スマートウォッチの勢力図は従来のデジタルにはなかった世界
『ロニー・チェンのアメリカをぶっ壊す!』(2019年)をみだ見てない人は、チャンスがあれば見るといい。アメリカというよりも、我々を含めた世界のいまが語られている。いわく「情報が多いとバカ度がます」、「パッケージはなんでも三重」などに混じって、「自分と壁の間に何枚のスクリーンを置けるか競争している」といっている。
iPhone、iPad、テレビ、PCときて、Apple Watchだよとあきれているわけだが、そのApple Watchが売れているらしい。調査会社のCounterpoint Reserachによると2020年にスマートウォッチが世界で1億個出荷されたが、その40%がApple Watchだそうだ。これには、Xiaomiなどが得意とするリストバンドは含まれない。国内に関しては、MM総研の推定で、2025~2026年にスマートウォッチの国内出荷数がいまの約2倍になるそうだ。
アップルのひとりがちにも見えるスマートウォッチだが、60%の人たちはApple Watchではなくてよいと言っているともいえる。スマートウォッチは、以下の勢力にザッと分けられるのだと思う(ver.0.1なので念のため)。
これは、デジタル機器の中では特殊な勢力図といってよい。プラットフォームとしては、グーグルの「Ware OS」の存在も見逃せない。ソニーの「wena 3」のバンドとしての役割に徹した製品もユニークだ。
《オープンソースのDIY系》に近いがオープンソースでもDIYでもなく、ただ限りなくユーザー寄りの製品だったのが「Pebble」だった。Kickstarterで過去最高の資金が集められ、アプリやウォッチフェイスを作る環境が提供された。私も、2015年に「IoTを語るなら『Pebble Time』というスマートウォッチを触ってからにしてほしい by 遠藤諭」なんて記事を書かせてもらった。
あまりによくできた、これこそ初代Macintoshを使った人たちが信奉しそうな操作性(その一部はのちにApple Watchがとりいれた)、画面1つがアイコン1つであるかのような画面デザイン(まさに初代Macintoshのスーザン・ケアの仕事のような上品さと視認性)、そして、当時としては際立っていたバッテリ駆動時間などだ。ところが、そのPebbleが2016年にフィットネス系ウェアラブルのFitbitに買われてしまう。
Pebbleは、あまりに誠実にその時代のテクノロジーとニーズを突きあわせたモノ作りをしてしまったのかもしれない。デジタルの世界では、すこし前に《つんのめった》感じが必要なことがある。
さて、そんな出来事のあと少しずつ話題になってきているのが、時計自体がオープンソースであったり、アプリの開発環境がオープンになっていたり、あるいは3Dプリンタを使って自分でケースは作りましょうねというDIY系のスマートウォッチである。
私が最初に買ったのは、2017年にクラウドファンディングのIndie GOGOで資金を集めた「watch X」である。2個ほど入手してしたのだがちょっと触っただけで、ケースもまきのさとる氏に3Dプリント出力してもらったままだった(2個目は未開封のまま)。
オープンソースという点では、Raspberry Piみたいなマイコンボードで知られるPine64が、「PineTime」を発売している。これは、同じPine64のLinuxベースのスマートフォンである「PinePhone」を補完する位置づけのものだそうだ。Pine64はコミュニティとして運営されているそうなのでこの流れはそれでなかなか楽しそうではある。
そんな折り、欧米の主要メディアがこぞって取り上げていた「Watchy」が手元に届いたのでひさしぶりに遊んでいる。香港に拠点をおく Squarofumi(SQFMI)の製品。渡港40回以上の香港好きの私としてはちょっぴりシンパシーが増すというものだ(watch Xのトルコが拠点ほどのインパクトはないが=といっても「トルコは欧州などで大量のテレビを売っている」とベルリンの見本市IFAにでかけたとき、夜のレストランで隣のテーブルにいたトルコ人にさとされたことがあるので偏見としか言いようがないが)。私が、Watchyを買ったのはTindieでだったが、その後はCroudSupplyで取り扱っている。
Watchyが欧米の主要メディアでもてはやされる理由
Watchyの最大の特徴は、watch Xと同じく、基板むきだしで届くことだ。これに表示パネルやバッテリ、ベルトを装着して時計としては動くようになる。いま公式サイトではケース付きが販売されているが、私が購入したのはケースなしで49.99ドルだった(送料5.49ドルだが5ドル引いてもらって50.48ドルだった)。
《腕時計に特化したマイコンボード》みたいなところがあるわけだが、人気のESP32(ESP32-PICO-D4)を積んでいる。これを、オープンソースかつ開発環境もオープンにしとくので、みんなでいじり倒してくれということらしい(watch Xも、同じくArduino互換だったのでそのあたりも似ている)。
Watchyは、1.54インチで200×200ドットのモノクロ電子ペーパー(watch Xは、1.3インチで128×64ドットのOLED)。watch Xで、美咲フォントを使って漢字を表示している人がいるので、Watchyでも表示できるとすると400字詰め原稿用紙がラクラク表示できてしまう(読む気になればだが)。
私は、いまのところサンプルコードをそのままでウォッチフェイスを変えているだけだが、200×200ドットあると、ちょっと遊び心のあることもできてしまう。モノクロ2値であるのと電子ペーパーならではのゴーストがやや気になるが(FAQではGxEDP2のライブラリを最新のものにせよとあったが個体の問題なのか完全には解決しなかった)。とはいえ、以下のようなウォッチフェイスが割と簡単にできてしまう。
バッテリーが持つのは大きな特徴といってよいだろう。時計のみの使用なら5~7日はもつと公式サイトにある(ただし、WiFi経由でデータを持ってくる場合には2~3日)。ちなみに、watchXは一般的な使い方で15時間、ハイパフォーマンスでは2時間としていた。このあたりは、駆動時間の最適化で大きく変わるはずだが、まる1日ラクに使えるという実用感はとてもよい。
バッテリ寿命を延ばしている大きな要因は、画面は表示されたままでも、ESP32はディープスリープしていることだ。それが、60秒ごとに起動して必要な情報をそろえては電子ペーパーを書き換えるようになっている。スリープ中もBOSH製の3軸加速度センサーが、ランニング/ウォーキング/静止状態、ティルト・オン・リスト検出、タップ/ダブル・タップ割込などをカウント、検出してくれるようだ。
WiFiとBluetoothが使えるので、一般的なスマートウォチがやっているようなスマートフォンとの連携もやれるはずである。誰か特定の人からのメッセージが来たときだけビビビビビのビみたいなバイブレーションをさせるなどどうだろう?
さきほどのアマビエ時計だったら東京都の新規感染者数を表示することもスマホ側の工夫をすればできないことではなさそうだ。ただ、まだサンプルコードをほとんどそのまま使っているだけなので、たとえば、ボタン操作の拾い方も分かっていない。YouTubeには簡単なアニメーションが動いているようすもある。どんなことができるのか、ここでは責任を持って言えないので、Twitterで“watchy sqfmi”など検索してみるのがはやいかもしれない。
そしてまあ、この手のDIYモノが大好きな私としては「このむき出しの基板にどんなケースをつけてやろうか?」となる。3Dプリンターが市民権を得たいまこの種の製品の楽しいところというべきだろう。データが公開されているのでそれを出力することも容易なのだと思う。watch XのOLEDが壊れやすいものだったのに比べて電子ペーパーはガラスむき出しな感じじゃないので、そのまま透明フィルムでラップすれば防水にもなる気もするが。
現在販売中のCroudSupplyでは、アルマイト製のケースも45ドルで売っていて気にはなる。しかし、私がやってみたのは最近ハマっている100円ショップであつかっているブロックでケースを作ることだった。これが、やってみるとサイズ的にはドンピシャなものができてしまう。
余談だが、こんな感じでブロックを使うのは以前にもいちどやったことがある。Windows 7の発表のときヨドバシマルチメディアアキバでのイベントに登壇させてもらった。そのとき、「なにか緑色のものを身につけてきてください」とイベント会社の方に言われた(Windows 7のイメージカラーが緑だったのだ)。そこで作ったのが以下のメガネをカバーするブロックだった。
ただ、当日はこれをしていく勇気がなく持って行くことすらしなかった。桃井はるこさん、矢口真里さん、その頃、マイクロソフトの社長候補ナンバーワンといわれたシノフスキー氏、それからヨドバシの偉い人達も一緒で、やっぱりこのメガネしていかなくてよかったと思う。
なお、ご想像の通りと思うが、ブロックで組み立てたものを腕に巻いていると半日もしないうちに一部のパーツが取れてくる。そこで、プラスチック(ABS樹脂)に適合する強力接着剤でくっつけてしまうことをお勧めする(私はナノブロック専用ではなくコニシ株式会社のものを使った)。それでもコーナーのブロックが取れてしまうことがあるのだが、以下で紹介する組み合わせだと全体がバラけることはない。
ブロックの構造は以下の動画のとおり。裏側の大きなパーツの片方から外して3ピースに分解すると再度組み立てるのも容易だ。
以下に、Watchyの主要スペックをあげておくことにしよう。
メーカー:SQFMI(Squarofumi)
プロセッサー:ESP32-PICO-D4
ディスプレイ:GDEH0154D67 1.54インチ電子ペーパー(200×200ピクセル)
無線:Wi-Fi、Bluetooth
インターフェース:USB
ボタン:4個
センサー:BMA423 3軸加速度計
RAM:520KB
フラッシュメモリ:4MB
バッテリ:LiPo 3.7V200mAh 402030
大きさ:46.0×35.5×9.5mm
重量:13g(バッテリ込み)
※ほか主要諸元はコチラ。
なんとなく、メモリ空間はMS-DOSのPC-9801を思わせるものがあってちょっぴりホッコリする。ちなみに、組み立てはいまどき以下のようなビデオをみてからやるべきだ。というのは、私は、電子ペーパーを貼り付ける向きを最初間違えてしまいあせってしまった。
ソフトウェアの開発環境はどうなっているのかというと、ココにコンパクトにまとめられている。 Arduinoの開発環境をセットアップして、ESP32のボードマネージャーを追加、Watchyのライブラリーをインストールしてやればよい。あとはまずはサンプルコードをちょっといじってUSB経由でWatchyに書き込んでやればよい(サイトではUploadと表現されているが)。ほとんどの人は迷わずにできるのではないかと思う。
オリジナルのウォッチフェイスの作り方はコチラに書かれていて、こちらも比較的容易である。Watchyでは、画像を16進で表現したものをソースコードにインクルードしてやる必要があるのだが、そのためのウェブサービスを利用することが推奨されている。ちなみに、フォントはGNUフリーフォントがそのまま使える。9~24ポイントの基本的な書体が使えるので便利だ。また、こちらもTrueTypeフォントを電子ペーパー用にコンバートするサイトが利用できる。
そのほか、開発情報などはこちらのGitHubにあるのでより踏み込んで知りたい人はご覧になるとよい。たぶん1時間もあれば、この記事を読んでいるような人なら自分のウォッチフェイスに書き換えているのではないかと思う。
“自作スマートウォッチ”はこれからどこに行くのか?
ところで、ウォッチフェイスを書き換えてあそんでいて気付いたことが1つあった。それは、この時計では「時間を表示しなくてもいいかな」と感じたことだ。もちろん、スマートフォンをポケットから取り出さずに時間や歩数、お天気などが確認できるのは便利なのだが「画像が出ているだけ」でもよい。
たぶん、これは《リストバンド効果》とでもいうべきものだろう。手首に関しては、機構的によくできた部分としても興味深いのだが、どちからというと《手を握るだけで記憶力が増す》という研究結果を紹介されている池谷裕二さんの本に書いてあるような話のほうが近いかもしれない。
時間なんか表示されていなくても、自分のパートナルなプロジェクトをウォッチフェイスにするのもよい。ちょうど缶バッジみたいな感覚。www.8-p.net参照。好きなマンガの1コマやゲームキャラ、ブランドロゴを表示したりしているが、あくまで個人的なのでご想像いただければ。
最近ハマっていた8単位紙テープももちろんウォッチフェイスに。「やっぱりカッコいい!! うちのパソコンに「紙テープ装置」がやってきた!」参照(これの後編も書かなきゃいけなかったのだった)。
それから誰でも思いつく遊びとして次のようなQRコードを表示することを考えた。これはジョークのつもりだったが、やっているとLINEでつながるときに使えるかなと思った。そんなのアプリでQRを表示させてやればいいでしょうと言われそうだが、両者がそれぞれアプリをゴソゴソと立ち上げるというのがダサいと思う。となると、ボタンで表示画像だけホイホイと切り替えられるようにしておくとよいのかもしれない。
それで、“自作PC”ならぬ“自作スマートウォッチ”の時代はくるのか? というと、個人的にはもちろん来てほしいと思っている。いまのところ、防水もなければスイカも使えない。しかし、ウェアラブルで何ができそうなのか試行錯誤するすばらしい入り口になるように思う。この大きさと省電力なのでIoT全般で使えそうでもある。
2000年代以降のデジタル機器の最大のトピックといえば、iPhoneなのだが、ArduinoやRaspberry Piなど、教育用マイコンボードが期せずして切り開いた世界のほうが新しいのだと思う。それのいちばん端っこに出てきた、しかもハートに少し触れる製品が、自作スマートウォッチである。
遠藤諭(えんどうさとし)
株式会社角川アスキー総合研究所 主席研究員。プログラマを経て1985年に株式会社アスキー入社。月刊アスキー編集長、株式会社アスキー取締役などを経て、2013年より現職。角川アスキー総研では、スマートフォンとネットの時代の人々のライフスタイルに関して、調査・コンサルティングを行っている。「AMSCLS」(LHAで全面的に使われている)や「親指ぴゅん」(親指シフトキーボードエミュレーター)などフリーソフトウェアの作者でもある。趣味は、カレーと錯視と文具作り。2018、2019年に日本基礎心理学会の「錯視・錯聴コンテスト」で2年連続入賞。著書に、『計算機屋かく戦えり』(アスキー)、『頭のいい人が変えた10の世界 NHK ITホワイトボックス』(共著、講談社)など。
Twitter:@hortense667
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