全国300店舗超のパチンコホールを中心に、ボーリング場やアミューズメント、映画館などを展開する総合エンターテイメント企業のマルハン。一部の店舗でグローリーの顔認証とインカムアプリ「Buddycom」を活用することで、店舗に設置されたカメラの映像を監視だけではなく接客に活かしている。
パチンコ屋のカメラで実現する、監視ではない新しい顧客価値
マルハンのようなパチンコホールにおいて、監視カメラはきわめて重要なツールだ。ホール内の安全を確保するのはもちろんだが、不正な手段やパチンコやパチスロの玉やメダルを出すいわゆるゴト行為を立件するためには、不審な行為を洗い出すカメラの映像が証拠として必要になる。そのため、カメラの性能強化は他業界よりも早く、マルハンでもいち早く高解像度・高フレームリレーのカメラを導入していたという。
しかし、「カメラ=監視だけ」の時代は変わりつつある。遊技機のデジタル化もあいまってゴト行為自体は減少しており、もはや監視という用途だけではカメラも投資対効果を得られなくなってきた。調達部門の責任者、建設担当といった立場で、おもに監視カメラの導入や運用に携わってきたマルハンの伊藤隆氏は、「不審な行為を働く方はもはや割合としては少なく、大多数の方は普通に遊技場を楽しんでくれるお客さまです。そういったお客さまに今までと違った価値を提供できるようになったと思います」と伊藤氏は語る。
伊藤氏と同僚だったこともあるマルハン 総務法務部の斎藤智哉氏も20年以上に渡ってセキュリティを担当しており、不審者からお客さまやスタッフを守ってきた。しかし、長らくセキュリティに携わってきた斎藤氏から見ても、店舗におけるカメラの役割が大きく変わってきたと指摘する。「昔は、本当に悪い人を捕まえるつもりで、カメラを使っていたのですが、こちらの用途はむしろオプションになりつつあります。どうやってお客さまに喜んでもらえるか、どうやってまたお店に来てもらえるかの方がメイン。私たちも意識改革をずっと続けてきた感じです」(斎藤氏)。
そもそも人手による映像の監視はやはり大きな業務負荷になる。伊藤氏は、「以前は監視カメラの画像をひたすら見て、予測して、人手で不審者の行動を洗い出していたのですが、やはりとんでもない時間がかかります。技術が進化して、いかに業務を効率的に、属人化しないようにしていくかが大きなテーマとなっています」と語る。
こうした中、マルハンが顔認証カメラという技術で近年チャレンジしてきたのは、接客や営業でのカメラの活用だ。「これはマルハンのカルチャーなんですが、来店されたお客さまをお名前でお呼びしたいと思っているんです。単に『いらっしゃいませ』ではなく、『●●さま、いらっしゃいませ』。これが実現できると、お店の居心地も変わってきます。顔認証の取り組みは、その願望を容易に実現してくれると考えました」と伊藤氏は語る。
10年以上に渡って顔認証を検証 精度はもちろんルール作りにも注力
パチンコ店での接客は、常連客の嗜好をいかに把握するかにかかっていると言っても過言ではない。これに対して、以前は顔写真と嗜好が書かれた常連様リストが事務所にファイリングされていたこともあった。
齋藤氏は、「ベテランのスタッフは、お客さまをお名前でお呼びして、嗜好にあわせて接客できるのですが、新人スタッフは難しい。でも、お客さまから見たら、ベテランでも、新人でも、同じマルハンのスタッフ。だから、一定の水準を超えた接客を目指していきたいと考えました」と語る。こうした1to1の接客を顔認証とスマホで実現しようというのが、今回のプロジェクトのゴールだった。
マルハンが顔認証にチャレンジし始めたのは、すでに10年前にさかのぼる。「もともとは、来客者のカウントがメインで、顔が撮れたら、接客に活かせていいよねくらいでした」と斎藤氏は振り返る。しかし、当時は認証率も低く、男性なのに女性と発報したり、まったく違うお客さまとマッチングしてしまって、忘れ物を誤って渡しそうになったり、本番に耐えうる精度ではなかったという。
多くの事業者と試行錯誤した結果、高い精度を実現できたパートナーがグローリーになる。グローリーは100箇所以上の特徴点を元に検証を行なう顔認証技術を元に来訪者検知や入館管理などのシステムを提供しており、国内での導入実績はすでに1000箇所を超える。グローリーの田中重雄氏は、「最新バージョンではマスクを付けた状態での認識精度もますます上がっていますし、骨格を認識しての入退識別やカウントも可能です。ナンバーも識別できるので、いろいろな利用形態が実現できます」と語る。
グローリーの顔認証は、現在マルハン東日本カンパニーの40以上の店舗で導入済みだ。これにより、来客の顔データを登録しておけば、次回入店した段階で発報されるようになるため、たとえば忘れ物を取りに来たお客さまを顔認証で識別することができる。「来客したお客さまが、スタッフに説明する前に、忘れ物をお渡しできる。これが私たちが考えた1つのサービスの形です」と斎藤氏は語る。
10年以上に渡って顔認証の導入を進めてきたこともあり、顔認証システムの導入でネックになりがちなデータの利用ルールや漏えい防止対策に関しても、きちんと整備が行なわれている。「マルハングループでは6段階の個人情報の利用規約を定めており、利用のルールを提示しており、使用後はきちんとデータも破棄しています。また、マーケティングでの利活用に関しても、遊技規約に盛り込んでおり、Webサイトでも公表しています」と斎藤氏は語る。
マルハンとともにセキュアで信頼される顔認証の規約作りを模索してきたグローリーも「個人情報保護士の資格を持った社員が複数名おりますので、お客さまに安心して使ってもらうまでのフォローを提供しています」(田中氏)とのこと。斎藤氏も、伊藤氏も、撮影を拒むお客さまの申し出は、今までもなかったと口を揃える。「パチンコ店はカメラがあるのが当たり前という認識が、お客さまにもあるのだと思います」(伊藤氏)とのことで、業界特有の事情もあるようだ。
既存のインカムの限界を超えるBuddycomで現場のオペレーションが変わる
こうして顔認証の精度は上がってきたが、マッチングの結果はアラートが発報される事務所に誰かがいないとわからない。事務所に誰もいない時間もあるため、スタッフにリアルタイムにフィードバックする仕組みが必要となる。ここで活かされているのが、サイエンスアーツのスマホ版のインカムアプリ「Buddycom」になる(関連記事:ビッグネームを惹きつけるBuddycom IPトランシーバーにとどまらない魅力)。
Buddycomの導入は、顔認証とは別に「スタッフにスマホを持たせたかったから」という理由でスタートしている。「お客さまに遊技台の説明を求められた場合、わからないからと言って、ベテランスタッフを呼んでくるのは時間がかかります。スマホがあれば、新台を動画でお客さまにご説明できるので、お客さまの不満を解消できます」と伊藤氏は説明する。接客ツールとしてスマホを活用したかったわけだ。
長らくマルハンのスタッフは連絡用のインカムと遊技機を開けるための台鍵を身につけていたが、従来のインカムは、いわゆるトランシーバーと同じく通信範囲が限定されていた。その点、スマホアプリとして実装されているBuddycomは、キャリアの通信網内であれば、どこでも利用できる。小岩パチンコ館の場合、近くにある小岩スロット館との連絡も、今までのインカムでは届かなかったが、Buddycomであれば問題ない。「車への子どもの放置が社会問題となっていることもあり、われわれも駐車場の見守りを強化しています。こうした見守りでも、確実に連絡が取れるようにしたかったんです」と伊藤氏は語る。
Buddycomの導入はコロナ禍の2021年4月頃から進め、現在は100を超える東日本カンパニーの全店舗に導入されている。導入当初は長く使っていたインカムと異なる通信の感触に違和感もあったが、数ヶ月でベテラン・若手含めてすっかり慣れたという。バッテリが高価なインカムをBuddycomに置き換えたことで、コスト面でも大きなメリットがあった。
現在、スタッフの持ち物はBuddycomを搭載したiPhoneと台鍵だけになった。「今はBuddycomがないとホールのオペレーションできませんというスタッフも増えてきました」(伊藤氏)とのことだ。
Buddycomの連携で顔認証の結果をインカムで把握できるように
こうしてBuddycomがインフラになった段階で、グローリーの顔認証とBuddycomとの連携機能も開発された。これにより、顔認証の結果をBuddycomが音声で瞬時に・スタッフ全員へ通知できるようになった。そのため、顔と名前を覚えていなくとも接客ができるようになり、確認・連絡の工数削減を実現したという。「以前は、お客さまの顔を識別して発報して、誰が来たかは事務所のモニターを確認しなければなりませんでした。でも、今ではスタッフがどこにいてもわかります。顔と名前を覚えなければというスタッフの心理的な負担も下げることができたと思っています」と斎藤氏は効果を語る。
すでに店では、前述したように来店時に忘れ物を渡したり、久しぶりの来客に対して、名前で呼びかけるといった新しい形の接客が可能になっている。「お客さまからすると、驚くというより、きちんと覚えてくれていてうれしいという感想の方が大きいようです」と伊藤氏はコメントする。今後、顔認証とBuddycomがどのように新しい接客に結びつくのか、楽しみだ。
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