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〈後編〉つむぎ秋田アニメLab 櫻井司社長ロングインタビュー

日本アニメの輸出産業化には“品質の向上よりも安定”が必要だ

制作フロアにはコピー機がない。なぜなら……

―― フルCGでアニメを制作しているスタジオ(参考記事)では、内製かつ社内サーバーを介してのやり取りになっており、制作進行を置かないというケースもありますが、御社のように作画アニメのスタジオでそれが実現できているというのは初めて聞きました。

櫻井 制作進行を置かない制作が可能なのは、Unreal Engineの採用も含めて工程がすべてデジタル化されているからです。

 紙を使うことはありません。コピー機も置いていませんから。基本的にすべてファイルサーバー上でデータをやり取りしながら、作業者が直接やり取りしています。

 従来のような制作進行を置くスタイルですと、制作進行も作業スタッフと同程度の知識がないとコミュニケーションが伝言ゲームのようになってしまいます。そのうえ、受け渡しだけで1日消費するなど、とにかく時間が掛かります。

 対して弊社ではラフ原での演出チェック、レイアウトの演出検査(演検)、原画の演出チェックなど、すべて担当者同士が直接、リモートも含め作業場所を離れずにチェックできる工夫をしています。

 「演出チェックを早く!」といった具合の突き上げを、制作進行ではなく作業者が直接できるようになったのです。

演出に“赤ペン禁止令”を出したわけ

―― 3Dレイアウトもファイルサーバーを介してですか?

櫻井 3Dレイアウトはリモートで画面共有してその場で直してしまいますので、ファイルサーバーは介していません。そもそも素材の“入れ”工程もないわけです。

 通常のテレビアニメですと、“演出がいかに絵を直すのか?”が重要な工程としてありますが、本作では演出に「赤ペンを使わないでください」とお願いしています。つまり自分で修正するな、ということですね。

 そのぶん、もちろんクオリティーに関しては作業者の力量に依存してしまいますが、そこは覚悟してください、と。「これがつむぎ秋田アニメLabのクオリティーですので、そこは見極めてある程度は許容して下さい。責任は、その作業担当者を置いた経営側の責任なので、我々が受け止めます」と伝えています。

 テレビシリーズ制作は育成も兼ねています。作業者の上がり(成果物)を画面上に反映することで、誰でもわかるようにすることを心がけているわけです。

―― 作品を拝見したり、記事作成のために画面をコマ送りで見たりしていますが、クオリティーが安定していると強く感じます。その部分を第二原画や作画監督に委ねるのではなく、最初に作業する人が担保するというのは、少人数の職人が集って制作にあたっていた、テレビアニメ制作の当初の姿とも重なりますね。

櫻井 安定している理由は、シリーズを通して同じスタッフ陣が作り、それがそのまま画面に反映されているからですね。

 私自身も一視聴者として、話ごとに乱高下してしまうよりも、一定のクオリティーで楽しみたいと思います。また、テレビから配信サービスに移行しつつある昨今、休日に一気見する機会も増えましたから、なおさらクオリティーを安定してほしいと視聴者は感じるでしょう。

―― たしかに。

櫻井 一気見含めた配信が中心になると、ハイクオリティーであること以上にクオリティーの安定が重要事項だと思っていますので、そこに重きを置いた感じですね。良くしようではなく、安定させよう。そんな作り方を選んでいます。

 加えて演出陣が、「ここのカットはこうでなければダメだ!」と言ってしまうと、作業者へのプレッシャーになって実力が発揮できなくなります。クオリティーに頼らない作り方をすることで、作業者がのびのびと(作業者自身が得意とする)クオリティーを発揮できる環境は、我々が確保していこうと思っています。

異例の体制の必然性と可能性

―― 従来の制作体制とはかなり異なっていることがよくわかりました。ではなぜ、この体制になったのか? という点を掘り下げたいと思います。あらためてうかがいますが、クオリティーを上げるためではないのですね。

櫻井 はい。私たちはクオリティーで自分たちを売り込んだことは一度もありません。つむぎ秋田アニメLabが出せるクオリティーで納得してくれるならお仕事をください、と言っています。

 『明治撃剣―1874―』を制作していた頃は、私たちも従来と同じ作り方をしていました。ラフ原を外部フリーランスの方にお願いして、プロデューサー、デスク、制作進行、設定制作などを置いて管理するという体制を取っていたのです。

 ただ、我々のような新興の会社で、また元請けとしてのブランディングをしてこなかった立場だったこともあり、フリーランスの方々をうまくコーディネートできませんでした。アニメーター不足の状況下において、応じてくれる方を見つけることは難しかったのです。

―― なるほど。

櫻井 それでもなんとか社内で原画の育成を図っていき、人員を増やすことができました。その結果、「(外部のフリーランスにお願いするより)ウチの新人に担当させるほうが高いクオリティーで仕上がる」という状況になったんですね。

 そして私自身も、必要な外注先をコーディネートできるようになりました。一般的に制作進行は自分のツテで発注先を見つけてやり取りしますので、いざそれ以外でとなると、発注先の情報を得たり、発注先とうまくコミュニケーションを取ったりすることは難しいのです。これも転換しなければいけなかったポイントでした。

 『明治撃剣―1874―』の制作時も、終盤は制作進行なしで作っていました。これは私がそうしたかったわけではなく、社内の制作スタッフからも、「自分たちで作業したほうが早い」という意見が多く出たからです。

 『第七王子』で制作工程を一新できたのは、この経験を踏まえてのことなのです。管理は内部で把握しよう、ラフ原も自分たちできちんとコントロールしよう、と。

 それでも『第七王子』制作中は作画監督のキャパが明らかに足りておらず、スケジュール上、複数話を同時進行できない状態になりました。しかし、そこで「フリーランスを探そう」ではなく、「社内スタッフだけで出そう!」と覚悟を決めました。

 クオリティーが高いか低いかではなく、社内制作を突き詰めて、「“これが私たちのクオリティーです!”と言えるようにした」ということですね。

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