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地元主婦たちがワクチン予約のコンタクトセンターを担うまで

コロナ禍とデジタルが糸魚川市を変えた

 日本の東西の境界「フォッサマグナ」が通ることで有名な新潟県糸魚川市。産業部門が雇用促進事業の一環で整備する「いといがわテレワークオフィスthread」では、コロナワクチンの接種受付を行なうコールセンターを2021年2月に立ちあげた。特別なIT能力は持たない地元の主婦層が主となっている組織であったが、より良いサービス提供を求め、研究する中で、予約受付をkintoneで管理できるまでに成長した。少子高齢化に悩みを抱える、ありふれた地方自治体が、どのようにコロナ禍とデジタルに接したのか。プロジェクトをリードした2人に話を聞く。

女性の就業機会を増やすテレワークオフィスの取り組みに試練

 コロナ禍が始まって約3年。国や自治体は、コロナウイルスへの対応を通してITの貧弱さをまざまざと見せつけられた。特に給付金受給とコロナワクチン接種の業務に関しては、多くの自治体が紙と印鑑を頼らざるをえず、処理能力の限界を超えてしまった。「DX」という言葉を用いるかどうかを別として、デジタルの活用がなければ、コロナウイルスや自然災害といった事態に迅速に対応できないことが明らかになったのである。

 コロナ禍が自治体のIT化を一気に加速したのは間違いない。今回紹介するいといがわテレワークオフィスthreadもコロナワクチン予約をきっかけにIT活用に舵を切った組織の1つだ。kintoneを使って予約を効率化しただけではなく、女性の就業機会という課題を解消する1つのきっかけを見つけられたように思える。まずは糸魚川市の雇用・就業担当である久保田 直子氏にコロナ禍以前からの糸魚川市の課題について説明してもらおう。

 糸魚川市も、少子高齢化につながるさまざまな課題を抱えているが、久保田氏の立場から見ると、特に課題として大きいのは、若者の流出と女性の就業率が低いこと。「就業率が低いことが悪いとばかりと言えず、企業の福利厚生が厚いため、1人の働きでもある程度生計が成り立つのかもしれないと想像するご家庭もあります」(久保田氏)とのこと。前回の国勢調査では女性就業率が県内の20市で最下位だったため、他の自治体に比べても状況は深刻だ。

糸魚川市 産業部 商工観光課 企業支援室 商工労政係 主査 久保田直子氏

 女性の就業機会が少ないと、地元で生まれた女性は、大学進学等で転出して、そのまま市外・県外で就職してしまう。結果、家庭を持ち、地元に戻ってこないケースも多い。当然ながら地元で働く男性は結婚の機会を失い、少子化も加速することになる。糸魚川市の場合、年少人口、若者・子育て世代の減少は著しく、2017年の時点ではすでに市民の1/3が高齢者という状況。現時点ではすでに約4割が高齢者だ。

 こうした課題感から、テレワーク人材の養成や先行している自治体の視察などを始めたのが2016年。その後、2019年に廃校をリフォームして生まれたのが、「いといがわテレワークオフィスthread」になる。「なんらかの事情で働いていない女性たちが、時間にとらわれない働き方を実現できる場所として作りました」(久保田氏)。

 地元の主婦たちが働くいといがわテレワークオフィスthreadも立ち上がりも順調で、県外からの業務委託も受けていた。しかし、2021年、コロナ渦の影響で急遽委託されていた業務がストップすることになり、テレワークオフィス自体が大きな危機を迎えることとなった。「当時で15人くらいのワーカーさんがいましたが、事情があって時短の仕事をしている人ばかり。『生活はどうしたらいいんだ』と悩む方もいました」と久保田氏は振り返る。

都内からUターンしたITマン コールセンターを作る

 こうしたいといがわテレワークオフィスthreadの悩みに応えたのが、今回のストーリーでもう1人の登場人物である下越幸二氏だ。長らく都内のIT企業で経験を積んできた下越氏は、テレワークオフィスthreadをワクチン予約を行なうコールセンターに作り替えた。

コロナワクチン 予約センター責任者 下越幸二氏

 50代の下越氏は糸魚川市と合併した旧能生町の出身。高校卒業後に上京し、進学後、IT企業のアシストに勤務。管理職を歴任するまでになったが、両親を心配し、奥さんとともに実家のある糸魚川市にUターンしてきた。学生時代から年に3回は必ず帰省し、親戚や同級生など地元コミュニティとつながっていたというのも大きかった。

 とはいえ、Uターンの決断に至るまでは長い時間がかかった。「年々弱っていく両親を見て、いずれ戻ってこなければと思ってはいました。でも、会社では中心となって働いているし、戻ってきても家族が生活できるのか?という不安もあり、なかなか決断ができませんでした」と下越氏は語る。とはいえ、車しか移動手段がない田舎では、もはや買い物すらおぼつかない。悩んだ末、奥様の理解を得て戻る決断ができた。「いろいろ計算してみると、大きな収入がなくても、なんとか生活はできるだろうという確信も得ましたし」と下越氏は語る。

 下越氏は、Uターン者支援の相談で市役所を訪問。久保田氏が聞き取りを行なう中で、テレワーク事業について話題にすると、「オレ、得意かも。時間もあるし、手伝ってあげられるよ」という答えが返ってきた。久保田氏は、「市のために何か行動したいという気持ちがあふれていたんですよね。ちょうど、テレワークオフィスでは業務が途絶え、ワクチン予約センターの業務を受託しようとしていた矢先だったので、早速、相談に乗ってもらいました」は振り返る。

 実は下越氏はアシスト時代にコールセンター運営に関わっており、マネージャーの経験もあるプロフェッショナルだった。まさに渡りに船。久保田氏の相談に対して、「仕事がなくなって、ワーカーさんたちの収入をなくすわけにはいかないのなら、(ワクチン予約センターに)取り組んでみれば良いんじゃない? やり方はいろいろあるから。とアドバイスしました」と下越氏はひょうひょうと語る。都内のIT企業で培ってきた経験、知識、ノウハウと、自治体が抱えていた課題がマッチングされた瞬間だった。

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