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治る仕組みをVRで実現、ゲーミフィケーションで運動と認知機能が劇的に回復

リハビリの常識を変える、成果報酬型施設の開設に挑む「mediVR カグラ」が目指すものとは

 長いリハビリを続けても動かなかった手が、たった20分間VRゲームを利用するだけで動くようになる。開発者本人でさえ驚くほどの効果をもたらすVRリハビリシステム「mediVR カグラ」(以下、カグラ)が、いよいよ実用化に向けて本格的に動き始めようとしている。年内に世界初となる、設定目標を達成した場合だけ費用を支払う「成果報酬型リハ施設」を自社で開設し、「回復は望めないと診断された人たちをどんどん治す」ことでカグラの価値を知らしめ、リハビリのスタンダードにすることを目指す。これまで数多くのVRリハビリシステムが研究開発されてきた中で、なぜカグラだけが圧倒的な成果を出すことができるのか。開発者であり医師でもあるmediVR 代表取締役社長の原正彦氏に詳しく話を伺った。

mediVR 代表取締役社長/循環器内科専門医/島根大学客員教授/医学博士 原正彦氏(写真提供:mediVR)
1981年兵庫県宝塚市生まれ。2005年島根大学医学部卒業。神戸赤十字病院、大阪労災病院で研修後、大阪大学医学部附属病院循環器内科に勤務。2015年に同院未来医療開発部特任研究員を経て、2016年にmediVRを設立。島根大学客員教授、循環器内科専門医、認定内科医、日本医師会認定産業医。

治療アイデアを実現する技術がたまたまVRだった

 VRを医療分野に活用するアイデアは、1989年にVR機器が初めて商用化されたのとほぼ同じ頃からあり、現在も国内外の企業が研究開発に取り組んでいる。何度も“元年”を迎えたと期待されてきたVRは、ようやく一般にも広まるほど進化を遂げたが、医療関係者の間ではその効果は限定的とされていた。

 「VRリハビリで効果が出せないのは、そもそも治る仕組みが取り入れられていないから」と原氏は断言する。「カグラはVR技術を使っていますが、まず先に患者を治す仕組みがあり、実行するのに必要な要素を満たせるのがVR技術だったというだけなので、VR機器というとらえ方はしない方がいい」と話す。

 ではカグラは何かというと、歩行に必要な運動機能と姿勢バランス、認知機能を総合的に評価し、機能を取り戻すためのリハビリを行うための「医療機器」である。日常生活では、認知課題と運動課題を同時に行う二重課題型認知処理能力(デュアルタスク)が必要だが、病気や老化でそれらが低下すると、下肢の筋力があるのにふらついて歩けないなどの不具合が生じる。カグラは仮想空間に映像を投影するVR技術と三次元空間トラッキング技術を応用し、狙った位置に手を伸ばすリーチングという動作を繰り返すことで、バランス能力と認知能力を評価することができる。

 身体にマヒがあっても使えるよう、イスに座ってVRのHMD(ヘッドマウントディスプレイ)を装着し、両手のコントローラーで上から落ちてくるリンゴやモノを左右交互に受け取るだけというシンプルな仕組みにしている。ゲームの種類は認知負荷にあわせて5種類あり、距離、高さ、角度など7つのパラメーターを調整して、視覚、聴覚、触覚を刺激するよう設計されている。管理画面には運動や認知機能の評価指数が記録され、セラピストや理学療法士はそれらのデータや分析ツールを使って適切なリハビリを行うことができる。

カグラは座った状態で操作するので室内のそれほど広くない場所でも安全に取り組める。

「人は周りに見える映像を脳で処理しながら日常生活を送っていますが、脳の認知負荷がリハビリの妨げになることは知られており、環境設定が重要になります。認知負荷を下げる方法として自宅でリハビリをするのが良いと言われますが、余計なものが何もないVR空間でも同様の効果が得られますし、実際の空間に映像を重ねるARやMRより集中できて、コスパ的にも優れています。」

 VR機器酔いを防ぐために、フレームレートを90fps以上で動作させる必要があることから、現在はHTC VIVEを採用している。ゲームをプレイする時間は1回につき20分だが、たった1度で効果が出ることも少なくないという。

 通常の医学で考える治療方法は、病気のメカニズムを一つずつ断ち切るという発想だが、原氏の発想は病気治すのにやれることは全部やるマルチパスアプローチと呼ぶもので、詳しく紹介できないがカグラにはいろいろな角度から治る要素が取り込まれている。データはクラウドに蓄積され、エビデンスをまとめた論文も発表している。知財方面でもパートナーの協力を得て、すでに8つの特許を取得し、4つを追加申請している。

圧倒的な成果でリハビリの常識を変える

 カグラを開発するmediVRは大阪大学発ベンチャーとして2016年に創業され、2019年3月からカグラの販売を行っている。2021年7月時点で大学や病院、介護付き老人ホーム、デイケアなど全国25の施設に導入され、評判も着実に高まっている。創業者の原氏は循環器内科医で心筋梗塞を中心に臨床を行ってきたが、患者のQOLに目をむけ、脳梗塞を併発して身体が不自由になった患者を治療したいと考えたのがカグラを開発するきっかけだったと言う。

「こうすれば患者さんを治せるのではないかという直感的な発想があり、VRなら簡単に実現できると考えたところ実際に上手くいきました。一見しただけでは他のVRリハビリとの違いはわかりませんが、優秀な先生であればこの方法でなければ治療できないと理解できるでしょうし、今後リハビリのスタンダードになる可能性があります」

 マヒや認知を回復するリハビリは、パズルなど単調な作業の繰り返しが多く、定量的な指示や評価もないので患者がモチベーションを保ちにくいという問題がある。カグラは行動科学や定量指示・評価で成果を可視化し、ゲーミフィケーションで自発性をうながす。リハビリ効果も他の方法に比べると圧倒的で、通常のマヒであれば成果が出ないケースはほぼ無いと原氏は言いきる。

「私自身、予想の遥か上をいく結果ばかり出るカグラに驚かされてきました。今ではどれぐらいの症例なら治るかわかっていますが、最初は社内でも信じられないほどだったので、話を聞いただけではとてもじゃないけれど信じられないというのは理解できます。急速に病気が進行するケースは治してもまた急に悪くなる可能性があったり、神経や頚椎が完全に損傷しているケースは難しいですが、他では全く治らないと言われた患者が、カグラを1度試しただけで手が動くようになり、泣き出す方もいます。それもうれし泣きではなく、何年も大変なリハビリをして治らなかったのに、単純でくだらないゲームみたいなものを20分やっただけで結果が出たことに対する不安や怒り、葛藤が交じったもので、『いままでやってきたのはなんだった!』と言われるのです」

カグラの管理画面。7つのパラメーターでゲームを設定でき、マニュアルと自動モードがある。

患者が治ると信じるセラピストの教育が課題

 著者もカグラを体験してみたが、効果を出すにはやはり、姿勢やタイミング、腕を伸ばす位置や角度などから、機能の弱まりと鍛える点を医学的に判断できるセラピストや理学療法士の存在が重要だと感じた。

 専門家であってもわかりにくい多様な知見をベースに構築されたかなり細かい動作の違いまで追求されている。テクノロジーで例えるなら、人体機能が備えているソフト・ハードの処理についてこれまで気づかれてないバグを引き出す、脳を更新させるためのデバッグ動作をVR機器を活用して実現しているようなものだ。

 そのため、mediVRが今一番力を入れているのもカグラを使えるセラピストの育成だ。事業の拡大にあわせて4月からスタッフを増やした際に、セラピストを新たに4名採用している。

「カグラのリハビリがやっていることは、シンプルに見えてとても奥が深いものがあります。機器の操作ができれば効果が出せるわけではなく、むしろ患者を治したいと思う気持ちがなければ使いこなせません」

 普通のリハビリはマヒした部位だけ行うが、カグラはマヒが右手だけでも必ず左右交互にリハビリを行うというように、これまでの常識とは異なるロジックを取り入れている。座ったままゲームをプレイするだけで、立てたり歩けたりできるようになるというのは、医療関連の専門家のほうが余計に理解しづらいかもしれない。

 カグラの基本的な使い方は、本当に患者を治したいという思いがあれば1~2カ月で修得できるが、既存のリハビリに対する固定観念が強く、修得できない人も中にはいるという。

 そのためカグラを導入する場合、デモンストレーションで2週間ほど貸し出し、最低4回はスタッフと一緒に治療を行うことでパフォーマンスや価値を実感してもらい、担当セラピストが用意できるか確認した上で導入に進む。そうやって少しずつ信頼できるパートナーを増やしてきた。

カグラのマニュアルモードのゲーム

結果にコミットした分だけ費用を払うセンターを開設

 以前はカグラの効果を疑う人が多かったが、今は期待を持って来る人が増えてきたという。事業拡大の目処が立ったところで7月に5億円の資金調達を実施した。

「カグラは機械としてはほぼ完成していますが、例えると最初のiPhoneが登場した時と同じで、イノベーションの価値がわかる人だけが気づいている段階です。成功するのはわかっていますが、理解されるまで3~4年はかかりますし、普及させるには価値教育にも力を入れる必要があると考えています」

 カグラで患者が治ることは理解されても、診療報酬の点数は従来の方法と同じなので、コストなどの経営面からは導入につながりにくい。「カグラを導入することがリハビリ施設では当たり前になるような状況になるには、大谷選手の二刀流のように不可能だと思われていたことを実現するのが近道」と原氏は言い、成果報酬型のリハビリセンターを自社で開設し、明確な治療成果を出す方法を選んだ。

 センターでは患者自身が目標を設定し、ほぼカグラだけを利用してリハビリを行う。歩行ができない車椅子の人が立てるようになった際や、杖無しで歩けるようになった際など、設定された治療目標において結果が出た場合に費用を支払う仕組みだ。値段設定は個人の状態などによっても変わるため、現時点で明確なメニューがあるわけではない。

「すぐに結果が出るので場合によってはクレームが来るかもしれませんが、早く治ればそれだけQOLが向上するので、納得いただけると思います。最初から大々的にやるつもりはなく、治らないと言われた患者とじっくり向き合いながら取り組みたいです。症例としては、脳梗塞後慢性期の状態の患者を中心に始めていきたいと考えています」

カグラの管理画面。リハビリテーション結果のレポートが確認できる

 カグラへの問い合わせは着実に増えている。今は日本国内向けに展開を進めているが、海外で利用できる医療機器としてFDA申請の準備も進めている。コロナ禍により自宅でリハビリをしたいというニーズも高まっていることから、HMDだけで使える製品の開発も進めている。技術が進めば、スマホやタブレットで利用できる可能性もあるという。

 原氏は、カグラの治療対象は非常に広く、マヒ以外では認知症などもターゲットの一つだとしている。「市場やリソースなどの理由でまだ着手していませんが、蓄積されたデータを活用して新しい治療方法を検討することも可能です。ベストな治療を提供し、患者さんのQOLを高めたいと考えています。」

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