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「第4回 IP BASE AWARD」グランプリ受賞者が社会実装に直結する知財戦略を議論。「IPナレッジカンファレンス for Startup 2023」レポート

大学発×バイオスタートアップの模範となる知財マネジメントを展開したHeartseedがグランプリ

 特許庁は2023年3月3日、「第4回IP BASE AWARD」の授賞式と、受賞者の知財の取り組みを共有するセッション「IPナレッジカンファレンス for Startup 2023」を東京・赤坂インターシティコンファレンスにて開催し、オンラインでも同時配信した(「JAPAN INNOVATION DAY 2023」と同時開催)。IP BASE AWARDは、スタートアップの知財活動やスタートアップ関係者の知財支援を奨励することを目的に2019年度から開催されている。セッションでは各部門の授賞式と、グランプリ受賞者・選考委員によるパネルディスカッションが実施された。 

 開会の挨拶には、特許庁長官 濱野 幸一氏が登壇。

特許庁長官 濱野 幸一氏

 「このたびはIP BASE AWARDの受賞、誠におめでとうございます。皆様の知財活動に関する目覚ましい取り組みに心から敬意を表させていただきます。スタートアップは経済活動の原動力となるイノベーションの牽引役として、また社会課題の解決に貢献する存在として、社会全体への存在感が高まっています。2022年11月には日本政府が『スタートアップ育成5か年計画』を発表し、スタートアップエコシステムの構築を目標に掲げています。その背景のもと、優れた知財活動や取り組みを行い、今後、成長するスタートアップや知財専門家の手本となる方を表彰させていただくことは大変意義深いものであると考えております」と受賞者への祝辞を贈った。

 また、「スタートアップが革新的な技術やアイデアをもとにビジネスを成長させていくためには、その技術やアイデアを保護する知財が大きな価値を持ちます。そのため特許庁では、これまでにも、知財を活用して企業価値を高めようと考えるスタートアップに対して、知財戦略の構築等の手助けとなる支援策を講じてきました。IP BASE事業もそのひとつです。IP BASEの目的は2つあります。1つは、スタートアップが知財戦略を構築するにあたり、鍵となる知財の基礎情報を知っていただくこと、2つ目は、スタートアップと知財専門家、スタートアップ支援者が集まる知財コミュニティを活性化することです」とIP BASE事業の目的を説明。

 最後に、「IP BASE AWARDは、特許庁が表彰している知財功労賞の登竜門的な位置づけとして、スタートアップと知財専門家、スタートアップ支援者の知財活動に関する意欲的・模範的な取り組みについて表彰を行っております。受賞者の取り組みにご注目いただき、ご自身の取り組みの参考にしていただけますと幸いです」と締めくくった。

 続いて、特許庁 総務部 企画調査課 課長補佐(スタートアップ支援班長)の芝沼 隆太氏が「IP BASE AWARD」の概要を説明した。

特許庁 総務部 企画調査課 課長補佐(スタートアップ支援班長) 芝沼 隆太氏

 「IP BASE AWARDは、スタートアップの知財活動・知財支援活動の奨励をすることで、スタートアップによる知財活用、知財専門家によるスタートアップ支援、スタートアップ知財エコシステムへの取り組みを後押しすることを目的としたもの。また、優れた活動・取組を表彰することで、今後成長するスタートアップ、知財専門家のロールモデルとしていく」とIP BASE AWARDの目的を説明。

 続いて、「IP BASE AWARDは、スタートアップ部門、知財専門家部門、エコシステム部門の3部門から構成され、エントリーの中から選考委員会による審査を経て、各部門グランプリ1名(1社)、奨励賞数名(数社)が選出される。各部門の対象者は以下のとおり。

・スタートアップ部門
戦略的な知財権の取得、活用などを積極的に実施している、未上場かつ設立10年以内のスタートアップ

・知財専門家部門
スタートアップ支援に意欲的に取り組み、その支援によりスタートアップの知財戦略構築に貢献している弁理士・弁護士、企業の知財部員

・エコシステム部門
スタートアップに対し知財を積極的に活用した評価や支援、啓発活動など、スタートアップエコシステムの活性化に貢献している投資家、アクセラレーターなどの個人、組織」とIP BASE AWARDの応募要件を説明した。

■スタートアップ部門グランプリはHeartseed株式会社

 スタートアップ部門のグランプリはHeartseed株式会社が受賞。奨励賞には、カバー株式会社、株式会社ソラコム、booost technologies株式会社の3社が選ばれ、丹羽 匡孝氏(シグマ国際特許事務所 パートナー弁理士)から表彰状が贈呈された。

 グランプリを受賞したHeartseed株式会社 代表取締役社長 福田 恵一氏は、「再生医療で心臓病治療の扉を開くー心筋再生医療の社会実装」と題し、再生医療の社会実装における知財の重要性を説明した。

Heartseed株式会社 代表取締役社長 福田 恵一氏

 心臓病は世界の死因の第1位であり、心臓病の末期像が心不全だ。心筋梗塞等で心臓の筋肉の一部が壊死すると心筋細胞は再生しない。従来の治療方法は生き残った心筋細胞のパフォーマンスを改善するものだった。同社が取り組むのは、心筋細胞の数自体を増やす心筋再生医療だ。

  ここまでの道のりとして、1995年から研究を開始し、1999年に心筋細胞の作製に成功。基盤技術の開発と主要特許の出願後に2015年に会社を設立し、現在は薬機法の承認を目指して治験を実施している。2021年には海外大手製薬会社Novo Nordiskと提携し、世界展開を図っていく予定だ。

 Novo Nordiskとの交渉では2000問以上の質問が繰り返し届き、特に知財に関しての質問が多く、1年にわたって回答していき、ようやく契約にこぎつけたそうだ。

 現在は、欧StartUs Insights誌の「心臓病治療薬を開発するベンチャートップ5」にも選出されており、早期の社会実装を目指している。

 続いてスタートアップ部門奨励賞に選ばれた各社から、それぞれが受賞のスピーチを行なった。

●カバー株式会社(管理部法務知財チーム マネージャー 三井 耕太郎氏)

「当社はVTuberキャラクターIPの開発、VTuberプロダクションの運営を行っています。事業を促進するにあたり、各種知的財産権の取得、ファンの皆様が二次創作活動を適切にできるよう、ガイドラインの提供、模倣品対策として知的財産権を根拠としたECサイト上での通報による商品ページの削除、発信者情報の開示請求などを実施しています。今回の受賞を通じて専門家の方々からも知識を吸収させていただき、一層知財活動を促進していければと考えています」

カバー株式会社 管理部法務知財チーム マネージャー 三井 耕太郎氏

●株式会社ソラコム(上級執行役員 VP of Engineering 片山 暁雄氏)

「ソラコムはIoTの民主化を掲げ、通信プラットフォームをグローバルで提供しています。IoTは世界中で新しい技術やサービスが次々と生まれており、大手通信キャリアやベンダーと戦っていく必要があります。スタートアップとして知財の活用は非常に重要と捉えており、創業当初から海外の特許や商標の取得活動を続けています。これからも知財を活用しながらグローバルにビジネス展開をしていきたいと考えています」

株式会社ソラコム 上級執行役員 VP of Engineering 片山 暁雄氏

●booost technologies株式会社(代表取締役 青井 宏憲氏)

「booost technologiesは『より持続可能でNET-ZEROな未来を実現する』をミッションに、グリーントランスフォーメーション(GX)/サステナビリティトランスフォーメーション(SX)のプラットフォームを開発しています。昨年235か国の算定、25言語対応をリリースし、これからグローバル展開を考えています。我々の強みは、特許を取得した炭素化における自動仕訳機能です。国連の世界知的所有権機関(WIPO)の環境技術プラットフォーム『WIPO GREEN』にも14件登録しており、これからグローバルにも攻めていきます」

booost technologies株式会社 代表取締役 青井 宏憲氏

■知財専門家部門グランプリは馰谷 剛志氏(弁理士/神戸大学・客員教授)

 知財専門家部門のグランプリには、弁理士/神戸大学・客員教授 馰谷 剛志氏が受賞し、選考委員の加藤 由紀子氏(SBIインベストメント株式会社 執行役員 CVC事業部長)より表彰状とトロフィーが贈呈された。また奨励賞は、iCraft法律事務所 弁護士 弁理士 内田 誠氏と、株式会社東京大学エッジキャピタルパートナーズ 弁理士 島田 淳司氏が選ばれた。

知財専門家部門のグランプリを受賞した弁理士/神戸大学・客員教授 馰谷 剛志氏

 グランプリを受賞した馰谷 剛志氏は、「日本の知財戦略に足りないこと」をテーマに、大学発スタートアップと海外の有力企業との知財ディールのポイントを紹介した。

 大学発スタートアップと米企業とのディールでは、弁理士が知財交渉の前面に立つことになる。日米欧中における知財ポートフォリオの策定だけでなく、丁々発止の質問にも回答できるように、世界における知財取得予想を含めてポートフォリオの的確な説明、および想定質問の準備をしてディールに臨むことが重要になる。

 仏企業とのディールでは、当初、クライアントのスタートアップは特許をほとんど持っていなかった。そこで、相手企業の知財状況と調査分析から知財ポートフォリオを策定し、出願・権利化してディールに臨んだ。特許の取得件数こそ少なかったが、内容の質の高さから対等な契約を結ぶことができたという。

 最後に「日本の知財戦略でやるべきこと」として、①グローバル展開を見据えた知財戦略、②社会実装を見据えた戦略、③マーケット・技術標準・レギュレーションとの関係、④有効な知財ポートフォリオに向けたランドスケープ調査分析、⑤技術と各国知財実務に精通した人材、⑥知財活動を支える十分な投資の6つを挙げ、これらが日本にはまだまだ足りていない、と語った。

 続いて知財専門家部門奨励賞に選ばれた各専門家が受賞のスピーチを行なった。

●iCraft法律事務所 弁護士 弁理士 内田 誠氏

「私は理系出身の弁護士として、弁護士でありながら出願と契約の両方を行っているのが特徴です。ひとつの仕事に一生懸命に取り組むのが私の良さだと思っています。この良さを生かしながら、知財業界、スタートアップ、日本の産業の発展のために努力していく所存です」

iCraft法律事務所 弁護士 弁理士 内田 誠氏

●株式会社東京大学エッジキャピタルパートナーズ(UTEC) 弁理士 島田 淳司氏

「UTECでは主にライフサイエンス分野の投資と経営支援により大学発のシーズを社会実装するお手伝いをしています。科学技術をビジネスにトランスレーションするうえで知財が必須です。今後も知財と投資の専門家としてスタートアップ支援に尽力していきます」

株式会社東京大学エッジキャピタルパートナーズ(UTEC) 弁理士 島田 淳司氏

■エコシステム部門には3社が奨励賞を受賞

 エコシステム部門の奨励賞は、HVC KYOTO(独立行政法人日本貿易振興機構・京都府・京都市・京都リサーチパーク株式会社)、パテント・インテグレーション株式会社、八木 雅和氏(日本バイオデザイン学会/大阪大学)が受賞し、選考委員の藤木実氏(株式会社IP Bridge代表取締役CEO)より表彰状が贈呈された。

●HVC KYOTO(独立行政法人日本貿易振興機構・京都府・京都市・京都リサーチパーク株式会社)

「HVC KYOTOは、ヘルスケア領域で海外展開を目指すスタートアップや起業志向の高い研究者と事業会社とを結ぶ全編英語のピッチを中心とするプログラムです。バイオスタートアップの皆様には、適切な知財戦略のもとで知的財産の利活用を行なうことは必要不可欠です。HVC KYOTOでは知財戦略についても専門のアドバイザーの協力のもとに支援しており、引き続き世界を目指すスタートアップをバックアップしてまいります」

京都リサーチパーク株式会社 イノベーションデザイン部 長田 和良氏

●パテント・インテグレーション株式会社

「当社は特許情報の解析・分析サービスを提供しており、最近では一般の方でも簡単に特許や商標情報が調べられるメディアサービスも運営しています。本サービスは10年前から取り組んでいたプロジェクトで、従来は難解で高価だった特許情報の解析をリーズナブルに提供したいという思いから始まりました。スタートアップのような資力の乏しい企業でも手軽に利用できるサービスを提供し、知財活動の取り組みが活性化することに貢献していけるようにこれからも努力していきます」

パテント・インテグレーション株式会社 代表取締役社長 CEO 大瀬 佳之氏

●バイオデザイン学会/大阪大学 八木 雅和氏

「私たちは新しい価値、未来を創れる“人づくり”をテーマに、人材育成を推進してきました。『ジャパンバイオデザイン』プログラムでは、現場のペインを見つけて、ニーズを定義して解決策を探り、現場に持続的な価値を提供できる人材を育てています。そのためには事業化が重要であり、我々のプログラムでも知財は重要な観点のひとつです。我々はメドテックイノベーション実現の観点から知財に関する考え方を更に深めて整理・活用し、教育の立場から日本をはじめとした世界中の患者さんのために医療に貢献できるよう邁進していきます」

バイオデザイン学会/大阪大学 八木 雅和氏

 選考委員長の鮫島 正洋氏(内田・鮫島法律事務所 代表パートナー弁護士・弁理士)からの総評では、「日本はおそらく第3の大創業期に入りつつあります。たくさんのイノベーター、アントレプレナーが現われ始め、ただ概してそのような方々は組織的にも経済的にも無力ですから、それを支えるエコシステムをつくっていかなければなりません。そのなかでIP BASE AWARDは4年目となり、年々競争が激化しているように感じています」と感想を述べた。

 また選考理由として、「知財専門家部門の馰谷先生は、実績・活動年数が群を抜いていらっしゃいます。知財功労賞の登竜門という位置づけとしては、実績よりも将来性を考慮すべき、という意見もありましたが、将来性は審査資料にないため評価ができず、今回は馰谷先生を選出させていただきました。さらに難しかったのはスタートアップ部門です。この4社はほぼ横1線で並び、Heartseedは大学発×バイオスタートアップの模範となる知財のマネジメントをしているのでは、と思いグランプリに選ばせていただきました。奨励賞の企業とは紙一重であり、日本のスタートアップは層が厚くなっていると感じました」と評価した。

内田・鮫島法律事務所 代表パートナー弁護士・弁理士 鮫島 正洋氏

■パネルディスカッション1「社会実装に直結する知財戦略」

 後半は、グランプリ受賞者の取り組みから知財戦略のあり方を議論する2つのパネルディスカッションを実施。1つ目のテーマは、「社会実装に直結する知財戦略」。

 パネリストは、選考委員長の鮫島 正洋氏と選考委員の加藤 由紀子氏、スタートアップ部門のグランプリ受賞者であるHeartseed株式会社の福田 恵一氏と同社で知財を担当するシニアエキスパートの太田 幸子氏。モデレーターは特許庁 総務部 企画調査課 知財活用企画調整官 岡裕之氏が務めた。

(左から)岡 裕之氏、鮫島 正洋氏、加藤 由紀子氏、福田 恵一氏、太田 幸子氏

 最初のトピック「Heartseed株式会社の取り組みの何がすごかったのか」では、鮫島氏が「2015年の創業時に、慶應大学から知財の譲渡を受けている。大学発スタートアップはここが非常に苦労するところ。ライセンスではなく、きちんと譲渡を受けられたことがすべての出発点だったように思う」とコメント。大学側との譲渡について福田氏は「特許が非常に広範囲に及んでいたこと、海外特許も含めると高額な維持費もかかりますが、すべての譲渡をお願いしました。大学側には、どのような会社にしていくのかという将来のビジョンと大学側へのメリットを丁寧に説明してご理解いただきました」と説明。

 加藤氏は選考での評価のポイントとして「重症心不全というアンメットメディカルニーズの高い市場に挑戦されていること。福田先生は20年間に及ぶ最先端の心筋再生研究をベースに起業、治療法を開発され、臨床試験の開始にも成功されています。これまで心臓移植しか選択肢がなかった重症の心不全患者にとって大きな福音をもたらすのでは」と期待を寄せる。

 福田氏は、グランプリ受賞の感想として「米国においては大手製薬会社の開発シーズの80%がアカデミア発、あるいはスタートアップ発です。日本の製薬会社はアカデミアシーズを取り込めずに2000年以降、欧米に大きく引き離されています。この流れを変えなければと強く思い、社会に役立つ研究をし、社会実装しなければ無駄になってしまうと考えました。理想的な治療を実現するには、自らスタートアップを起こして、ドライバーズシートに座って方向付けをする必要性を強く感じました。今は慶應大学医学部の中だけでもスタートアップが20社近く生まれ、国内でも研究から社会実装する兆候が大きくなっています。Heartseedはその先端を走り、自ら手本となっていきたいです」と語った。

 Novo Nordiskとのライセンス締結も評価されたポイントだ。次のトピック「社会実装に直結する知財戦略」では、海外大手企業とのタフな交渉に耐えうる知財戦略について伺った。

 福田氏は「再生医療の場合、ひとつの特許ですべてをカバーすることはできません。特許のひとつひとつは、例えるなら点。強い特許にするなら点から線、線から面、面から立体になるよう、さまざまな領域の特許を取っていかなければならない。例えば細胞に関する特許だけでなく、移植方法、医療機器など、複合的に組み合わせることで他の真似のできない特許になります。さまざまな領域の特許を複合的に組み合わせる戦略をとったことがNovo Nordiskとの契約締結につながりました」と答えた。

 Heartseedでは、2年前から太田 幸子氏が知財を担当している。社内の知財体制についての質問に対して太田氏は、「私が入社したときには出願の特許の半分はすでに権利化されていましたが、審査段階にあったものは、その権利化目的に合わせたクレーム範囲で権利化することができたと思っています。再生医療は培養に用いる資材等のメーカーとの共同研究も多いので、契約についても相当な数があり、社内にいると知財と契約との関連性を考えながら早く対応できるのがメリットです。外部の専門家の先生方にも、各国での権利化、プロセスなどはぜんぜん違うので、専門的なご助言をいただき、助けていただいています」と説明した。

 最後に、今後の取り組みについて「現在はNovo Nordiskと共同でiPS細胞を用いた心筋再生医療を開発しています。ただ、今の治療法だけでは、すべての心不全を救うことはできません。最重症の心不全を救いたい、お子さんの心不全を救いたい、というモチベーションが会社を興した理由です。我々は独自のプログラムをまだたくさん用意しています。次々に新たなシーズを掘り起こし、心臓病の治療を第一の標的として、さらに周辺領域を広げていくことが私の夢です」と福田氏。

 鮫島氏は、「日本の競争力は総合力、と私も長年講演などで主張してきました。日本は技術と企業の大きなポートフォリオを持っているのに、事業化効率が悪いのが課題です。オープンイノベーションの趣旨、日本の国に及ぼす影響力と競争力をきちんと世の中に伝え、それができる人材、スタートアップファーストな大企業をこの5年でどれだけつくれるかで日本の将来が決まると思っています。引き続きこうした活動に尽力していきたいです」

 加藤氏からは応援メッセージとして、「今、大企業とスタートアップのオープンイノベーションは、これまでにないほど力強く推進されています。政府のスタートアップ育成5か年計画で機運も盛り上がっていますし、VCも大学発スタートアップ、ディープテックへの投資が増えています。スタートアップを立ち上げてイノベーションを起こしていく環境はこれほどいい状況はないので、専門家の方、関係者の方にはさらなるご協力を賜りたいと思います」と話した。

■パネルディスカッション2「事業戦略まで踏み込んだスタートアップ支援」

 2つ目のパネリストには、専門家部門グランプリ受賞者の弁理士/神戸大学客員教授 馰谷 剛志氏と、選考委員からは藤木 実氏、丹羽 匡孝氏、そしてこのセッションからはグロービス・キャピタル・パートナーズ株式会社 代表パートナー 高宮 慎一氏がリモートで参加し、モデレーターは引き続き岡氏が務めた。

(左から)岡 裕之氏、藤木 実氏、丹羽 匡孝氏、馰谷 剛志氏、高宮 慎一氏

 冒頭に馰谷氏は、米国知財の出願内容を分析して知財戦略を学んだことを述べた。技術領域や競合の情報をしっかり整理して戦略をつくる取り組みを実行し、効果的な知財戦略を練るためには、知財だけでなく、さまざまな技術領域の知識や法律、情報分析のスキルを身に着けることが必要だと話す。

 神戸大学でアントレプレナーシップ教育にも貢献している馰谷氏。学生に知財を教える秘訣については、「大学では必須科目として教えてほしい。知財戦略を実際に考えさせてピッチをするワークショップ型の授業も非常に効果的。のちに起業した際に出願前に発表してしまった、という失敗をしないように基本的な知識は持っておくべきだ」と話した。

 藤木氏からの「今は知財専門家に求められることが多岐にわたっている。どのように育成していけばよいのか」という問いに対しては、「日本では知財専門家になろうとする人自体が減っています。知財専門家の魅力が感じられないのかもしれない。日本では弁理士を志すのは30代以降が多いですが、米国では大学を卒業してすぐにロースクールで資格を取り、知財専門家になります。日本でもそうした風土を醸成する必要があるでしょう。また、リスキリングで弁理士資格を取るための奨学金などの支援があるといいと思います」と意見を述べた。

 高宮氏は、「大学から知財リテラシーを上げていく必要があるとのうのは、おっしゃるとおり。経営者も、ファイナンスやマーケティングと同様に、経営・戦略レイヤーとしての知財のリテラシーは必要。知財の専門家も出願実務を知っておけばいいわけではなく、知財の専門性をもって経営やクライアントの事業にどう貢献するかが大事。相互理解が大事です」とコメントした。

 最後に、今後の取り組みを語ってもらった。

 馰谷氏「今までの経験を活かしつつ、公のためになることや、フェーズをあげてスタートアップに限らず、日本の企業力、技術力、世界で戦える広い意味での戦略を提供できるように関与していきたいです」

 藤木氏「知財に関わる人、有効に活用している企業が成長していけるように、良い知財を取り、活用し、金融機関等から資金を呼び込めることを打ち出していきたいです。知財活動はどうしてもお金がかかるので、逆風があるとトーンダウンしやすい。ただし、知財は短期的なものあれば中長期的なものもあるので、いったんトーンダウンすると将来的に大きなリスクになります。苦しい状況であっても工夫をして専門家もサポートしていくことで知財の活動を継続していただきたいです」

 丹羽氏「企業が求めているのは、知財を経営の役に立てること。支援する立場の専門家にはそれをわかりやすく説明することが必要です。自戒の意味も込めて、お客さんの目線で考えられる専門家を育てていきたい」

 高宮氏「グローバルに競争力がある産業、スタートアップを創るうえで、Deep Techは重要な領域。そして、Deep Tech系のスタートアップにとって知財は非常に重要です。CEO、CTO、CFO、CMOに加えて、経営そのものに関わるCIPOも望まれます。単に実務として出願するだけでなく、経営そのものを形作るCIPOが育っていくと日本のスタートアップの未来は明るいのではないでしょうか」

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