての改良にも取り組んでいるそうだ。聴覚補助デバイスは、補聴器のような医療機器ではないが、加齢などで耳の聞こえが衰えたり、日常生活のさまざまなシーンで直面する音の聞きにくさを解消できるデバイスとして海外で注目を浴びている。

NUARLのInovator X878、MEMSスピーカー搭載のハイブリッドイヤホン

パーソナル機能の説明

 NUARL製品でAudiodoの技術を取り入れる背景には、ユーザーの嗜好に合った音楽の再生や多様性への適応、そして音響性難聴の防止などがあるそうだ。大きな音で音楽を聞き続けることによって難聴になる危険性が高まる点は、様々な場所で叫ばれている。ついつい音を大きくしてしまう理由は、再生音と聴感との差異によるところが大きい。つまり、イヤホンで聞いている音で聞きにくい帯域などがあると、そこをよく聞くために過剰な音量にしてしまうということだ。

 音の聞きにくい部分が減れば、こういった問題の解決にもつながる。AudiodoとNUARLの協業は音楽を聴くという体験を高めるだけでなく、いい音を感じられる耳を長く保つという観点でも重要な試みと言えるだろう。

■関連サイト

この記事をシェアしよう

週刊アスキーの最新情報を購読しよう

本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合があります