今回のひとこと
「創薬事業は、NECにとって今後の事業の大きな柱となり、社会貢献の柱になるという強い意志を持って取り組む。100種類以上の多種多様なコロナウイルスに対応するとともに、変異に強いワクチン開発を目指す」
ベータコロナウイルス属に有効な次世代ワクチン開発へ
NECは、新型コロナウイルスを含む、ベータコロナウイルス属に有効な次世代ワクチンの開発に乗り出した。
ベータコロナウイルス属とは、新型コロナウイルス(COVID-19)やその変異株、MERS(中東呼吸器症候群)やSARS(重症急性呼吸器症候群)など、100種類以上のウイルス群のことを指す。
NECの遠藤信博会長は「NECはAIを活用し、100種類以上の多種多様なコロナウイルスに対応するとともに、変異にも強いワクチンの開発を目指す。ワクチン開発のスピードと精度を向上させ、ICTを活用したイノベーションによってゲームチェンジを目指す」と宣言する。
NECが創薬事業に取り組んでいることに違和感を持つ人は多いかもしれない。
だが、NECでは20年以上前から、AIを活用した創薬に乗り出しており、2016年には、山口大学および高知大学と共同で、がん治療用ペプチドを使ったワクチンの開発、実用化を進めるサイトリミックを設立。創業120年を迎えた2019年には、定款を変更して創薬事業に本格的に取り組むことを発表している。このとき、2025年には、事業価値として3000億円を目指すことを明らかにしている。
実際、すでに、AIを活用したがんワクチンの開発に着手。2021年11月には、NECが開発した個別化がんワクチンが、免疫原性および臨床成績において良好な予備的データを得たことを発表している。
新型コロナウイルスの拡大の初期段階であった2020年4月には、新型コロナウイルスワクチンの設計に向け、AI予測技術を活用した遺伝子解析の結果を公開。これは、ウイルスタンパク質の3000のゲノムデータから解析。個別化がんワクチンの開発に使用しているAI予測技術を適用したという。
次世代ワクチンの開発は、こうした取り組みをさらに加速させるものであり、ベータコロナウイルス属に対するmRNAワクチンの設計や、コンセプト実証を行うプロジェクトを開始。今回のアプローチによって有用性が示せた場合には、パンデミックを引き起こす未知の病原体を指す「Disease X」を含んだ病原体に対しても、ワクチン開発が展開できるとの期待が高まっている。
CEPIから最大480万ドルの拠出
この取り組みをバックアップするのが、感染症流行対策イノベーション連合(CEPI=Coalition for Epidemic Preparedness Innovations)である。
CEPIは、2017年1月に、ダボス会議で発足した国際基金で、日本、ノルウェー、ドイツ、英国、欧州委員会、オーストラリア、カナダ、ベルギー、ビル&メリンダ・ゲイツ財団、ウェルカム・トラストなどが資金を拠出。その資金を、ワクチン開発を行う製薬企業、研究機関に提供している。日本政府は、2022年2月に、今後5年間で3億ドルを新たに拠出することを発表している。
CEPIでは、平時はエボラ出血熱のような世界規模で流行が生じる恐れがある感染症に対するワクチン開発を促進しているが、現在は新型コロナウイルスに対するワクチン開発を支援。今後、新たなパンデミックが発生しても100日以内にワクチンを完成させることを目標に掲げている。
NECは、CEPIが公募した「ベータコロナウイルス属を広く予防するワクチンの開発」に採択され、CEPIがシードファンド(初期段階の投資)として、最大480万ドルを拠出することを発表している。また、CEPIでは、資金を拠出するプロジェクトに対しては、公平にアクセスできることを原則としており、NECの成果は、このポリシーに従って公開されることになる。
NECでは、日本にあるAI創薬統括部が開発の指揮を執り、活動の主体はノルウェーのNECオンコイミュニティがになうという。NECオンコイミュニティは、NECが2019年に買収した企業で、免疫学の知識を背景にしたバイオインフォマティクスの専門家集団だ。とくに免疫反応を予測する抗原選択技術では世界最先端だという。
さらに、NECの欧州研究所、北米研究所のAI研究者もこのプロェクトに参画。オスロ大学病院や、ワクチン開発を支援する非営利団体のEVI(European Vaccine Initiative)とともにコンソーシアムを形成して、開発を推進。オスロ大学病院やEVIでは、患者の血液を使った免疫反応試験も行うという。こうした取り組みを経て、非臨床試験および臨床試験を実施。製薬会社とのパートナーリングによって、将来に渡り、継続的に開発を進めることになるという。
NECでは、今後18カ月で、ベータコロナウイルス属での共通の抗原を探索。その後6カ月間で免疫反応試験を実施。その結果を見て、CEPIとともに、非臨床試験および臨床試験を行う予定だという。
抗体による感染予防とは異なる免疫応答の仕組みを生かしたmRNAワクチン
ファイザーやモデルナが開発した新型コロナウイルスワクチンは、mRNAワクチンと呼ばれ、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質の設計図となる遺伝子情報を搭載したワクチンであり、これを接種すると体内で免疫機構が活性化し、スパイクタンパク質に対する抗体が作られる。この抗体により、新型コロナウイルスが体内に侵入しても不活性化され、感染を予防することができる。
だが、課題もある。ひとつは、抗体反応が半年程度しか効果が持続しないため、追加接種が必要であることだ。もうひとつは、コロナウイルスは変異が起きやすく、スパイクタンパク質に変異が起きると、これまで有効だった抗体の効果が弱まるという点だ。
新型コロナウイルスの場合、オリジナル株では95%あった発症予防効果が、オミクロン株では65%に落ち、2回目接種から20週間を経過すると効果は10%にまで落ちるという結果が出ているという。効果を維持するためには、ワクチンの作り直しや追加接種の繰り返しが続くことになるのだ。
NECでは、ウイルスに感染した細胞を、免疫細胞の一種であるT細胞が攻撃すると、抗体による感染予防とは異なる免疫応答があるといった仕組みを活用したmRNAワクチンの開発を行うことになる。
NEC AI創薬統括部長の北村哲氏は、「T細胞による免疫応答は、SARSでは10年以上にわたって効果が持続するという報告がある」とし、「世界最先端のAI技術を創薬に応用し、抗体とT細胞の両アプローチによって、広範なウイルスに対する汎用ワクチンの設計を行うことで、変異に強いことに加えて、免疫が長期間持続することが期待できる。また、T細胞を活性化させるために、NECの高度な計算により、人種によって異なる広範な白血球型に対応し、世界人口をカバーすることを目指す」という。
ワクチンの設計においては、スパイクタンパク質を含むすべてのウイルスタンパク質の遺伝子データを分析し、そのなかから最も有効と思われる組み合わせを見つけることになる。現在では、新型コロナウイルスにおいて、650万以上の膨大な遺伝子データを蓄積しており、ここから最適な組み合わせを、NEC独自のAIと、数理最適化技術を活用して見つけ出す。これによって、免疫機構を最大限に活性化し、ウイルスの変異に強く、世界中の人々に高いワクチン予防効果がある最適な組み合わせを導き出し、mRNAワクチンに搭載することを目指すというわけだ。
さらに、現在の新型コロナウイルスワクチンと同様に、抗体による免疫応答にもAIによる計算を行い、ワクチンデザインに取り入れることで、体内に侵入したコロナウイルスを抗体で不活性化し、あわせてウイルスに感染した細胞をT細胞が攻撃するという2段構えのワクチンが生まれ、より有効性の高いmRNAワクチンが実現できるという。
パンデミック発生のサイクルは短くなっている
新型コロナウイルスの影響により、世界的な経済損失は3000兆円に達している。感染者数は4億9218万人、死者数は615万人にのぼるという。
NECの北村氏は、「1900年代にはパンデッミクは3回発生したが、2000年代に入ったわずか20年間で4回のパンデミックが発生している。サイクルが短くなっており、このスピードは今後も変わらず、脅威が繰り返されるとの見方がある」と指摘する。
NECの遠藤会長は、「新型コロナウイルスは、速いスピードで地球全体に感染が広がり、人間社会の活動を3年間に渡って大きく抑制した。この経験は、将来のパンデミックに備え、迅速に対応できる強靭なヘルスケアプラットフォームの構築を急ぐ必要があるという世界の共通認識を生んでいる。NECは最先端のICTを活用し、グローバルヘルスケアの領域においても貢献したい。業際を超えたバリューチェーンを構成し、国際機関、アカデミア、各国政府とのパートナーシップによって共創するヘルスケアプラットフォームを通して、NECが得意とするICT力を使い、人間社会の持続性に貢献したい」と語る。
NECは、ブランドメッセージとして「Orchestrating a Brighter World」を打ち出している。「2014年に制定したこのブランドメッセージに込められたように、NECは、ICTを活用して社会課題を解決し、安全・安心・公平・効率という社会価値を創造し、誰もが人間性を十分に発揮できる持続可能な社会の実現を目指している。これは2015年に制定されたSDGsが目指す方向性と同じである。ICTによる創薬、NECのイノベーション力を生かして、世界に貢献していくことになる」とする。
さらに、「CEPIによるNECへの資金拠出は、NECの技術が世界のトップレベルにあることの証であり、深い自信を持って実行していく」と前置きし、「AIによる創薬は、ICTの進歩が可能にしたものである。創薬事業は、NECにとって、今後の事業の大きな柱となり、社会貢献の柱になるという強い意志を持って取り組む事業になる」とする。
NECの創薬事業への取り組みは、最先端のAI技術を持つNECだからこそ可能になる社会貢献のひとつともいえる。
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