いつ・どこで起きるかわからない地震や水害。防災対策となると備蓄や家具の転倒防止などが思い出されるが、災害が起きると体を使うことが求められる。それならば防災をスポーツとして対策してはどうか――そんな思いから生まれたのが、防災スポーツだ。考案したシンクの代表取締役社長、篠田大輔氏に、防災とスポーツの組み合わせに込めた想いや可能性についてうかがった。
「スポーツの『体を動かす』、『スピードを競う』という要素が災害時に役立つ」――篠田氏の言葉は自身の体験からきている。
1995年1月17日の早朝に発生した阪神淡路大震災、当時中学1年生だった篠田氏は兵庫県西宮市の自宅で被災した。「地響きで目が覚め、自宅は全壊認定を受けた。防災の知識など何もない中で、自分や家族が生き抜くことで精一杯だった」と振り返る。
2014年にシンクを創業しスポーツコンサル、マラソン大会の記録配信サービス「スポロク」 などのスポーツ事業を展開し、さらに自身の被災体験を生かそうと防災スポーツ事業を新たに始めた。
「(被災時に)被災先の小学校でプールの水をトイレに運ぶなどの体験をしたが、それはいまになっても体で覚えている。それは、スポーツで災害に備えられることではないかと思った」という。
スポーツには、「楽しむ」「運動」「競争性」の3つの要素があるが、「運動」と「競争性」はそれぞれ、「身体を動かす、防災体力をつける」と「スピードを養う」と災害時に役立つ要素となる。それならば「楽しむ」を加えて、スポーツで災害に備えることができる、というわけだ。「頭で覚えても忘れがちだが、体で体験として覚えたことはなかなか忘れない。万一災害が起きた時に行動しやすいのではないか」と篠田氏。
そこで、防災の日常化を目指してイベント企画や運営を行うNPOのプラス・アーツの監修を受け、「防リーグ」としてスポーツ競技化した体験プログラムにした。
現時点で種目は合計7種目。例えば、バケツリレーと消火リレーを組み合わせた「バケツリレー&シューティング」は災害時に周囲の人と協力して水を運ぶチームワークを体験する種目だ。一輪車を押しながらの障害物競争「キャットサイクルレース」は災害時に瓦礫や土砂などの中で台車を押す力を育む。
このほか、水難救助の「ウォーターレスキュー」、毛布で作った担架の障害物競走「レスキュータイムアタック」もある。災害前には、「防災知識トレーニング」として、クイズ形式で災害・防災に関する知識をつけることを目指す。どれも、体験することで防災の知恵、技を学び、体で覚えることができるようにした。さらに、スポーツ競技としてタイムトライアルにすることで、『安全に・より速く』を競い、さらなるスキルアップを図ることができるという。
防リーグは、構想から2~3年を経て2018年に提供を開始した。これまで学校や自治体、商業施設、住宅展示場などで開催、合計の体験者はすでに3000人を超えた。「課題意識を持って導入したいという声をいただいている」と篠田氏。これまでの防災活動はマンネリ化しており、参加者も限定的だった。防リーグはロゴをはじめ、スポーツフィールドのような演出を通じて、これまでの防災訓練にはない新しさや楽しさを提供できるため、ファミリーでの参加などこれまで参加しない人が参加したという声も聞かれるそうだ。
また避難場所や避難経路、消火栓や防火水槽の場所などが入った地図を手に、地域の防災について歩きながら学ぶ「防災ウォーク」も2020年からスタートした。
様々な導入事例の中で篠田氏が感動したのが、コロナ禍で運動会ができない都内の小学校が何かイベントを、と学年別の防リーグを開催したこと。2週間ほど前から備品を貸し出し、授業などで子供たちが触って体験する場を設けていたこともあり、当日は大いに盛り上がったという。
「少子高齢化が進むと、助けられる人が増え、助けることができる若い人が減っていく。助ける知識や知恵、技を持っている若い人やスポーツしている人が増えることで、災害が起きても減災できる。そういった取り組みを続けることで、スポーツの価値も高めることができる」と篠田氏。
現在イベントのコンテンツとして導入してもらうというビジネスモデルを取るが、今後はプラットフォーム化を目指し、他の事業とのコラボレーションを進める。日用品メーカーと防災視点での商品開発やワークショップ開発、スポーツ用品、保険会社などの企業との協業も視野に入れているという。
その先には、海外展開も見据える。防災では日本は世界をリードしており、需要は大いにあるとみる。「まずは日本の中で防災スポーツの文化を根付かせ、その後は海外でも提供し、気候変動などに起因する世界的な災害対策につなげたい」と篠田氏は目を輝かせた。
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