横浜美術館では、造形プログラムと鑑賞プログラムを組み合わせた「教育普及」を展開しています。なにやら堅くるしく感じるかもしれませんが、地域社会や学校と連携し、市民・子ども・障がい者・高齢者など幅広い人々に開かれた活動は、横浜美術館ならではのユニークなものです。
シリーズ第3弾は、教育普及活動を担う鑑賞エデュケーターが登場。美術とのいろんな出会い方、幅広い楽しみ方を知ってもらえたら… そんなエデュケーターならではの思いを発信します!
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美術に触れたときの心の動きは、人それぞれだから面白い。
横浜美術館で、その楽しさに出会ってください。
中高生から先生まで、いろんな人に美術に触れてもらいたい
――「エデュケーター」って、どんなことをしているの?
古藤:ひと言でいうと「美術館における学びの体験をデザインする仕事」です。横浜美術館の教育普及担当には「造形エデュケーター」と「鑑賞エデュケーター」の2つの職種があり、私は鑑賞エデュケーターとして、さまざまな立場の方に「美術との関わり方が多様でより深いものとなる」よう、サポートしています。
――たとえばどのような活動があるのでしょう?
古藤:学芸員やエデュケーターが、その専門性を活かしてコレクション展のみどころや楽しみ方を紹介する「ギャラリートーク」。同じ作品解説でも、造形エデュケーターなら技法について詳しく語ることができます。ボランティアが展覧会のみどころをコンパクトに紹介する「展覧会・ココがみどころ!」なども行なっているほか、「学校や家とは違う形で美術の世界に触れてもらう」ための中高生を対象としたプログラムもあるんですよ。
――中高生の年代は美術館に縁遠いイメージがありますけど…
古藤:確かに。中学・高校生で美術館を身近に感じている人は少ないですよね。私もそうでしたから分かります(笑)。
中高生向けのプログラムは「ヨコハマトリエンナーレ2014」を機にスタートしたもので、アーティスティック・ディレクターだった美術家の森村泰昌さんの「未来を担う子どもたちにアートの面白さを伝えたい」という思いが出発点だったと聞いています。
およそ半年にわたる長期プログラムで、はじめに美術館の展示をみたり、アーティストや学芸員、さまざまな分野の専門家に出会って幅広い刺激を受けてもらいます。後半は、その体験をベースに自分たちで小学生向けのツアーを企画し、ワークショップを実施するなど、「人に伝えること」に挑戦します。
残念ながら、コロナ禍にあった昨年は、最終目標である「中高生による小学生向けツアー」が実施できませんでした。けれど、それまでは「伝える」ことにそそいでいたパワーを、学びを「深める」ための活動に集中。アーティストや作品に出会って受け取ったものを、自分たちの日常を舞台としてさらに探求しました。
――具体的にはどんな活動があったんですか?
古藤:たとえば、アーティストのワークショップから発想した「なおす」に焦点をあて、あえて逆の行為である「分解」に取り組んだグループは、タマネギやエノキダケを分解しました。「時間」というキーワードを体感するために「氷が溶けるのを眺めてみる」グループもありました。「作品鑑賞」でも「創作」でもない、予想がつかないものばかりでしたが、作品やアーティストから受けとったキーワードをもとに自分たちで考え、展開させた活動は、とてもアート的な試みだったと思います。
プログラムの最後に発行する「記録誌」も、冊子のタイトルや構成、デザインの方向性を自分たちで考え、素晴らしいものになりました。変更続きで大変な日々でしたが、これは私たちにとっても大きな収穫だったと感じています。
――横浜市の教員を対象としたプログラムもあるんですね
古藤:はい。いくつかありますが、たとえば「横浜美術館コレクションを活用した授業のための中学校・美術館合同研究会」は、公募で集まった中学校の美術科教員のみなさんと私たちが、横浜美術館の所蔵作品を使った授業案をおよそ1年かけて作成し、公開するプログラムです。2016年度から4年にわたって開催してきましたが、これまでは、とにかくプログラムをやり遂げることで精一杯だったかも、という反省点がありました。そこで、休館を機にプログラムの成果や課題を改めて振り返る公開研究会を開催しました。ご参加くださった先生方からは、私たちが気付かなかった点もたくさんご指摘いただき、今後に向けて検討すべき課題が明確になったと思っています。
ボランティアは休館中も活動中。研究成果はツイッターで発表予定!
――休館中、プログラムはすべてお休みなんですか?
古藤:いえいえ。展覧会がないのでギャラリートークなどは開催できませんが、「実物」がない中で何ができるのかを考えながら、様々な活動を行なっています。
たとえばボランティアの育成。開館中は、作品について学んだ上で、展覧会のみどころ紹介などを担っていました。休館中は、展覧会のように作品を実際に鑑賞することはできませんが、横浜美術館や所蔵作品に関わるテーマを設定し、調査・学習する「自主活動」に取り組んでいます。
現在取り組んでいるテーマは、物語を主題とする作品の背景などを研究する「描かれた物語」、横浜ゆかりの作品に描かれた場所を調査する「ヨコハマ・アートマップ」、横浜美術館の建築やその設計者である丹下健三について研究する「丹下健三勉強会」の3つ。コロナ禍で集まることも難しい状況ではありますが、オンラインを駆使しながら、それぞれ研究に取り組んでいます。学習したことはアウトプットすることが大切なので、研究成果をツイッターなどで発信することも検討中です。
――リニューアルオープン後にやってみたいことは?
古藤:同じ教育普及グループでも、これまでは、鑑賞エデュケーターと造形エデュケーターが一緒に活動することはほとんどありませんでした。一緒にやったらまた違った展開ができるのでは、という思いは双方にあったと思いますが、現場が動いているときはなかなか踏み出せなくて。けれど、休館を機に具体的な構想がスタートしました。現在は定期的に集まり、テーマを決めて互いの思いや考え方をじっくり話し合っているところです。皆さんに楽しんでいただけるプログラムにつなげたいと思っているので、楽しみにしていてください。
作品もさることながら、美術館に来る人って興味深い
――美術館で働くには美大で学ばないとダメ?
古藤:学芸員や鑑賞系のエデュケーターは、意外と美大出身者が少ないんです。実際、私は美大卒ではありません。造形などの専門知識を学んだこともなく、卒業後は一般企業に就職しました。それがふとした縁から美術館で接客を担う仕事に転職し、そこで「人」をみているのが面白いと感じたんです。「美術と関わっているとき、その人の中では何が起きているんだろう」ということに興味を持つようになり、大学院で認知心理学を学び直し、現在に至っています。
――美術作品より「人」が面白い?
古藤:だって、不思議ですよね。同じ作品をみても人によって感想はさまざまだし、時間の経過や他の人と話すことで「嫌い」から「好き」に変わっていくこともあれば、その逆もある。そんな「揺らぎ」があることが面白いと思っています。その揺らぎに目を向けることで、改めて「この作品にしかない意味や価値って何だろう?」という問いに向き合うことができる。さらにいえば、美術にしかない意味や価値って何だろう、美術と科学は何が違うのだろう…。そんな問いについて考えるヒントも、美術作品だけでなく、美術と関わる「人」の中にあるような気がするんです。それってすごく面白いと思いませんか。
美術館から日常の生活へ、緩やかにつなぐ「出口」を考える
――古藤さん個人として、今後やってみたいことは?
古藤:美術館に来た人に何かを持って帰ってもらうための「出口」の設計について考えています。
美術館は「世間から切り離された孤高の空間」みたいなイメージを持つ人が少なくなくないので、ギャラリートークやイベント、広報活動などを充実させて「入口」の敷居を低くする努力を重ねています。でも、美術館から普段の生活へ帰る「出口」の整備も必要だと思うんです。抽象的な話で申し訳ないのですが、美術館での体験が作品の前から離れた瞬間に終わってしまうのではなく、普段の生活へとグラデーションのように緩やかにつながっているイメージ、でしょうか。
美術作品に対しては「涙が止まらなかった」「奇跡の出会い」といった話がクローズアップされ、ドラマティックな側面が強調されがちだと感じています。もちろんそれは素晴らしい体験だと思いますが、美術の楽しみは「一瞬で人生が変わるほどの感動」だけではありませんよね。ゆっくり時間をかけて「なんか好きかも」と感じることもあれば、美術館でみたときは印象に残らなかったのに、数日後に「あ、この景色はあの作品とリンクする」と気付くような出会い方もあると思います。そんな、美術館で体験したことを日常の暮らしの中に緩やかに浸透させていける「出口」を考えていきたいと思っています。
古藤 陽(ことう・みなみ)
福岡生まれ。民間企業の営業職の後、都内の美術館での接客業務を経て「美術館に訪れる人」に興味を持ち、大学院に出戻り認知心理学を学ぶ。研究に取り組みながら学芸員資格を取得した後、教育普及の専門職員としてふたたび美術館で働く中で、縁あって横浜美術館へ。現在はエデュケーターとして、様々な人のための鑑賞プログラムや、学校教員・ボランティアと関わる活動の企画・運営を行なっている。
<わたしの仕事のおとも>
打合せメモではなく、自分専用のノートが必需品。文字に起こさないと自分の考えをまとめられないタイプなので、常にノートとペンを持ち歩き、思いついたことを何でも書いて、頭の中を整理しています。
<わたしの推し!横浜美術館コレクション>
とにかく可愛い!ビールジョッキに尻尾がつくだけで生き物のように見えてくるから不思議です。毛皮の手触りまで想像できるし、いろんな角度から楽しめる作品だと思います。2020年の「トライアローグ」展では富山県美術館が所蔵する作品と2点並んで展示されたので、より一層可愛かったです。
※この記事は下記を一部編集のうえ、転載しています。
―note「美術館のひとびと」
https://yokohama-art-museum.note.jp/n/nc224baed2f20
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