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ラー博にまつわるエトセトラ Vol.10

世界が認めた屋台発祥の中華そば 福井・敦賀「中華そば一力」

2022年08月31日 16時30分更新

 みなさんこんにちは。2024年の3月に迎える30周年に向けて、これまで実施してきましたさまざまなプロジェクトが、どのように誕生したかというプロセスを、ご紹介していく「ラー博にまつわるエトセトラ」。

 前回の記事はこちら: 「極太麺×濃厚つけダレ×魚粉」のスタイルを確立した川越「頑者」

 過去の連載はこちら:新横浜ラーメン博物館のウラ話

 2022年7月より、過去にご出店いただいた約40店舗の銘店を2年間かけて、3週間のリレー形式で出店していただく「あの銘店をもう一度」がスタートしました。2ヶ月が過ぎましたが、おかげさまで大変多くのお客様にお越しいただいております。

 「第4弾」は、地元では知らない人がいないほどの超有名店で、「ミシュランガイド北陸2021特別版」にも選出された「中華そば一力」さんです! 出店期間は2022年9月2日(金)~9月22日(木)の3週間です。

中華そば一力のラーメン

 まず福井県敦賀市について簡単にご説明します。

 敦賀は「つるが」と呼びます。高校野球で「敦賀気比高校」をよく耳にすると思いますが、まさにそこです。日本三大松原の一つに数えられる気比の松原は、敦賀湾の最奥部に位置し、海とのすばらしい景観を織り成しています。2024年の春には北陸新幹線が金沢から延伸します。

 新横浜からは東海道新幹線に乗り「米原駅」でJR特急しらさぎに乗り換え敦賀駅まで約2時間30分の旅となります。

敦賀ラーメンの歴史

 昭和20年代後半に、京都方面から来た屋台が国鉄敦賀駅前で営業したことが始まりとされています。その後、屋台が次々に開業し、約10軒の屋台が駅前に集い、駅に降り立つ乗客や国鉄職員のお腹を満たしていました。昭和40年代になると、団体旅行ブームが敦賀ラーメンを大きく繫栄させることになります。高速道路やドライブインのない時代、富山方面からの観光バスはトイレ休憩のため敦賀駅に立ち寄ったのです。その乗客乗員の多くはチャルメラの音と中華そばの香りに誘われて屋台を訪れました。

1964(昭和39)年の敦賀駅前

 その後、トラック輸送全盛時代が訪れ、屋台は国道八号線沿い(北陸と関西・中部を結ぶ大動脈)に移ることとなりました。するとトラック運転手、海水浴客、スキー客が殺到して人気に火が付き、さらに屋台が増え、「ラーメン街道」と呼ばれ大賑わいとなりました。

敦賀ラーメン街道(2008年撮影)

 その後、深夜営業店の台頭や高齢化による廃業などから、現在ではラーメン屋台は数える程度となりましたが、その間、屋台から店舗へ転身したお店も多くあり、当時の味わいは現在に受け継がれています。このような背景からも、敦賀は知る人ぞ知る「ラーメンの町」なのです。

中華そば一力の歴史

 「中華そば一力」の創業は1958(昭和33)年。製粉会社に勤めていた創業者の菅井幸二さんが当時2万円で売り出していた屋台を購入し、脱サラしたことに始まります。創業当時、敦賀のお客さんが中華そば自体を知らなかったこともあり、1杯40円の中華そばを売ることは大変な苦労がありました。

 そこで菅井さんは福井県内にある高浜海水浴場まで移動し中華そばを売り始めたのです。場所を固定しない流しの屋台で色々な場所を転々としたことで、徐々に評判となり、開業から5年もすると「中華そば一力」は行列ができる屋台となったのでした。

 その後、国鉄敦賀駅前に屋台を固定すると瞬く間に人気店となり、屋台が到着する前から行列ができるほどの人気店となりました。当時を知る人によると「寒さの厳しい北陸で雪が降る中、焚火にあたり暖を取りながら1時間待ってでも食べたかった」というくらい美味しかったそうです。

 開業から20年後の1977(昭和52)年、ついに敦賀市役所の並びに店舗を構えることとなりました。

1977(昭和52)年に建てられた店舗

 この時、長年使用していた屋台を店舗前に飾り、厨房も屋台に限りなく近づけるように設計し、屋台を辞める時に出ていた多くの惜しむ声にこたえていました。その後、フレンチ出身の二代目・菅井宏治さんが継ぎ、創業者亡き後、研究を重ねさらに進化を遂げております。

 「中華そば一力」は地元で知らない人はいないほど知られている銘店であり、このラーメンを食べに県外からも多くのお客さんが訪れています。

「中華そば一力」のラーメン

 スープは豚骨・鶏ガラをベースとしたとんこつ醤油。屋台時代の特注寸胴で作り上げます。鶏と豚の脂がまじりあい黄金色にキラキラと輝いています。現在のラーメンは、2008年当時からさらに使用食材を増やし、改良がくわえられ、より奥深い味わいに進化しています。

中華そば一力のラーメン

 麺もさらに改良がくわえられ、北海道産超強力小麦ゆめちからをベースに中力粉などをブレンドした「穂のちから」を使用した多加水熟成ウェーブ麺。温度・湿度に合わせて最高の状態のものを提供。麺は敦賀より直送します。具材はチャーシュー、メンマ、ネギに、彩を添える紅ショウガ。そして香りづけのため粗挽きの胡椒を使用。

「ミシュランガイド北陸2021特別版」に掲載

 現在の「中華そば一力」のラーメンは2008年の当館出店時から、さらに使用食材を増やし、改良がくわえられ、より奥深い味わいに進化しています。2021年5月には、富山・石川・福井3県を対象としたミシュランガイド北陸2021特別版が発売され、「中華そば一力」本店が選ばれました。

 二代目 菅井宏治氏のコメント 

 「これまでの傾向から掲載されるラーメンは、どちらかというと淡麗系のラーメンが主体でしたので、私たちのお店が掲載されるというのはないだろうと思っていました。屋台から始まったソウルフードがこうして掲載されたことは大変うれしいことです」。

左:二代目・・菅井宏治氏 右:初代・・・菅井幸二氏(2008年撮影)

 次回は第5弾 伊豆「あまからや」についてお話ししたいと思います。お楽しみに!

 新横浜ラーメン博物館公式HP
 https://www.raumen.co.jp/

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文/中野正博

プロフィール
1974年生まれ。海外留学をきっかけに日本の食文化を海外に発信する仕事に就きたいと思い、1998年に新横浜ラーメン博物館に入社。日本の食文化としてのラーメンを世界に広げるべく、将来の夢は五大陸にラーメン博物館を立ち上げること。

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