東京都の創業支援施設「TOKYO創業ステーション」は2017年1月の開設から5周年を迎える。当時から現在までの5年間で起業の形やスタートアップ環境はどう変わってきたのか。施設を運営する公益財団法人東京都中小企業振興公社創業支援課長の長岡 宏昭氏、多摩創業支援課長の山本 康博氏に話を聞いた。
東京都のスタートアップエコシステムとTOKYO創業ステーションの役割
東京都ではスタートアップ支援施策として、事業フェーズや支援区分ごとにさまざまな支援メニューを用意している(参考:東京コンソーシアム https://www.ecosystem.metro.tokyo.lg.jp/)。このうち、創業前の起業家の相談や起業意欲の促進を目的とした施設が「TOKYO創業ステーション」だ。東京都では、世界有数の起業しやすい都市へと発展するため、2030年度までに都内開業率12%を達成目標としている。
TOKYO創業ステーションは、丸の内と2020年7月に開設した立川の「TOKYO創業ステーションTAMA」の2拠点があり、どちらも「Startup Hub Tokyo」と「Planning Port」の2つのフロアで構成される。
Startup Hub Tokyoは、起業に興味のある人、起業を志している人の起業意欲を促進する場だ。起業のための作業や打ち合わせ、ネットワーキングに使えるラウンジスペース、先輩起業家によるコンシェルジュ相談窓口、約100名収容できるイベントスペースがあり、創業に役立つ各種イベントを年間ほぼ毎日、360回以上開催している。
Planning Portでは、具体的に起業を予定している人向けのサービスを提供。事業計画書の策定や開業手続きのサポート、融資相談など、創業の準備状況に合わせて専門家が相談に乗ってくれる。
スタートアップ型の起業促進、若年層の掘り起こしが課題
TOKYO創業ステーション丸の内は、グローバル企業が集まるオフィス街という立地もあり、利用者のほとんどが会社員で、男性は50代、女性は40代が多い。民間企業などでひととおりの経験を積み、スキルを活かして自分のやりたいことにチャレンジしたい、と起業を志すようだ。実際に創業につながるのもやはり40、50代が多く、年齢が上がるほどにスモール型を選択する傾向があるとのこと。
学生や若い世代はまだ経験が少ないこともあり、すぐには創業につながりにくい。ただ、スタートアップ型は20~30代が多く、多摩拠点では若年層の掘り起こしのため、大学等と連携した学生向けイベントに力を入れている。
東京都ならではの特徴といえるのが、起業業種の約2割が情報通信業という点だ。IT系はスタートアップ型での起業が多いが、短期間で投資を受けて一気に成長を目指すケースは稀。まずは受託事業などで日銭を稼ぎ、3~5年後に成長事業に投資する、という堅実な起業形態が多いようだ。
女性起業家、副業からの起業が増えてきている
2021年の世界の起業しやすい都市ランキングでは東京が9位に上昇。ここ5年間で東京都のスタートアップエコシステムは発展し、スタートアップが開業しやすい環境になってきている。都内の区市町村でも創業セミナーなどの起業イベントが増えて起業への関心が高まってきたこと、日本政策金融公庫の新規開業向け融資制度の充実や、シード期を対象とするVCが増えたことで資金調達環境はずいぶん良くなっている。
TOKYO創業ステーションも開設当初は、Startup Hub Tokyoは利用していてもPlanning Portでの起業相談は少なかったのが、2年目後半から具体的な起業相談が増えてきたという。
5年間での大きな変化は、女性の利用者が増えたこと。女性の場合、日常生活の身近な課題に着目した地域需要志向型の起業が大半を占めていたが、最近では規模の大きい事業を目指す女性の起業家も見受けられるようになった。
最近の傾向としては、副業からの起業が増えている。また、大手企業などの事業部門の一部を切り離した「カーブアウト型」の起業も見受けられるようになり、新たなイノベーションの担い手として期待される。
若手の育成とシニアの掘り起こし
TOKYO創業ステーションTAMAの大学との連携は期待以上に反響が良く、2021年度は28回実施している。学生の場合、起業に興味を持っても家族からの反対やリスクの大きさから、なかなか一歩を踏み出しにくい。そこで、学生起業家のコミュニティを形成するため、「TAMA起業ゼミ」を開催している。3カ月間でビジネスモデルを作る企画で、今実施中の5期生は14名が参加している。また、起業家・エンジニア養成スクール「G's ACADEMY」との連携で、3日間の集中プログラミングキャンプなど、学生向けイベントも多数開催。ビジネスコンテストで入賞し、会社を立ち上げて大企業とコラボする高校生や大学生の学生起業家も増えてきているそうだ。
一方、丸の内では、シニア層の豊富な経験や知識を生かした創業を後押しする取り組みも行なっている。2019年からは55歳以上を対象にしたビジネスコンテスト「東京シニアビジネスグランプリ」を開催。2021年度は夏に応募を開始し、125名の応募があったという。今年度は2月6日にファイナルが開催され、ファイナリスト10名から4名が受賞した(https://www.tokyo-kosha.or.jp/station/grandprix/index.html)。
最優秀賞を受賞した深津 チヅ子さんは、母親の遠距離介護をしていたときの体験から高齢者がトキメキを感じる服を開発・販売している。優秀賞の小寺 英志さんは、不動産業の経験を活かし、地域密着型のコールセンターをつくるアイデアを提案。それぞれ自身が身近に感じている課題解決に向けたビジネスに挑戦しているのが特徴的だ。
TOKYO創業ステーション出身の成長企業
開業5年を経て、注目のスタートアップも企業も数多く輩出している。例えば、産直通販サイト「食べチョク」を運営する株式会社ビビッドガーデンは、創業期にTOKYO創業ステーションの創業助成事業を活用している。(参考記事:https://startup-station.jp/m2/case/ict/r1-vivid-garden/)
IoT向け無線通信規格「UNISONet」を開発するソナス株式会社(https://www.sonas.co.jp/)は、TOKYO創業ステーションが実施するTOKYO起業塾やプランコンサルティングを利用して事業計画を作成するとともに、創業助成事業も活用。2021年には総額4.5億円の資金調達に成功し、上場を目指してしている(https://startup-station.jp/m2/case/maker/h30-sonas/)。
そのほか、AIを活用したトレーニングアプリを開発する筑波大学発ベンチャーの株式会社Sportip(https://www.sportip.jp/)の代表 高久 侑也氏もTOKYO創業ステーションのコンシェルジュ相談の利用者だ。
今後の展望
TOKYO創業ステーションの支援で創業を促し、事業の方向性に合わせて多彩な支援メニューへとつなげることで成長を促進させていくのが東京都のエコシステムのスタイルだ。今後は、東京都だけでなく、金融機関や区市町村とも密に連携して、スタートアップの出口を強化していくことに力を入れていく計画だ。東京都中小企業振興公社では、「TOKYO UPGRADE SQUARE」(https://upgrade-square.jp/)という行政課題を官民連携で解決するエコシステム構築を目指す場も開設している。
多摩拠点では、学生起業の支援に加え、来年度はものづくりの起業支援を手掛けていく予定。また立川市の商工会議所を中心に日本政策金融公庫など6団体からなる立川市の創業・事業承継ネットワークを活用し、既存事業を引き継ぐ形での起業についても取り組んでいくとのこと。
Startup Hub Tokyoではほぼ毎日イベントを開催している。丸の内では、これから起業を考える方へ向けて、TOKYO創業ステーションの活用方法から、コミュニティマネージャーの座談会や読書会などコミュニティ形成に向けたイベント、経営ノウハウを習得するための金融関係やSNSを活用したウェブマーケティングのセミナーなど、幅広いテーマのイベントを開催。また人気の連続プログラム「TOKYO-DOCAN(トーキョードカン)」は、2カ月・7回の講義でアイデアの着想から事業化までを学ぶプログラムだ。現在は12期目で、DOCAN卒業の起業家による200人規模のコミュニティーも形成されている。多摩では、多摩地区の起業家のコミュニティイベントや地域課題をテーマにしたイベントに人気が高いとのこと。来年度は学生向けに、ものづくりやロボット、AI系のイベントを強化していく予定だ。
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