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〈後編〉つむぎ秋田アニメLab 櫻井司社長ロングインタビュー

日本アニメの輸出産業化には“品質の向上よりも安定”が必要だ

新興アニメスタジオの強みは“ブランドがない”こと

―― クオリティーの高さではなく安定に重きを置くこと、それを提供できるクリエイターが社内で育つ環境を用意されていることがよくわかりました。そして、どんな産業でもそうですが、クオリティーはコストとのバランスが問われる要素でもあります。

櫻井 経営という観点からは、結局のところ“どれだけコストを減らせるか?”ということに尽きると思います。限られたコストのなかで、どれだけ“良い”と思ってもらえるものを作れるか、ということですね。

 そういう意味では、我々が地方の無名な新興企業である、という点もプラスに作用していると思っています。当然出せると期待されるクオリティーやブランドというものが存在しませんから。「これがウチのクオリティーです」とプレゼンして、クライアントがおカネを出してくれるなら成立してしまう。

 仮に既存の背景会社さんや作画会社さんがUnreal Engineを使ってやってみようかと思っても、自分たちのブランドがあり、期待させるクオリティーがありますから、そのラインから下げることが難しい。

 『果たして従来のようなクオリティーが出せるのか?』という検証に専門家を招いて、社内クリエイターたちの作業を止めて……とやっていると、莫大なおカネと時間が掛かることになるでしょう。ウチはそんなことは必要ありません。「やってみようよ」「えー!?」で済んでしまう話なんです(笑)

戸塚 ウチは内製だから、というのも大きいですね。社内で素材のやり取りをしていますので、たとえばグリモ(グリモワール)をラフで渡すときも、仮置きの球体を置いて作業を進めていたりしました。

 社内でやっていることなので、「ダメなら上から描き直せばいいじゃん」くらいの割り切りですね(笑) これがもし、外部クリエイターに作業してもらうとなると、その設定にも一定のクオリティーが必要となって余計な手間が掛かってしまうでしょう。

フレキシブルな運用で制作を進められるのは内製ならではのメリットだ

―― たとえばK-POPのような海外コンテンツの展開でも、安定したクオリティーの作品を“量産する”ことが重要であると指摘されます。日本がアニメを基幹産業と捉えるのであれば、人手不足が叫ばれるなか、質と量をいかに拡大するのか考えるときに来ています。御社の取り組みは非常に良いケーススタディーになると感じました。

輸出産業になるために必要な“アニメ工場”を担う

―― 最後に、先日発表されたバンダイナムコフィルムワークスとの業務提携について、その経緯や目的などを聞かせて下さい。

櫻井 きっかけは前述した文科省の「あにめのたね」成果発表会でした。アニメ制作の仕組みを変えることに大きな関心を持っていただき、エグゼクティブプロデューサーの大河原健さんからご連絡をいただきました。

 それでも『第七王子』では「従来のやり方に戻したほうが良いのではないか」とご提案いただくこともありました。結局、私は一歩も譲らなかったのですが(笑)

 やがて作品制作を通じて(原作側の講談社さんも含めて)この新しい作り方は面白いんじゃないか、と言っていただけたのが非常に大きかったと思います。“懐の深い”製作委員会に恵まれたというわけですね。

 1つ想定外で、同時に頭を悩ませつつも幸運だったのは、アニメ制作中に原作人気が急速に高まったことです。そして人気の高まりと同時に、バトルシーンが増えていきました。

 私は『いわゆる異世界転生ものだと思っていたら、少年バトルものになってきた!? 読者の期待も高まっているけれど、アクション作品の経験がほとんどない我々に作れるのか?』と思いました。

 そこで、当初予定していなかったアクション監督を起用し、バトルシーンに限っては監督と相談のうえ、絵コンテなしでいくという原則を撤回することでなんとかやりきったという感じです。

2024年5月14日、バンダイナムコフィルムワークスとの業務提携が発表された

―― 『第七王子』は2024年4月に全話納品済とうかがいました。

櫻井 もちろん第1話は作品の魅力を伝える必要がありましたので、よりコストをかけて作っていますが、内製でバランスを取りつつクオリティーも落ちないよう心がけました。

 バンダイナムコフィルムワークスさんとは作り方を巡る考え方や伝統・文化はもちろん異なりますが、私たちは“アニメ工場”としてのモノづくりに取り組んできました。

 その点が、外部のクリエイターによるモノづくり=「このカットはこの人にお願いしよう」というやりとりが成立する職人型の家内制手工業との違いですね。ハンドメイドの1点モノに対して、私たちが目指しているのは既製品だとも言えます。

 これは手法の良し悪しを言いたいわけではなくて、どうやって作品を作っていくかというプロデュース、制作側の得意分野の違いなのです。

 秋田が本拠地の私たちには、外部のクリエイターという存在がそもそも乏しいので、内部のリソースで作りきるよりほかないわけです。でもこの手法がもう少し広がらないと、それこそ国が期待しているような輸出産業にはなり得ないと思うのです。

 ですから、普通はこういったノウハウは外部と共有しませんが、私たちはこのやり方でアニメを作る仲間が増えてくれると良いなと思っています。日本には既製品工場的にアニメを作っている会社が少ないなかでのチャレンジとして、見守っていただければと思います。

―― ここまでうかがってきた“クオリティーの安定”という、つむぎ秋田アニメLabの強みと、職人技を集めてくることができるバンダイナムコフィルムワークスとの強みをうまく組み合わせていくのだ、という風に理解しました。

 納品は終わっておられるとのことですが、作品の評価が高まるなか、新しく作業が発生する時期だとも思います。お忙しいなか、ありがとうございました。

前編はこちら

筆者紹介:まつもとあつし

まつもとあつし(ジャーナリスト・コンテンツプロデューサー・研究者)

 IT・出版・広告代理店、映画会社などを経て、ジャーナリスト・プロデューサー・研究者。NPO法人アニメ産業イノベーション会議理事長。情報メディア・コンテンツ産業に関する教育と研究を行ないながら、各種プロジェクトを通じたプロデューサー人材の育成を進めている。デジタルハリウッド大学院DCM修士(専門職)・東京大学大学院社会情報学修士(社会情報学)。経産省コンテンツ産業長期ビジョン検討委員(2015)など。著書に「コンテンツビジネス・デジタルシフト」(NTT出版)、「地域創生DX」(同文舘出版)など。

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