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Adobe Education Forum Online 2021 Day3レポート

コロナを逆手に国際競争力を強化 立命館アジア太平洋大学(APU)が取り組むDX

2021年08月30日 10時00分更新

 アドビが2021年8月に開催したオンラインイベント「Adobe Education Forum Online 2021」は、加速するDXと進化するデジタルツールを生かして、個人の価値を高める教育はどうあるべきかを考えるセッションが、3日間にわたり開催された。

 最終日であるDay3の基調講演は、立命館アジア太平洋大学(APU)名誉教授 NUCB Business School, Senior Associate Dean 横山研治先生が、「アフターコロナを見据えた教育機関におけるデジタルトランスフォーメーション」と題して、コロナ禍のオンライン授業の成果と、見えてきた課題について話した。

94ヵ国から学生が集う大学で、見えたDXの成果と課題

 APUでは、2020年1月の終わりごろから、新型コロナウイルスの感染拡大が問題視され、4月以降の授業をどうするかという議論を始めた。「はじめは楽観していたが、日を追うごとに状況は悪くなり、2月には4月以降の授業はできないのではないかと話していた。特に世界から学生が集まる当校では厳しいだろうという意見が大勢を占めていた」(横山先生)

立命館アジア太平洋大学(APU)名誉教授 NUCB Business School, Senior Associate Dean 横山研治氏

 授業を中止にはできないという思いから、オンラインで授業を始めなければいけないということになったが、同校ではほとんど実績もなく、知見、経験が不足していた。「オンライン授業について、確信をもって語れる人は学内に誰もいなかった。これはどの大学でも同じだったと思う」(横山先生)

 事実、文部科学省の調査では、2017年に一度でもオンライン授業を行なった経験がある大学は全体の30%しかなかったという。それが2020年7月には、一気に100%になった。横山先生は、「2020年は、全ての大学がほとんどの授業をオンライン化した。どの大学も手探りで進めながら、少なくともオンライン授業については見事にDXを成し遂げたという印象を持っている。コロナが日本の教育現場に与えた影響を痛感している」と語る。

 一方、オンライン授業は欧米を中心にした海外ではすでに進んでいた。MOOC(Massive Open Online Course)というインターネット学習環境が広く知られており、特に遠隔地で登校できない学生に向けた教育の方法として浸透し始めていた。しかし、一部の理工系授業を除いて、日本でMOOCを積極的に取り入れていた例は少ないと横山先生は言う。

MOOCの活用

「MOOCは当初、どこにいても世界一流の授業が受けられることで注目されたが、後に対面授業の予習の教材として使われたり、企業が雇用の際の判断材料にするなどの利用法も増えている。日本ではコロナによって、必要に迫られてオンラインで授業を行なうようになったが、海外ではすでに多目的に使われていた」(横山先生)

 日本では、コロナによって渋々導入したオンライン授業であるが、時間的、場所的、コスト的な障害を乗り越える学習環境であることは間違いない。APUは世界から学生が来るが、わざわざ日本に来なくても自由に授業が受けられる。このメリットは見逃せないと横山先生は言う。「オンライン授業で感じたのは、学生との距離が非常に近くなったことだ。学生が50人、100人であっても、1人ずつに対して話しているような印象がある」

オンラインで学生間の距離は広がった

 オンライン授業は、当然ながら学生にも大きな影響を与えた。特に、学びたいというモチベーションの高い学生にとっては、非常にいい環境だと横山先生は感じている。学生から見ても、教師と1対1で話しているような感覚になり、理解度も高まる。逆に授業に興味を持っていない学生にとっては、参加するだけで別のことをしていても気づかれない。その結果、学習意欲によって格差が生まれてきているという。「オンライン授業の今後の課題は、興味を持たない学生に対してどう興味と目的意識を持たせて、参加させていくかだ」(横山先生)

 横山先生は、コロナ禍のオンライン授業が成功した理由は、教師と学生の距離が非常に近くなったことにあると話す。だが、学生間の距離は逆に広がってしまった。「この問題を解決する明確な手段は見つかっていないが、1つは、授業外の活動にARやVRなどのテクノロジーを使っていくことだと思う。これは大学が考えて、学生に提供しなければいけないと考えている」

 オンライン授業のもう1つの特徴は、録画ができること。録画を後から見直すことで、授業の質の向上が図れることだ。「これまでは授業の見直しは具体性に乏しかった。オンライン化で授業の内容が如実に見えることで、課題の改善に大きな効果がある」(横山先生)

 さて、横山先生が考える大学DXに向けた課題は、まず膨大な量の「紙」の消費を減らし、ペーパーレス化を推進することだった。「大学における紙の使用量は企業の比ではない。当学内では専用の輪転機4台が1日中回り続けており、印刷会社も顔負けの状況だ。これは授業で講師が学生にテキストを配ることも理由である。もう1つは、会議での紙の使用だ。APUは会議のペーパーレス化に向けて先んじて動いてきたと思っているが、まだまだ紙が残っている。大学におけるDXにおいて、紙を使わない意思決定の仕組みを作っていくことが重要だと感じている」

大学DX実現に向けた課題

 また、国際的な大学ならではの問題として、海外から取り寄せるテキストの価格が非常に高いことが挙げられる。1冊1万円前後は当たり前だという。「発展途上国から来る学生にそれらを購入させるのは難しい。そのため、オープンソースのテキストを利用する機会が増えている。これも大学のDXの形だ。日本語のテキストはまだ少ないが、無料化が進むことに期待する」(横山先生)

 横山先生は最後に、学生のデジタルリテラシーの重要性についても触れた。「人がAIを使うのか、それともAIに使われるようになるのかという議論があるが、私は、すでに結論が出ていると思っている。なぜなら私たちには、知識や周りにある環境を利用して、社会に貢献したいという強い本能がある。それがある限り、私たちがAIを使う立場にある。ただし、それには私たちがデジタルリテラシーをきちんと身につけているという条件がある。言語を話すようにデジタルリテラシーを使いこなせなければ、社会をよくする方向にはいかない」

学校事務をデジタル化しなければ国際競争に勝てない

 続いて、APUアドミッションズ・オフィス課長補佐の垰口広和氏が、同大学の入試公務におけるDXについて講演した。

APUアドミッションズ・オフィス課長補佐の垰口広和氏

 APUは、世界159ヵ国から国際学生(留学生)を受け入れる体制を整えており、現在は94カ国からの学生が在学する国際色豊かな大学である。国際学生は学生全体の半数に達している。

 同学の志願者は大学院も含めた全体で1700~1800名に達するが、150を超える国からの学生を受け入れる選考体制と受け入れ(アドミッション)は、非常に複雑な業務となっている。

 各国が国際的な競争力確保の政策のもとで大学の留学生を増やそうとする中、垰口氏は日本の状況に危機感を感じていた。海外では着々とデジタル化が進む一方、日本はデジタル化、ペーパーレス化が進まなかったからだ。

 そのため同学では、2018年からの3ヵ年計画にDXを取り入れ、進めてきた。「入試の際、出願がやりにくいなど、国際的な競争力が落ちていると感じており、入試のペーパーレス化に取り組んだ」(垰口氏)

アフターコロナを想定したAPUのDXの全体像

 同学のDXの目的は、校務の効率化だけでなく、選考する学生の質と量を向上するためでもあった。「優秀な留学生を数多く取り込むという課題は、アフターコロナでさらに加速すると感じていた。それに入試をどう対応させていくかが課題だった」(垰口氏)

 具体的には、各国の入試制度に対応して、APUではどの国からでも受け入れられるということを示し、実際に機能させなければいけなかった。

「2018年当時は、入試に際して紙で原本を郵送してもらう手続きが多く入っていたが、最終的にビザ以外の書類は全て紙を廃止してオンライン化した。また書類関連だけでなく、学生からの問い合わせやイベント参加など、選考から入学までの手続きの流れを、全てオンラインでできるようにした」(垰口氏)

 出願には米国で使われているシステムを取り入れ、ビデオ録画面接やクリティカルシンキングのテスト、電子署名などの採用で、データを一元管理できるようにした。これらのツール導入は日本の大学では珍しく、ほとんどが国内初採用だったという。「世界の学生を相手にする必要があるため、国内では前例がないツールでも積極的に導入していった。そうしていかないと立ち後れるという思いがあった」(垰口氏)

国際入試のDXの流れ

Adobe Signを3カ月でスピード導入

 現在では、入試に際して登録されたデータは一元管理され、必要に応じて分析することができる。「ただ門戸を広げて待っているだけでなく、学生がどの国から来て、何が影響して入学につながったのかを知ることで、入試の強みを伸ばしていこうとしている」(垰口氏)

 入試のデジタル化を進めてきた中で、キーとなるツールの1つが電子認証だ。世界の学生を相手にしているため、ツールは世界各国の言語に対応する必要があり、認証基盤としての国際的な信用力も求められた。それらの観点から、APUでは「Adobe Sign」を選定した。

 導入は異例のスピードで進んだ。コロナが猛威を振るい始めた2020年5月~7月の3カ月間で、設計からテスト、本稼働までを完結した。「コロナによって、先生のサインを原本に直接書いてもらうという行為が完全にできなくなった。留学生のことを最優先に考えて、スピード導入を進めた」(垰口氏)

3ヶ月で設計からテスト、本稼働まで進んだAdobe Sign

 Adobe Signは、同校の入試総合サイト内の国際学生向けページに実装され、公開されている。学生が必要な出願書類を登録すると、Adobe Signの画面に切り替わる。学生から承認を依頼された教諭は、必要事項の記載と署名をすれば、そのままAPUで受け取れる仕組みとなっている。「学生が学校に行ったり、書類を郵送しなくても、法的に根拠がある方法で出願の手続きがオンライン上で完結する」(垰口氏)

 垰口氏は、今後もデータの蓄積を進めるとともに、入試関連だけでなく学生生活を支援するデジタル活用を拡大していきたいと語った。

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