初代iMacの発売は1998年だが、それよりも1年ほど前のアップルがどんな状況だったかを想像するのはなかなか難しい。1つ覚えているのは、ニューヨーク在住で映像系のお仕事をされていたアップルユーザーの浅井康弘さんが、「マンハッタンにMacintoshの専用フロアがあるお店は2つしかなくなってしまった」とこぼしていたことだ。
私の編集部では、いわゆるDTPのためにデザイナーたちが使うMacintoshがずらりと並んでいた。しかし、逆にいうとそのイメージばかりが強くなっていたというのが正直なところだ。そこへ、スティーブ・ジョブズが12年ほどぶりに暫定CEOとして復帰して、まったく新しい製品として発売したのが初代iMacだった(iMac G3と表記されるようになるが)。
iMacが、1984年に初代Macintoshが発売されたのと同じ会場で発表されたというのは有名だが、その製品コンセプトも初代Macintoshと同じくするものがあった。それは、「Computer for the rest of us」、つまり、業界人ではなく一般のこれからコンピューターを道具として使うような人たちのためのコンピューターである。
そのためのアプローチが、まず「iMac」というネーミングである。誰でも愛称のようにすぐに覚えて呼べる名前。iMacの「i」はなんの意味かというと、ジョブズは、internet(インターネット)、individual(個)、instruct(教える)、inform(活気を与える)、inspire(インスパイア)の意味だと説明した。いうまでもなく、この「i」は、iPhoneへも引き継がれている。
次に、ごろんとオムスビのような親しみのある形をして、半透明のプラスチックからなる一体型のデザインだ。15インチのブラウン管をそのままくるんだところは、1960年にソニーが発売したトランジスタテレビTV8-301を想像した人もいたかもしれない。お菓子のようなトランスルーセントの物体がふだん電子機器に興味のない人たちまでも引き付けた。
最後が、スティーブ・ジョブズの真骨頂というべき、シンプルであれという思想に裏打ちされた取り組みだ。当時のコンピューターは、Macintoshに限らず、それまでの周辺機器との互換性や利便性のために、さまざまな接続端子やスロットがたくさんついていた。ほとんどの企業では会議の結果残されたであろうそれらを気前よく捨て去った。
それは、もちろんちょうど出てきた何台もの周辺機器をプラグ&プレイで使えるUSBにちゃっかり乗ったというのもあるが。それから、最後に1つ付け加えておかなければならないのは、コマーシャルや販売を含むマーケティング戦略も大胆過ぎるくらいのものが展開されたわけなのだが。
iMacは、専門家も含めてほぼ予想されていないところにリーク情報もなくいきなり発売されたとしばしばいわれるが、実は、そうでもなかった。
1年以上前に教育市場向けにアップルから発売された「eMate 300」は、iMacの登場を十分に予想させるものがあった。なんといっても、「eMate」という名前(“i”と“e”は違うが同じネーミングルール)。そして、丸みを帯びたと半透明のデザイン (デザイナーが同じというのもあるが)。子ども向けだからマシン自体もシンプルでハンドルがついている(iMacも初代Macintoshも形こそ違え取っ手がある)。
子ども向けのコンピューターが、初代Macintoshに回帰したiMacと共通する部分があるというのも偶然ではないと思う。ちょうど、音楽プレイヤーであるiPodを作ることになったことが、iPhoneという時代を画する製品を生み出したようにだ。コンピューターは、常に《下から》変革が起こるというとおりだ。
モノ作り、製品作りについて、私のいるコンピューターの世界では、iMacほどそれ自体が教科書といえるものはない。なぜ名だたる企業において教科書どおりのことができないかは、クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』に書いてあるようなことだ。どの会社も同じようなはずの社内外の材料を組み合わせてやれたから、教科書なのだといえる。だからこれと比べられる製品は日本メーカーも含めていくつもあると思う(コンピューターほど鮮烈ではないが)。
ブロックdeガジェットで、初代iMacを作った。前面がポリカーボネートの薄く白いパネルになっている。そのため左右の角でボンダイブルーから白に切り替わる。ブルー自体も同じ色は無理なのだが、ブロックで再現の難しいデザインだ。しかし、初代iMacを作らないことにはこの歴史的なデジタルを作っていくこのシリーズは成り立たない。それでも、だいぶ近づけたつもりなのでご覧いただきたい。
■ 「ブロックdeガジェット by 遠藤諭」:https://youtu.be/68X8MZq1mKk
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遠藤諭(えんどうさとし)
株式会社角川アスキー総合研究所 主席研究員。プログラマを経て1985年に株式会社アスキー入社。月刊アスキー編集長、株式会社アスキー取締役などを経て、2013年より現職。角川アスキー総研では、スマートフォンとネットの時代の人々のライフスタイルに関して、調査・コンサルティングを行っている。「AMSCLS」(LHAで全面的に使われている)や「親指ぴゅん」(親指シフトキーボードエミュレーター)などフリーソフトウェアの作者でもある。趣味は、カレーと錯視と文具作り。2018、2019年に日本基礎心理学会の「錯視・錯聴コンテスト」で2年連続入賞。その錯視を利用したアニメーションフローティングペンを作っている。著書に、『計算機屋かく戦えり』(アスキー)、『頭のいい人が変えた10の世界 NHK ITホワイトボックス』(共著、講談社)など。
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