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巨匠ボブ・ジェームス氏を囲んだ試聴会

世界のオーディオファンをうならせる「Feel Like Making Live!」はこう生まれた

2023年11月08日 13時30分更新

 10月24日、人気ユニット・フォープレイのピアニスト、またコンテンポラリー・ジャズやフュージョン界の巨匠として過去グラミー賞も取ったボブ・ジェームス氏が来日。記者の質問に答えた。

 4K Ultra HD Blu-rayでリリースされている「Feel Like Making Live!」(2022年2月発売)は、発売以来、オーディオファンの間で話題となっているディスクだ。Auro-3DやDolby Atmosなどイマーシブオーディオのトラックが収録されており、非常に高品位なサラウンド再生を楽しめる。

 この音声トラックを手掛けたのは、WOWOW技術センターのエグゼクティブ・クリエイター入交英雄氏だ。WOWOWの辰巳放送センターには、入交氏肝入りの試聴室(オムニクロス)がある。この素晴らしいシステムで、Auro-3Dのサウンドをアーティスト本人が体験したら、どのような感想を持つのか。それが本イベントの主旨である。

残響を録音し直す、画期的な手法

 Feel Like Making Live!のイマーシブ化は、ボブ・ジェームス氏が所属するレーベル(Evolution Music)から打診があったものだという。オムニクロスは、musikelectronic geithain製のスピーカーを合計33本設置しており、22.2chやAuro-3Dなど、様々なサラウンドフォーマットの配置に対応できるほか、各種制作ツールも用意されている。これに興味を持ったレーベルサイドは、匿名でステレオ再生用に収録したマスター音源を入交氏に届け、「3Dオーディオにミックスしてほしい」という要望が伝えられた。テストミックスをやり取りした結果、想像以上のできに関係者が驚き、正式な依頼へとつながったという。

 Feel Like Making Live!の制作では、まずオムニクロスで3Dオーディオ用にミックス。しかし、もともとの音源は2chの情報しか含まれていないため、ソフトウェア処理でイマーシブ化するだけでは限界があると判断。そこでベルギーのGalaxy Studioに飛んで、“ある方法”を試すことにしたという。

 それが2ch音源には含まれていない空間情報(残響成分など)を新規に収録して、立体的かつ自然な音源の作成に役立てようという発想である。Galaxy Studioは、Auro-3D発祥の地であり、敢えての選択だったようだ。

 ただし、残響を取るといっても同じ演奏の再現はできない。3Dオーディオ用の電子残響でごまかすのではなく、本当のホールの音にしたいと思って考えたのが、スピーカーをアーティストに見立てること。スタジオ設備としてあったGENELEC製のモニタースピーカーで音源を再生し、自然な反響音を録ることにした。

 残響の収録に使ったGalaxy Studioのメインスタジオは、オーケストラ収録にも使える広い空間。木質の反射物が多く、やわらかい音の響きが特徴だという。

 「録音した残響成分は、信号処理的に作ったものとはまったく違う。空気は動いているので、残響は常に揺らいでいる。演奏者が動いただけでも響きが変わるほどだ。リバーブマシンなどで付加した残響では空気が滞留してしまうのでソリッドな感じになってしまう。ナチュラルネスが実現できたのは、実際に録音したからこそで、リバーブだけが目立たず、マイクで拾った音がすっと交わる」と入交氏は説明する。「本物の演奏者がいるようにスピーカーの音をとらえるようにしたため、大掛かりで大変だった。しかし苦労した甲斐があった」ともコメントしていた。

 なお、残響音にはスピーカーからの直接音も入るが、敢えて消していないそうだ。直接音がぼやけ、音が入りすぎない距離感にしたという。また、直接音と残響音が少しでもズレると位相が変わるため、11本使用したマイクの設置もしっかりと考える必要がある。

 また、残響が約2.2秒と長いため、遮幕を使って残響を1.5秒程度まで抑えているという。ただし、ピアノソロの楽曲だけは素の状態になっており、Galaxy Studioの音の広がり、音の響きを体験できるようになっているそうだ。

 このようにFeel Like Making Live!のイマーシブ感あふれる音源は、演奏の収録を米国、マルチトラック化を日本、最終的なミックスとマスタリングをベルギーで作業するという複雑な工程を経て実現したものとなっている。もともとの音源はマルチトラックで収録されたものであるが、楽器の配置などについても工夫している。例えば、シンセオーケストラの部分は「Auro-Matic」を使ってアップミックス、リスナーを演奏者が取り囲むような形で音場を作っている。また、後ろから鳴るコンガについては一度音場を広げたものから打楽器部分だけを分離して、後ろから鳴らすといった処理も加えたという。

 アルバムとしては一つながりだが、楽曲としてはシンセオーケストラを含むトラック、ピアノトリオのトラック、そしてピアノソロのトラックそれぞれで残響の入れ方をコントロールしており、音響制作の可能性を楽しむことができる。残響を後から録る、今回の録音方法は入交氏としても初の試みだが、環境を整えれば日本でも可能とのこと。スタジオごとで変わる残響のニュアンスを表現に取り入れるのも面白いかもしれない。

ボブ・ジェームス氏も「アメージング」と歓声

 オムニクロスの試聴会では、Auro-3Dの配置のうち、トップ(ボイスオブゴッド)を除いた12本のスピーカーを使用。Auro-3Dは、一般的な5.1chまたは7.1chの上に、5chのハイト、1chのトップを加えた3層のレイヤーを用い、高さのある音の再現を狙うサラウンド方式だ。ステレオ再生にはない、豊かな音の広がりに加え、音の配置の工夫などもあり、非常に楽しい。さらに、個々の楽器音が空間の中に際立って、より鮮明に音楽のニュアンスを感じ取ることができた。これぞイマーシブな体験と言える。

 ボブ・ジェームス氏もこの音には感銘を受けたようだ。さらに音が動く楽しさやギミックの新規性ではなく、自分がピアノを弾いている位置で聴いた時のようなナチュラルさなどについても指摘していた。ソフトウェアではなく、レコーディングした残響ならではの効果はアーティスト本人の心にも刺さったようだ。

 Feel Like Making Live! のレコーディングはカジュアルな雰囲気の中で進んだそうだが、3Dオーディオでは演奏が克明に見えるぶん、演奏しなおしたいと感じる部分もあるとコメントしていた。入交氏のよると、3Dオーディオならではの解像感は、失敗や直した部分も容易に感じ取れる面もあるという。演奏家にとってもチャレンジになりそうだ。

次のイマーシブ化はあるのか?

 ボブ・ジェームス氏の最新アルバム「Jazz Hands」は10月にリリースされたばかり。こちらは現状ではステレオ音源のみとなっている。とはいえ、レーベル・Evolution Musicではできるだけハイエンドで音源を提供したいと考えており、ビデオの提供や3Dオーディオもその一環だという。アーティストとレーベルの想いが一致すればやっていけるのではないかというコメントもあった。

 Jazz Handsはパンデミックで様々な活動が制限される中、ホームスタジオで作曲に取り組んだものがベースになっている。敢えてコンセプトを定めず、日記のような感覚で共同制作したアルバムだという。録音時期も多様で、マルチトラック品質の高い7年前の録音なども入れているという。スタイルとしても、ストリーミング世代のリスニングスタイルに影響を受けながら、ヒップ・ホップやR&Bなど、様々なジャンルの楽曲のコレクション的な内容になっている。世界中のアーティストとのコラボもあった。

 試聴で取り上げられた、「ザ・シークレットドロワー」(トラック9)は、Facebookでコンタクトしてきたカルロス・カミロ・ペレス氏がシンセベースを担当。キーボードとの兼ね合いでユニークなサウンドになったほか、ベースの頭にディレーを付けてパワフルになっているとした。作曲・編曲は韓国の音楽学校の教授でもあるレイチェル・クァグ氏が担当し、クリエイトコーディネーターとして、また、客観的なリスナーとしてプロジェクトに加わっている。クールなベースラインは韓国出身というバックグラウンドが関係したものになっているという。

 曲ごとにミュージシャンもリズムセクションも録音も違う音楽の日記は、新しく様々な才能との協業で生まれたアルバムであり、さまざまな音楽の人生、音楽のスタイルを集めた作品なのだ。

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