特許庁は2021年3月23日、スタートアップの成長を事業と知財の両面で加速させる知財アクセラレーションプログラム「IPAS2020」の成果発表会「Demo Day」をオンラインにて開催した。IPAS2020では、応募総数113社の中から採択された15社に対して約5ヵ月間の知財メンタリングを実施。Demo Dayでは、支援先企業がIPAS2020を通じて得られた成果を発表した。
特許庁では、スタートアップの事業戦略に連動した知財戦略の策定を支援するため、知財アクセラレーションプログラム(IPAS)を2018年より実施している。IPASは、スタートアップ支援経験のある知財専門家とビジネスの専門家からなる知財メンタリングチームを支援先の企業へ派遣し、ビジネスに合った知財戦略構築を支援するもの。2018年度と2019年度の2年間のIPAS事業では計25社のスタートアップを支援し、支援開始以降に出願された特許件数は81件、支援後に10社が資金調達を達成、1社がEXIT(出資者が支援してきたスタートアップ企業から利益を回収すること)に成功している。
2020年度のIPASに採択されたのは、inaho株式会社、Cellid株式会社、株式会社GCEインスティチュート、アンヴァール株式会社、株式会社スペースシフト、株式会社コーピー、株式会社HERBIO、ライトタッチテクノロジー株式会社、株式会社Genics、アナウト株式会社、ジェリクル株式会社、STAND Therapeutics株式会社、株式会社チトセロボティクス、株式会社Jij、レグセル株式会社の15社。以下にDemoDayで実施された各社の成果発表ピッチをレポートする。
なお現在、2021年7月19日を締め切りに「IPAS2021」公募も実施されている。応募を検討するスタートアップは、本記事での成果発表を参考にしてもらいたい。
URL:https://ipbase.go.jp/support/startupxip/
inaho――特許調査から自社技術の強みを生かした戦略を立案
inahoは、野菜の収穫ロボットを開発しているスタートアップ。従来は人の目視による判断が必要な収穫作業を支援する自動収穫ロボットを開発し、収穫量に応じた従量課金型のRaaS(Robot as a Service)課金モデルで農家に提供している。
IPASでは、特許調査をベースにした優先順位の策定、メンターのアドバイスを得ながら特許を1件出願、また職務発明規程を社内に置いた。さらに、類似企業を調査することで現状のビジネスモデルを見直し、新たなビジネスアイデアを立案した。
Cellid――超薄型・高視野角ARディスプレーとドライバーの基礎技術を権利化
Cellidは、ARグラス向けシースルーディスプレーと空間認識ソフトウエア(Cellid SALM)を開発・販売する2017年設立のスタートアップ。同社の開発するARディスプレーモジュールは、1.6ミリ以下の薄型で世界最大級に広い60度の視野角が特徴で、2021年にプロトタイプのリリースを予定している。ディスプレードライバーのCellid SALMは、大規模空間認識、高速処理、ユーザー同士の空間共有といった機能をもつ。
IPASの支援では、特許戦略を策定し、現在、基礎技術の権利化を進めている。Cellid SALMに関連する発明を4件特許出願、3件は準備中。ハードウエアに関しては12件の基本特許を準備中で、製品発売後に特許と意匠、UIに関する発明の特許出願も見込んでいる。先行技術調査を実施し、競合する可能性のある企業をリストアップしたので、今後の知財戦略に生かしていく予定だ。
GCEインスティチュート――2023年からの事業化へ向けてSWOT分析と先行技術調査を実施
GCEインスティチュートは、環境熱発電技術を研究開発する2016年設立のスタートアップ。同社の環境熱発電技術「アンビエント発電」は、1.温度差が不要で温熱源だけによる熱発電技術、2.ナノテクノロジーを活用した薄型熱電素子、3.23~100度の室温発電が可能、という3つの特徴をもつ。2023年以降に事業化し、自律分散電源を目指している。
IPASでの取り組みとしては、知財の側面から現状課題をリストアップし、事業戦略を策定するためSWOT分析を実施、知財ポートフォリオを構築するため、日本と米国での先行技術調査を実施した。
アンヴァール――海水からのマグネシウム採取に関する特許4件を出願
アンヴァールは、1.海水に含まれるマグネシウムの採取、2.火力発電などから発生する二酸化炭素の固定化、3.地下でメタン・水素の生成、の3つの事業を柱に技術開発に取り組んでいる。
IPASでは、このうちマグネシウムの採取事業にフォーカスし、マグネシウムの抽出・還元に関連する4つの特許を出願。取り組みの成果として、事業計画の重要性の認識、特許出願の審査に向けた対策を挙げた。
スペースシフト――特許戦略を具体化し、資金調達や新規顧客開拓へ活用
スペースシフトは、衛星データの解析を主事業とする2009年設立の宇宙スタートアップ。地球観測衛星から得られる膨大なデータを人工知能で自動解析し、さまざまな用途に役立つ情報に変換するソフトウェアを開発している。レーダー衛星から得られるデータを活用してミリ単位の地表高さの変異検知が可能で、タワーマンションのわずかな傾きの検知、新築建造物を検出するサービスがすでに実用化されている。
知財戦略の課題としては、現状開発物の保護、これから開発するモノに対する既存特許の影響、大企業との協業に際しての戦略などが想定された。IPASでは、自社技術の特許性の分解、先行技術調査の実施、調査結果を基にした特許戦略の立案、具体的な出願スケジュールを作成。また、ビジネスメンタリングでは、特許戦略が資本政策に与える影響の分析、シリーズB調達へのアクションと必要なアイテムの整理、営業戦略の見直しと営業資料への具体的なアドバイスが得られたとのこと。
コーピー――ミッションクリティカル領域にAIを導入するためのXAI、QAAI技術を研究開発
コーピーは、AIの運用と品質管理にフォーカスしたAI開発とソリューションを提供している。ブラックボックス型のAIは説明可能性や品質検証がボトルネックになり、ミッションクリティカル領域での本導入は進んでいない。同社は、説明が可能なXAI技術と品質検証技術QAAI(Quality Assurable AI)を用いて、実環境における頑健性検証や外部攻撃に対する脆弱性を検証するソリューション「COFINDE For Factory」を開発している。
事業と知財の課題として、ビジネス人材の不足から、大企業とのアライアンスの組み方やマーケティングに不安があったこと、自社技術の知財化ができていなかったことからIPASへ応募。メンタリングを通して、知財を生かした大企業との協業戦略、営業資料の練り直し、協業調査、QAAI・XAIの知財構想の構築、商標出願を行ない、現在は特許出願の準備を進めている。
HERBIO――深部体温をモニタリングするウェアラブル体温計と体調記録アプリを開発
HERBIOは、ウェアラブル体温計「Picot」と体調記録ソフトウエアを開発するスタートアップ。多くの疾患は、発熱時の体温変動に特徴があり、対応変動パターンを検知することで早期の発見・診断が可能になる。皮膚温度を測る体温計では、外気や気化熱が障害となり深部体温が測れないため、腹部のへそに装着する連続計測が可能な小型デバイス「Picot」を開発・特許取得済み。このデバイスと体調記録アプリ「ケアカラ」や管理用ダッシュボードを用いてデータを見える化する仕組みだ。
IPASでは、共同研究の契約書などのレビューと助言、マーケティング戦略の構築、知財化可能な特徴の洗い出し、量産化へ向けた権利化などに取り組んだ。ハードウェア本体の構造、コアとなるバイタル収集システムについて知財化を進めているほか、共同研究については知財保護の観点から契約書を作成、といった成果が得られた。2021年12月には1.2億円の資金調達を完了し、2022年初旬に薬事認証を予定している。
ライトタッチテクノロジー――糖尿病患者の負担を軽減する非侵襲血糖値センサーデバイスを開発
ライトタッチテクノロジーは、採血のいらない血糖値センサーを開発。コア技術の高輝度中赤外線レーザーを用いた血糖値測定技術により、センサー部に指をかざすと約5秒で血糖値を測定できる。まずは1型糖尿病患者から進めて2型糖尿病患者へと対象を広げ、将来的には糖尿病予備軍の健常者の未病・予防に向けたヘルスケアツールへの拡大を目指している。
IPASのメンタリングでは、プロダクトのコンセプトについて改めて議論し、ターゲットのニーズ仮説を構築するため、ユーザーインタビューを実施。またPMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)への開発前相談の申し込み、優先順位のリストアップ、アライアンス戦略として市場調査やアライアンス先候補の絞り込みを行なった。知財面では、現状の出願や取得済み特許の分析、社内の知財体制の構築などに取り組んだ。新しいビジネスモデルを構築することが今後の課題だ。
Genics――くわえるだけで口腔ケアできる次世代全自動ハブラシを開発
Genicsは、簡単で確実な口腔ケアをサポートする全自動歯ブラシを開発。歯列に沿って全自動でブラシを動かす磨きメカニズムを採用し、自分で手を動かすことなく、くわえるだけで歯の外側と内側の両面を同時に磨くことができる。
IPASの取り組みとしては、ビジネス面では対象顧客の分類やビジネスモデルの整理、事業説明資料の作成、KPI(重要業績評価指数)設計やPL(損益計算書)の作成、福祉用具認証などのプラスアルファの要素によるビジネス展開の検討を行なった。知財面では、自社出願済み特許を整理・分析、他社特許の調査、今後の特許出願戦略の検討、商標調査などを実施し、PCT出願(特許協力条約に基づく国際出願)を念頭に入れた特許出願内容案の作成、商標や特許の出願準備を進めている。
アナウト――内視鏡手術の成功率をアップする手術地図の作成AIを開発
アナウトは、手術合併症の減少に貢献する内視鏡手術支援AIを開発している、2020年7月創業のスタートアップ。手術中に外科医が認識する解剖構造の情報をAIがリアルタイムに解析し、微細な構造、位置、あいまいな境界をより明確化した手術地図を作成し、外科医をサポートする。
IPAS2020には創業前に応募し、弁理士、弁護士、投資家の3人の専門家からメンタリングを受け、競争優位性を持つコア技術の明確化、自社知財のブラッシュアップ、法務の整理と整備を行なった。
ジェリクル――患者の体内にゲルを注入し、細胞や組織を再生する内因性組織再生技術を開発
ジェリクルは、患者の体内に新開発のゲルを打ち込むことで細胞を活性化して組織の再生を促す、新しい再生医療技術(内因性組織再生)の開発に取り組んでいる。使用するゲルは、99%の水と1%のPEG(ポリエチレングリコール)からなる「Tetra-PEGゲル」で、医療用ゲルに求められるさまざまな要求仕様に対応する特性を持ち、止血材、再生医療用の足場材、癒着防止、組織シーラントなどに利用できる。Tetra-PEGゲルを用いることで、従来の再生医療では不可能だった腱の再生を実現できるという。
この内因性組織再生を日本の強固な産業に発展させるため、IPASに応募。メンタリングでは最初に課題を整理し、開発戦略と導出戦略の策定、ビジネスを守るための新しい出願戦略の策定、特許とノウハウの切り分けに取り組み、特許を切り売りしない形でのアライアンスの策定や、今後の権利化方針を決定していった。今後は、今回のアライアンス戦略から落とした契約書を作成し、アライアンスを拡大することや、別の角度からの特許を取得し、多重構造の特許網の構築に取り組んでいく計画だ。
STAND Therapeutics――細胞内抗体を用いたすい臓がん治療薬を開発
STAND Therapeuticsは、細胞内抗体「STAND」技術を用いた難治性疾患治療薬を開発している。すい臓がんの効果的な治療方法は確立されておらず、5年生存率は10%以下と極めて低い。同社は、すい臓がんのドライバー遺伝子Krasにアプローチできる細胞内抗体STANDの開発に成功。「抗Kras-STAND」の臨床開発に向けた最適化に取り組んでいる。
IPASのメンタリングの成果としては、自社特許出願による知財の強化を前提としたシンプルなビジネスモデルに統一。また、創薬事業は基本特許と物質特許でカバーし、抗体タンパク質製造支援事業については製法特許を押さえることで、技術・事業の多面的な特許保護が期待できる特許戦略が構築されたという。
チトセロボティクス――低コスト&短期間で現場導入できる自律知能化ロボットの月額定額サービス
人手不足の解消にロボットを普及させるには、プログラミングのコスト削減が課題だ。チトセロボティクスは、ノーコードですぐにロボットを運用できる月額定額サービスのロボット運用プラットフォーム「CREWBO」(クルーボ)を開発。人間の神経系をアルゴリズム化した「ALGoZa」をロボットに実装することで、事前にプログラミングをしなくても人間のような細かい動きに対応できる仕組みだ。2021年にリリースし、レストランや食品工場向けに、食器洗浄業務補助ロボットや食品盛り付けロボットを提供している。
IPASのメンタリングの成果として、技術主導から顧客志向へと事業方針を見直し、ロボットアームの制御技術の知財だけでなく、数多くのエンドエフェクタの特許を戦略的に押さえる方向に変更。製品戦略もロボットの研究開発から新製品体系である「CREWBO」というサービスに主軸を置くなど、ビジネスが大きく転換するきっかけになったという。
Jij――クラウド計算基盤「JijCloud」リリースへ向けた知財強化
Jijは、量子・イジング計算機を用いた最適化アルゴリズム・ソフトウェアを開発する文部科学省「JST-STARTプロジェクト」発のスタートアップ。事業者が抱える計算が困難な課題を解決するため、先端の量子・イジング計算機を専門知識なしに使えるクラウドサービス「JijCloud」のβ版を近くリリースする予定だ。また、エネルギー系やネットワーク事業者とともに量子アニーリング・イジング計算機を活用するための共同研究開発を行なっている。
IPASでは、JijCloudに関する知財強化を中心に取り組み、他社知財の調査、既存知財の補強のほか、利用規約やライセンス契約書の作成に取り組んだ。
レグセル――自家細胞による再生医療の技術をどのように知財化するか
レグセルは、免疫抑制機能を持つ「Treg細胞」を活用し、自己免疫疾患などの炎症性疾患や臓器移植後の拒絶反応を効果的に抑える治療法の研究に取り組んでいる。同社は、抗原特異的な制御性T細胞を、治療に十分な数だけ抽出できる手法を開発済み。患者の自家細胞から高機能で安定した制御性T細胞を確保することに成功している。ただし、このTreg細胞は体内にあるものと同じなので、新規性・進歩性はノウハウにあり、知財をどのように確立するべきかが課題だった。
IPASの支援期間の前半では、目指すビジネスを具体化すべく、製品の特長を整理し、それをもとにビジネスストーリーを明文化。後半では、ビジネス上の制約条件を勘案しながらクレーム案の検討を繰り返し、知財戦略の形成に取り組んだ。
レポートは以上だ。今回参加したスタートアップ15社それぞれの事業や課題に応じた知財戦略が構築され、2020年度の知財アクセラレーションプログラムが有意義なものであったことが伺い知れる。各社のさらなる成長に期待したい。
なお、IPASでは2021年度も募集を行なっている。下記IP BASE内のサイトから、応募要領、応募フォームがダウンロード可能だ。
URL: https://ipbase.go.jp/support/startupxip/
スタートアップの公募期間は2021年6月14日(月)~2021年7月19日(月)です。支援期間は2021年10月から2022年2月ごろまで。知財を補強したい・成長したいスタートアップ企業はぜひ応募してほしい。
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