「ITサービス、モノづくり、バイオの知財戦略 スタートアップが押さえておきたいポイント by IP BASE in大阪」レポート
ITサービス、モノづくり、バイオベンチャーが知るべき知財戦略とは
特許庁ベンチャー支援班は2021年7月9日、スタートアップ向けの知財戦略オンラインセミナー「ITサービス、モノづくり、バイオの知財戦略 スタートアップが押さえておきたいポイント by IP BASE in大阪」を大阪のイノベーション創出拠点「大阪イノベーションハブ」から無料配信した。関西を拠点に活動する知財専門家3名が講師として登壇し、ITサービス、モノづくり、バイオの3分野のそれぞれの知財戦略について、押さえておくべき知財のポイントを解説した。
特許庁のスタートアップ向け施策
第1部では、特許庁総務部企画調査課ベンチャー支援班の今井 悠太氏より、特許庁スタートアップ向け施策が紹介された。
まず、スタートアップ向けの知財コミュニティポータルサイト「IPBASE」と知財アクセラレーションプログラム(IPAS)について説明。IP BASEは、スタートアップがまず見るサイト、知財専門家とつながるサイトとして、知財の基礎情報の発信および、知財専門家の検索や相談機能を提供している。情報提供としては、国内外ベンチャー企業の知財戦略事例集、先輩スタートアップへのインタビュー記事、特許庁が開催しているスタートアップ向けのセミナー・イベント情報などを掲載。また、最新の知財情報はTwitter、Facebookページ、公式YouTubeチャンネルからも発信している。
知財アクセラレーションプログラム(IPAS)は、創業期のスタートアップに対して、知財とビジネスの専門家で構成された知財メンタリングチームを派遣し、5ヵ月間のメンタリングで知財戦略を支援するプログラム。過去3年間で40社を支援し、支援以降に出願された特許件数は計154件、22社が資金調達を達成、うち1社はEXITに至っている。IPASのプログラムの内容や成果について詳しくは、IP BASEで事例集として公開されている。
最後に、特許手数料が3分の1になる減免制度、スーパー早期審査などの特許庁のスタートアップ向け施策、全国47都道府県に設置されている知財総合相談窓口について紹介。弁理士や弁護士、中小企業診断士やデザイナーなど経験豊富な専門家に無料で相談し、アドバイスが受けられるので、ぜひ積極的に活用してほしい。
ITサービスの知財戦略
第2部では、ITサービス、モノづくり、バイオそれぞれの知財専門家による講義を実施。ITサービス編ではKTSIP Osaka 特許事務所弁理士の川畑 孝二氏が登壇し、「スタートアップこそ知財保護を」「ITサービス特有事情」「特許取得の支援制度」3つのテーマで講義した。
スタートアップは、新しいアイデアや革新的サービスで市場を開拓し、短期間で成長する企業。そもそも成功するかどうかわからないプロジェクトに挑戦しているのだからこそ、功績に見合うリターンがあるべきだ。資本力のある企業から類似の後発製品やサービスを出てしまうと、スタートアップはひとたまりもない。そこで防衛策のひとつとして、知的財産(特許)による保護が必要になる。
2019年の国内特許出願はおよそ31万件のうち、中小企業はおよそ4万件。大企業に比べてスタートアップの特許出願件数はまだ少ないが、本来、新しいアイデアと革新的なサービスを有するスタートアップは特許と無関係ではないはずだ。他社の参入障壁事例として、米アマゾンは、1999年に取得した1-Click特許の例を紹介。当時、米国オンライン書店のBARNES&NOBLEも「Express Lane」という1クリック発注ボタンを使用していたが、Amazonからの特許侵害訴訟を受けて2クリックに設計変更する結果となった。
国内の事例としては、「いきなり!ステーキ」を運営するペッパーフードサービスが2016年にステーキの提供システムについてビジネスモデル特許を取得し、一気に業績を伸ばしたが、2017年に異議申し立てにより特許範囲が縮小されると一気に他社が参入した。特許が他社の参入障壁になっていた可能性が高い。製品・サービスのリリースの際の注意点として、
1)新規アイデアの公開前に特許出願を済ませること、
2)他社特許を侵害していないかの調査をすること
の2つを挙げた。
続いてITサービス特有の事情について。ITサービスは、ビジネスモデル×ICTによるビジネス関連発明として保護されることが多い。既存の技術を用いたものであっても、既存のサービスにスマホやPC、サーバなどを活用することでビジネス関連発明として特許になりうるので、今後あらゆる業種でビジネス関連発明が広がると予想される。
また、ITサービスは、製品リリース前に試作版を限定公開して、改良を重ねながら開発を進めていくのが一般的だ。そのため、特許出願をするタイミングが問題となる。他社参入を防ぐため、コアとなるアイデアを極力早い段階で特許出願し、製品リリース前に周辺アイデアを追加で出願、またリリース後も適宜特許出願していくのが理想だ。
特許出願するか秘匿すべきかの判断については、ITサービスは、画面に見える部分からアルゴリズムがある程度推測可能であり、積極的に特許出願したほうがいいとのこと。
また、出願後に早期権利化するか、権利化を先延ばしするかについては、早期に権利化するとアイデアの独自性や優位性を顧客や投資家に早期にアピールできるのがメリットだが、後発企業が権利範囲を回避した製品やサービスを作りやすいという短所がある。これを避ける手として、あえて権利化を先延ばして、後発企業の製品やサービス展開に合わせて、特許の範囲を微調整してから権利化する戦略もある。分割出願により両立可能だ。
最後に、特許取得の支援制度として、特許庁の支援施策として特許費用の軽減制度、特許料の自動納付制度、外国出願の補助金制度を紹介。また、弁理士会や地方自治体、商工会議所などでも専門家による無料の個別相談やセミナーなどが開催されているのでぜひ活用しよう。
研究開発型スタートアップに向けた知財支援の方向性
モノづくり編では、ナカジマ知的財産綜合事務所 パートナー弁理士の伊藤 太一氏が登壇し、「研究開発型スタートアップに向けた知財支援の方向性」と題し、「知財戦略策定のステップ」「ビジネスの方向性に応じた知財の目的、出願戦略」の2点について解説した。
アーリーステージのスタートアップにありがちな知財面の課題として、「基本的な自社技術は出願したが、今後目指すべき知財の方向性がわからない」、「模倣防止、参入障壁の構築の有効な施策がわからない」、「事業戦略と特許出願との連動が不十分、将来的に特許が事業に役立つか不明確」、「他社知財が十分に把握できていない」などが挙げられる。
知財戦略はビジネス面と知財面の2つの面から検討したうえで、出願戦略への落とし込みや契約検討を進める必要がある。スタートアップでは先行した知財取得が可能であり、シード~アーリー期の知財活動は特に重要である。知財戦略策定のステップとしては、まずビジネス面で技術・市場動向などのビジネス課題、自社の強みや提供価値、競合優位性に基づいて、事業の方向性や出口戦略を検討する。次に知財面で、自社固有技術の整理・評価、知財調査の結果をもとに、ビジネス戦略に即した出願の方向性を立てる、という流れになる。しかし、これだけでは欧米企業に対抗し得る有効な知財戦略の構築には不十分だ。そこで、目指すべき知財支援の形としては、知財活用を通して競争優位性を高めるようなビジネス戦略と知財活用戦略を同時に組み合わせて検討したうえで、具体的な出願戦略として知財の活用(使用)目的に応じた出願の方向性と契約検討案を検討することを提案した。
知財専門家は、スタートアップの経営者による主体的な戦略策定を知財面からサポートするとともに、スタートアップのビジネスの方向性に応じて、知財の活用目的に応じた出願の方向性を提示していくことも知財専門家の役割になる。
たとえば、自社による製品サービス提供の場合、知財の活用目的は、典型的には模倣防止、参入障壁構築となり、出願の方向性は、コア技術、製品化技術、アプリ、使用方法等、顧客に提供する価値に応じた技術の権利化をはかることになる。材料、部品デバイス事業であれば、知財の活用目的は、模倣、競合等による置換え、代替防止による継続的供給。特許出願の方向性は完成品のなかで部品の果たす機能に対応するコア技術、製品化技術などの他、用途や他の機器との関連部分などの権利化となる。他企業との協業の場合は、知財の活用目的は、協業における製品化技術の保護、置き換え、代替抑止による自社事業の維持拡大。特許出願の方向性は、特にバリューチェーンにおける自社の価値提供部分や接続部分、関連部分がポイントになる。製造設備事業については、知財の活用目的は、模倣、置き換え、代替防止であり、特許出願の方向性は、設備の基本部分に関するコア技術を権利化し、細部・ノウハウ流出防止(細部不開示)となる。EXITがM&A実現である場合には、事業応用に関する各種のアプリ知財を確保することが有効になる。
このように、有効なビジネス戦略と知財活用戦略を立案し、これに基づいて出願戦略を立てるためには、技術と法律の両側面で深い関与と理解が必要となる。スタートアップの経営者は知財専門家と協業しながら知財の知識を高め、有効な戦略の構築を進めていってほしい、また、知財専門家はスタートアップの分野に積極的に参画してほしい、とまとめた。
バイオの知財戦略
バイオ編では、山本特許法律事務所の駒谷 剛志氏が登壇し、
1)バイオの知財戦略とは
2)知的財産と事業戦略
3)特許が持つそもそもの意味の違い~バイオとその他
4)バイオにおける意義
5)近未来的知財戦略 バイオ×α時代に向けて
――の5つのトピックについて講義した。
・バイオの知財戦略とは
低分子医薬においては、ひとつの物質特許でそのビジネスを独占可能なため、薬の特許戦略は特殊、とよく言われる。しかし最近は、抗体医薬、再生医療、デジタル医療、医療アプリなどの新しい技術領域が生まれてきており、低分子医薬の特許戦略モデルをそのまま適用できなくなってきており、それぞれの技術に合わせた戦略を考えていく必要がある。
・知的財産と事業戦略
アカデミア発の場合、論文発表の前に急いで出願して、クレーム範囲がしっかりと吟味されていないケースが多い。事業化を前提としているのであれば、他社排除、資金調達、コラボレーションといった目的を明確にして、出願戦略を立てるべきである。
特許権の本質は独占権ではなく、他をコントロールする権利にある。低分子医薬であれば、自分の特許権だけで他社を排除して自社製品を守れる。しかし抗体医薬では、アミノ酸の配列を変えただけで同じような機能をもつ薬ができてしまう。すると、自分の特許権だけでは他社の参入をカバーできない可能性がある。アカデミア発の知財はどうしても富士山の頂上だけを目指しがちだが、ビジネスは五合目でやっていることがほとんど。自社のみならず、他社のビジネスをカバーするような広い特許権を確保することが望ましい。
知財ポートフォリオなどの知財戦略については、今年改訂されたガバナンスコードで知財条項が取り入れられ、経営に必須のものとなりつつある。
・特許が持つそもそもの意味の違い~バイオとその他
古典的なバイオの特許戦略モデルは、低分子医薬モデルがベースになっている。物質特許を押さえれば20年+5年は独占が可能だ。さらに低分子医薬で上市される製品は薬事承認を得ているため、仮に物質特許の権利が狭くても、薬事承認が参入障壁となる。しかし、それ以外の業界では、ある製品をカバーする特許が多数あり、たとえば、スマホなどが例として挙げられるところ、ライセンスインすることが前提となっている。低分子医薬とそれ以外とでは特許の持つ意味が大きく異なり、独占できる度合いを念頭に特許を理解しておく必要がある。
・バイオにおける意義
バイオ医薬品などのバイオテク製品のうち単純なもの(例えば、抗体医薬)は、まだ低分子医薬に近いモデルが使えるが、調整は必要。ただし、後発品は、バイオシミラーなどの例もあり、再生医療技術などでは低分子医薬モデルのままの知財戦略は通用しなくなってきている。例えば、最近のバイオ・医薬産業はデータが重要だが、治験や臨床データは特許権では十分に保護できないので、データの取り扱いについても考えていかなくてはならない。また、医薬品の特許出願には実施可能要件が必要だが、欧州ではPlausibilityという基準で審査し必ずしも現実の実施例を必要としない実務に移りつつあり、米国では官報で仮想実施例に関する説明が公告され、また、中国ではこの6月に審査基準が改正され出願後のデータを考慮することとされ、もちろん、明細書の記載の仕方に工夫は必要であるが、現実の実験データが論文基準で十分でなくても、仮想実施例などを活用することで広く特許が認められる可能性が担保されるようになってきている。
・近未来的知財戦略 バイオ×α時代に向けて
デジタルヘルスや医療機器×バイオなど、ほかの分野と掛け合わせた製品・サービスが生まれてきている。単一分野に限った戦略ではなく、いろいろな側面で考えていくことがこれからは重要になってくるだろう。
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