私が買った《1台》とギガスクール構想の《1人1台》
誰しも、パソコンユーザーであれば最初に買ったパソコンというのがあるはずだ。私の場合は、アップルコンピューター(現アップル)が1984年に発売した「Apple IIc」という8ビットマシンだった。アスキーに入社して『月刊アスキー』に配属されたのと前後して、この米国製コンピューターを買った。
私をパソコンの世界に誘ってくれたのは、某週刊少年マンガ誌の編集者のH氏である(本当に感謝している)。一緒に昌平橋よりの亜土電子に出かけるとそのソフトの百花繚乱ぶりに驚いた。棚に並んでいたり店内で動いているのをちょっと見ただけでも分かるのだが、Apple IIのソフトは、自分が想像していたものとはまるで違っていた。
ゲームやワープロ的なツールやプログラミングの世界もあるのだが、それとは一線を画するものがたくさんある。その後の1ジャンルを形成することになる草分け的ソフトだったり、アニメーションや音楽や学級新聞のオーサリングツールだったり、8ビットの時代には1人の天才が生み出したありえないテクニックやアイデアによる神がかり的なソフトがあるのも楽しかった。
そのときどんな感じだったかは、私が、Appole IIcを買ったときについてきた『はじめてのあっぷる』という冊子(1年ほど前に私の本棚から発掘されたのだが)でリアルに蘇ってくる。当時、アップルの販売を手掛けていたキヤノン販売が作ったもので、160ページもあるパソコン総合入門書といえる内容になっている。
Apple IIcが発売された1984年といえば、アップルが、Macintoshを発売した年でもある。同年1月に初代Macintosh、4月にApple IIcが発売。なぜこのタイミングで8ビットのApple IIcが発売されたのか? 理由は、1977年に発売したApple IIシリーズが学校にもどんどん導入されて、子供にも家庭でももっと使いやすい持ち運べるコンピューターが欲しくなってきたタイミングだった。
米国では、女性層にアピールする広告が展開されたことでも有名だが、日本ではもっぱら子どもを意識して販売されたと思う。それを象徴するのが、この『はじめてのあっぷる』という平仮名でタイトルされた冊子だったわけだ。
この冊子、いま開いてみても「おっ、こういう内容こそパソコンをはじめるときに必要」というものがテンポよく語られている。やや思い入れたっぷりな(当時のマイコン革命の熱さが伝わってくる)絵本的なストーリーからはじまり、フロッピーの整理のしかたやキーボードの使い方、コピー問題、使い過ぎに注意することなどコンピューターとの付き合い方まで触れられている。
表4の帯に「誰も書かなかったコンピューターの使い方」などと自信たっぷりに書かれている。実は、こんな感じのパソコンを買ったら必用になる本を「いずれ自分も作ろう」と考えていたのを思い出した。それから35年もの間さぼっていた自分の実行力のなさがうらめしい。そして、その後も誰もこういう本を書いていないみたいなところがある。
ちなみに、本のクレジットにあるIzumi Aizuさんによると、『はじめてのあっぷる』を復刻したいと考えられているとのこと(ご興味のある出版社やグループの方お繋ぎします)。それからもちろん、GIGAスクールで児童生徒に1人1台パソコンが与えられるといういまの時代にあった改訂版が出るのもよさそうだ。いまなら活用できることも広がっていると同時に、サイバーセキュリティやSNSなど注意すべきことも増えている。
コンピューターはカッコよくあるべきだと私は考えている
Apple IIcには、ほかにも語りたいことが4つ、5つあって、今回はここまでにするつもりだったのだが、さすがにデザインに触れないわけにはいかない。当時のコンピューターとしては画期的といえるフロッグデザインによる《スノーホワイト》と呼ばれた白を基調にした本体デザイン。背後には、まさに持ち歩けるようにそして置いたときには後ろ側を少し持ち上げる足にもなるハンドルがある。
そして、なんといっても《ETモニター》と米国でも呼ばれていた映画『E.T.』の宇宙人のような形の専用モノクロディスプレイとの組み合わせ。本体は後ろ側が持ち上がって机の上に置かれるのだが、このETモニターはそれに対して左右方向に自由な向きに置いて、なおかつ上下に画面をチルトできる。
私のある知り合いが、本体とディスプレイをほどよい角度の位置関係で置いたのを見て「たたずまいがよい」と言った。切手で有名な江戸の絵師菱川師宣の《見返り美人図》を思わせる動きがあるのに安定した美しさ。今年4月に『小学8年生』6・7月号付録についた「ふしぎバランステーブル」(テンセグリティ構造)みたいな面白さもある。
IBM PCやPC-9801なんかは、四角い平べったい箱の上に立方体に近い箱を置いて、その手前に横長の洗濯板みたいなキーボードを置いただけのデザイン。初代Macintoshも、小さくて四角い奴がポンと机の上に立っているような感じである(あれはあれで当時はとても新鮮だったのだが)。
たぶん、このあたりはApple IIcの現物を見ないと分からないと思うのだが、割りとその感覚が伝わるサイトがあるのでリンクを貼っておくことにする。
Media Archeology Lab
https://www.mediaarchaeologylab.com/collection/apple-iic-monitor-829d66b
それで、なぜコンピューターはカッコよくなければならないかというと、ちょうど『はじめてのあっぷる』で語られているようなこと。つまり、コンピューターを使ってゲームで遊んだりワープロで文章を書いたりすること以上のもの(それはそれで楽しいし重要なコンピューターの使い方なのだが)。ひとことで無理やりくくると《使う人を成長させる》ことというのは、人間が《内面的》にカッコよくなることだからだ。中身と見た目は一致しているのがよいでしょう!
さて、そんなもろもいろなものを詰めこんで、ブロックdeガジェットの第23回は、1984年にアップルコンピューターが発売したApple IIcを作った。私が、はじめて買ったパソコンであり、歴史上もっともカッコいいと思うコンピューターの1つである。ナノブロックを使ってたぶんこれより1山でも縦横のサイズを小さくしたらApple IIcには見えない大きさで作っている。以下、ご覧あれ。
ところで、最後に書き加えておかなければいけないことが起きてしまった。
なんとこの原稿を書き終えようとしているときに冒頭で触れた私をパソコンに誘ってくれた長谷川浩くんの突然の訃報である。下北沢の古本カフェ・バーである気流舎のメンバーでもあり、まさに《パソコンが使う人が自由であるためのものだ》ということを私に教えてくれた。ツイッターを見ていたら「根っからのサブカルチュア人間。東京おとなクラブ主宰の遠藤諭氏と仲良しで」と書いている人がいてジンときた。
間違いなく、彼とパソコンに出会わなかったらいまの私はここにいないのだ。
■ 「ブロックdeガジェット by 遠藤諭」:https://youtu.be/-VGEihLLpJ4
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遠藤諭(えんどうさとし)
株式会社角川アスキー総合研究所 主席研究員。プログラマを経て1985年に株式会社アスキー入社。月刊アスキー編集長、株式会社アスキー取締役などを経て、2013年より現職。角川アスキー総研では、スマートフォンとネットの時代の人々のライフスタイルに関して、調査・コンサルティングを行っている。「AMSCLS」(LHAで全面的に使われている)や「親指ぴゅん」(親指シフトキーボードエミュレーター)などフリーソフトウェアの作者でもある。趣味は、カレーと錯視と文具作り。2018、2019年に日本基礎心理学会の「錯視・錯聴コンテスト」で2年連続入賞。その錯視を利用したアニメーションフローティングペンを作っている。著書に、『計算機屋かく戦えり』(アスキー)、『頭のいい人が変えた10の世界 NHK ITホワイトボックス』(共著、講談社)など。
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