私が、歴史的なデジタル機器をブロックで作るブロックdeガジェットで、3.5インチフロッピーディスクを作った。3.5インチフロッピーは、1970年代から2000年代にかけてあらゆるデジタル関連のアイテムのなかで、誰からも親しまれ、最もコンピューターを大衆化させた立役者はこれかもしれない。
以下、動画ご覧あれ。
「園芸家」と「パソコン家」には多数の共通点がある
さて、3.5インチフロッピーで連想したのは、チェコの作家カレル・チャペックに『園芸家12カ月』(小松太郎訳、中公文庫)という作品である。チャペックというと、「ロボット」という言葉を生み出した『R・U・R』(千野栄一訳、岩波文庫)や、核兵器を予見したともされる『クラカチット』(田才益夫訳、楡出版)なども気になる。しかし、私が好きなのは、むしろ日常的な人たちを描いたエッセイだ。
『園芸家12カ月』は、私のような趣味的な生き方をする人間について、批評性にとんだ、つまり、私自身を考えさせる本だった。この場合、「園芸」は「パソコンをいじること」に相当するので、「園芸家」に対して「パコソン家」というものが存在してもよいと思う。園芸における「庭」は、すなわち「パソコン」の画面である。庭の下に「土壌」があるように、パソコンにも「ハードディスク」というものがある。
チャペックは、園芸家について次のように述べている。「園芸家は文明によってつくり出された人種であって、自然淘汰の結果ではない。園芸家が、もし自然から進化したとしたら、外観はちがっていたはずだ。第一、しゃがまないですむように、カブトムシのような脚をしていただろう。そして、翅をもっていただろう。そうすれば、見た目もきれいだし、花壇の上をとぶことができたからだ」。
同じように、パソコン家も自然淘汰の結果ではなく、文明によってつくり出された人種であるのは間違いない。もし、パソコン家が自然から進化したのだとしたら、外観が違っていたはずだ。ノートPCを手で持ちながらキーボードとマウスを同時に使うために、カブトムシのように6本の肢を持っていた可能性が高い(東大の稲見昌彦研究室のMetaLimbsを想像するとよい)。翅はいらないが、バーチャル空間を飛びまわりたいからVRヘッドセットが頭にめり込んでいる。
チャペックによると、園芸家はお互いがそうであることを嗅ぎ分け、最初はまず天気に関する話題をするそうだ。「いや、わたしの記憶では、まったく、ことしみたいな、こんな春はいままでなかったですよ」といった具合だ。これは、パソコン家においては、回線の接続性やグーグルのサービスの変更などについてのことに相当するものだろう。そして、話題は、雨量や化学肥料や、さまざま植物のことへと移っていく。パソコン家も、環境をととのえ、種や苗を植えるようにアプリをPCにインストールしたりプログラムを書いたりしている。
園芸家の楽しみとして、自分の庭を眺めたり、鳥のさえずりを聴いたりするというのがあるそうだ。たぶんパソコン家にも似た楽しみがあると思う。しかし、ここで大切なのは、園芸家もパソコン家も、人と人が繋がることによるネットワークを形成していることだ。それによって、園芸家の庭も、パソコン家のデジタルライフも、ずっと豊で楽しいものになる(パソコンの場合は仕事もはかどるというのもある)。
『園芸家12カ月』には、園芸家が、劇場の廊下や医者の待合室で知り合ったばかりの園芸家に「球根」を1つあげるというくだりがある。この部分を読んだとき、私の頭の中には稲妻のようなものがはしって、パコソン家において同じように手から手へと渡されるあるものが思い浮かんだのである。それは、いうまでもなく「フロッピーディスク」である!
そうなのだ。まだパソコン通信もインターネットもなかった時代には、フロッピーディスクが、データを届ける主要な手段の1つだった。『月刊アスキー』で、1989年2号で初めてフロッピーディスク(5.25ディスク)を付録に付けた。マイクロソフトさんから「Quick C」を大量に配布したいという相談があり、当時、フロッピーディスクに参入したばかりの花王さんの製品を使わせてもらい。初の試みなので、ボール紙で補強して結束積み上げ試験などもしてもらって刊行にこぎつけた。
5.25インチよりも扱いやすい3.5インチフロッピーは、気軽に手渡せるし、草の根的なネットワークの役割を果たしていた。『Pop up Computer』や『ジャングルパーク』で知られる松本弦人さんが「フロケット」という自作ソフト即売会をやったり(主催はデジタローグだったか)、パソコン雑誌の付録ではなくフロッピーマガジン(あるいはディスクマガジン)なんてのも出てきた。
JIS規格では「フレキシブルディスク」、IBMなどは「ディスケット」と呼んでいたフロッピーディスクだが、3.5インチフロッピーを製品化したのはソニーである。そのソニーが、3.5インチフロッピーの国内販売を終了すると発表したのは2010年のことだった。予定通りに事が進んでいたのだとしたら2011年3月末で少なくとも出荷は終わっていたはずである。
ちなみに、そのアナウンスによると、ソニーによる3.5インチフロッピーディスクの出荷ピークは、2000年で、4700万枚を世に送り出したそうだ。世界中でフロッピーの中に込めれらた個人のクリエイティブのことを思うと、クラッと気が遠くなる思いがする。
3.5インチというのは《マジックサイズ》なんじゃないか
ところで、3.5インチというサイズはビデオでも触れていたとおり、マクドナルドのハンバーガーで使われているバンズの直径と同じである。調理前のパテは1個が1.6オンス、直径は3.875インチとなっているが、手に持ったときには3.5インチに収まるということらしい。
マクドナルドのハンバーガーの場合は、どの国でも毎年出荷される数はとんでもないことになるので、ほんのちょっとした肉やパンの大きさの増減が、材料費や売上げに大きく影響する。そのため非常に正確に計測されて納品・作られているのだともどこかで読んだ。
そして、それを食べる人間の口というドライブのほうもこのサイズによく馴染んでいる。日本マクドナルドの創業者である藤田田氏は『ユダヤの商法』(ベストセラーズ刊)の中で、おにぎりと同じように手に持って食べるからハンバーガーは日本でもヒットすると考えたと書いていた。3.5インチというのは人が手でもってあつかう、子どもにも大きすぎず、大人にも小さくない《マジックサイズ》なんじゃないか?
今回、少し出てきた3.5インチフロッピーくんたちの写真をいくつか掲載しておくことにする。
■ 「ブロックdeガジェット by 遠藤諭」:https://youtu.be/zsnZVY7JZP0
■再生リスト:https://www.youtube.com/playlist?list=PLZRpVgG187CvTxcZbuZvHA1V87Qjl2gyB
■ 「in64blocks」:https://www.instagram.com/in64blocks/
遠藤諭(えんどうさとし)
株式会社角川アスキー総合研究所 主席研究員。プログラマを経て1985年に株式会社アスキー入社。月刊アスキー編集長、株式会社アスキー取締役などを経て、2013年より現職。角川アスキー総研では、スマートフォンとネットの時代の人々のライフスタイルに関して、調査・コンサルティングを行っている。「AMSCLS」(LHAで全面的に使われている)や「親指ぴゅん」(親指シフトキーボードエミュレーター)などフリーソフトウェアの作者でもある。趣味は、カレーと錯視と文具作り。2018、2019年に日本基礎心理学会の「錯視・錯聴コンテスト」で2年連続入賞。その錯視を利用したアニメーションフローティングペンを作っている。著書に、『計算機屋かく戦えり』(アスキー)、『頭のいい人が変えた10の世界 NHK ITホワイトボックス』(共著、講談社)など。
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